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魔女の目元  作者: 蜜ハチ
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南の魔女2

レイアは重い装飾に彩られたドアを開いた。

青い壁に緑の唐草模様といった派手な壁、色調のおかげでけばけばしい印象を持たないのが幸いだろうか。

反面、家具は落ち着いたウッドで統一されている見慣れた部屋の、ひとつしかないソファーにそれは寛いでいた。


茶色い毛布にうもれる、黄色いドレス。


「不法侵入、」


レイアがそう呟いた。

すれば彼女はゆっくりと頭をもたげる。


浮かべた笑顔が遠い思い出と重なった。








レイアは、小さな田舎の小さな屋敷に住まう領主の次男である。

体の弱い優しい兄が一人と、おてんばな妹.

普通真ん中の子供というのは風来坊のような子になるものであるが、歩けば風邪を拾うような兄がいるからか妙な責任感を持っていた。


昔から、筋金入りの生真面目な子供だったのだ。

兄が咳をすればおのずと看病をし、妹が悪戯をすれば走って捕まえ簀巻きにする。

そんな子供達を両親はほのぼのとみているだけである。

少しマイペースな家族であるが、彼には何の不満もない。

彼も、そんな何か足りない放っておけない家族を愛しているからだ。


今回、騎士になったのも家族のためと言えよう。

騎士になり、上り詰め名誉を得られる事は領主としてこの上ないことであり、領主の仕事にとっても王族と顔見知りになれば幾分も楽になる。まあ、コネである。

税も商売もうまくいくといったものである。


そう、だから彼はラベンダーの香り高い田舎を捨てて騎士になった。

田舎の家族も、幼馴染みも置いて。





「ヒヨ、何年ぶり?」

「ヒヨ言うな。一年も経ってねえよ、盆に帰ったから」

「ああ、そういえば会ったねー」

「ばーか」


へらりと笑い、レイアをヒヨと呼ぶ彼女の名前はセイラという。

田舎に住むラベンダー畑の長女だ。

長女、と言うが上には兄が二人もいるので責任感とやらは匙のかけらもない。

どこかレイアの家族達に似た、彼の幼馴染みである。


「ねえヒヨったら良いとこで働いてるじゃーん」

「あー、いいとこだろ。冬もそう寒くはないし」

「えー?いいなあ。こっちはもう涼しくなってきたよ。ラベンダーも刈り取ったし。今から油しぼりよー」

「大変だなあ」

「他人事だなあ」

「他人事だし」


広大な土地に一面に咲くラベンダーはまるで紫色のカーペットだ。

それも風が吹けば爽やかな、独特の香りのする、懐かしい土地。


少し思い出してしみじみとしていると、


「へいほー!」

「ぐわあ!」




。。。情けない悲鳴がソファーに沈む。


「何すんのわ!」

「顔色悪いよ、ヒヨ」


ヘッドロックをかまされたレイアはものの見事にソファー、いや彼女の膝元に崩れた。天井が見える。


頭の上から覗きこむよう見下ろす彼女の髪が、ふわりと頬を撫でた。

ラベンダーの香りが、鼻をくすぐる。

彼女がゆっくりと頭を撫でて、にんまりと笑った。


「ほーら、うらやましいねー女のひざまくらよーん」

「うぜえ。。。」

「うちのお兄なら喜ぶのにー、妹のか。。。っていうけど」

「うぜえ。。。」

「でも膝枕ってしびれ。。。てきたあ」

「うぜえ。。。」


ああ、そういえば昨日は寝ていなかったのだ。

思い出した疲れとめまいが睡魔をひきつれてやってくる。


頭上のにまにまと笑う彼女の前で寝るのは嫌な予感しかしないが、瞼の重みに耐えられなかった。

まぶたをゆっくりと下ろすと、ふらふらする頭を彼女は飽きもせずにさすった。




「ねえ、仕事良いの?」

「んー、休み、取ってる」

「丁度よかったじゃーん」

「うん、あ。後で都連れてってやるよ、見たいって言ってたろ」

「いいの?やったあ。お菓子見たーい」


ふふふ、と笑う声がする。

きっとあの例の顔でニマニマと、これ以上ないような笑顔で笑っているのだ。


頭がふわふわする、彼女が何か話しているが生返事しかできない。

うつらうつらとして、時おり夢に片足をつっこみながら、それでも彼女の話に耳を立てる。

そういえば、何かあっただろうか。


「ねえ、もう出ていって5年だね」


そう言う。


「前は毎日なんだかんだ言って会ってたのに」

「寂しい?」

「うん」


すんなりと言う。

セイラは変わらない、寂しいと思えば寂しいと言い。。。好きと思えば好きという子だった。


「好きよ」


そう、言うのだ。



「ねえレイア、好き。だから寂しいんだあ。結婚したいよ」

「。。。お前ね」


「あんたがうん、と言えばそれで終わるのに」





掛けられた毛布が床に落ちた。

窓を背に立つ彼女、窓から日が差し分厚いレースのカーテンが透ける。

風がないのに空気を含むように彼女の髪が跳ねた。


「どうしてここにいるんだ?」

「時間って早く流れるね、好き勝手にできればいいのに」

「なあ、なんだって」

「ねえ、あんた、私はわかってるのに、まるで生殺し」


目を細めて笑んで見上げる、そういう顔は見なかった。

見慣れてるのに、見慣れない顔をして、瞼を伏せる目に被さる睫毛が震えてた。








「それでも捨てられない、私はどうしようもなくなるよ」






(どうして、忘れてたんだろう!)


レイアは咄嗟にてを伸ばした。


そう呟いて、正面を見る瞳はまるで透けて見えるように湖面のいうだった。

ペールブルーの瞳に正午の光が差して、ブラウンの髪が光を含んでた。






レイアの手が、空を切った。










また、瞬きの合間に女が消えた。


スルンと消えた後にはなにも残りやしない。

毛布が無様に床に落ちてうずまいているだけ。


カツン、と靴音をわざとらしく鳴らした。



「。。。あんたか」

「はあい」


もう一度、振り向けばそこには、


「夢は儚いねえ、すぐに散ってしまうからあまり好きじゃないよ」

「ゆ、め?」

「僕は魔女だよ?幻、魔法、なんでもござれ。ねえ君はステンドガラスに何を思った?」

「。。。」

「昨晩君はどこで何をして、今日寝不足なんだい?」



意地の悪い、笑みを浮かべた魔女がいる。




「頷いとけばいいのに。人間に一番無駄なのは妙なプライド。そうじゃない?」




そうかもね、多分そうだろう。










頷いておけば、それで終わったのに。







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