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吹き抜けた桜色 ①

 膝に手をついて、呼吸を整える。息をするたびに蹴られた背中が痛み、骨がきしむ。



 国木たちの追跡を逃れるために、狭くて複雑な路地をあっちこっち走り回った。相当走ったというのに、少女はほとんど息を切らせていない。


「上手く撒けましたかね? あはは、先輩、疲れすぎでしょ」


 そう言う彼女の頬はわずかに火照っており、髪の桜色と相まって、全体的に色合いが華やかだ。



「……いや、待て」


 見惚れている場合じゃない。


「あー、えっと、まず」

「あ、ねえねえ先輩。あれ知ってます? 最近流行ってるんですって。フルーツサイダー」


 彼女の指差す先に、『東京フルーツサイダー』と書かれたのぼりが立っている。キッチンカーでサイダーを売っているらしい。


「ああ、知ってる。飲んだことはないけど」

「すっごい美味しいらしいですよ。特にいちご味。シロップ漬けのいちごが丸ごと、ごろごろっとたくさん入ってるんですって!」

「いや、それよりだな」

「飲みたいなー。たくさん走って喉乾いちゃったし」

「あー……」


 ちらり。とこちらを見る瞳には、全く隠す素振りのない期待の光がきらきら光っている。



 いや、まあ良いんだけど。




「はい。助けてくれて、ありがとうございます」


 お礼を言いながらいちごサイダーを手渡すと、少女は「どういたしましてーありがとー」とニコニコ笑い、遠慮なんて何もなくサイダーを受け取った。


 桜色の唇が、細いストローをくわえる。細い喉が上下し、何口かのサイダーを嚥下したあとで、彼女は付属のスプーンで丸ごといちごを掬い上げ、口に運ぶ。


 おいしーい! と大満足の彼女に、俺まで満足しそうになる。




 ……待て。満足している場合じゃねえ。



「いや、あの、誰?」


 当然の疑問を言葉にするまでに、こんなに時間がかかってしまうとは。


 驚くべきことに、俺はこのやけにフレンドリーな少女の正体に、心当たりが微塵もなかった。



 少女はちょうど咀嚼していたいちごを飲み込んだあとで、わざとらしく顔をしかめて頬を膨らませる。


「えー、先輩ったら常識ないなあ。人に名前を尋ねるときは、まずは自分から名乗るものでしょう?」

「あ、ああ。俺は……」

「待って! 言わないで! 当ててあげます! っていうか知っています!」


 何なんだ、こいつ。ものすごいドヤ顔をしている。


「弦食イヅル先輩。そうでしょう?」


 当たりだ。


「ダンジョンに一度も入ったことがないっていう!」


 それも、当たりだ。


「ねえねえ、私と一緒にダンジョンに入ってみませんか? 私とだったら、きっと――」



 ……ああ、なるほど。こういう話か。




 ある意味、俺は有名だ。国木の言う通り、ダンジョン童貞として。面白おかしい噂の種。



 ダンジョンに入ったことないやつがいるらしいぜ。嘘。今時そんな人いるんだ。えー、この学校に? 誰?

 ダンジョンに入ったことないって、就職とかどうすんだろうね。かわいそう。だれだれ? どの人? ほら、あそこに座ってる男子生徒。そうなんだ。かわいそー。

 なあ、ダンジョンに入れないってマジ? ちょっと入ってみてよ。どうなんの? あ、面白そう。見たい見たい!




「……助けてくれてありがとう」


 脈絡なくお礼を言うと、少女は「へ?」と首をかしげる。


「お礼だったら、さっき聞きましたけど」

「悪いけど、俺、そろそろ帰るから」


 好奇心や物珍しさで、見世物にされるのは御免だ。どうせこの子も、「噂のアレ」を見てみたかっただけなんだろう。それで、あんまり惨めだったから、あまりにも可哀想だったから、助けた。そういうことなんだろう。



「あ、待って……」


 背後から追いかけてきた声を無視して、俺はバス停に向かう。少女はなおもついて来ているようで、「怒ってます?」とか「話だけでも」とかいう声が、肩越しに聞こえてくる。


 全部。全部無視して、ちょうどやって来たバスに滑り込みで乗り込んだ。


 動き出したバスの窓から、綺麗な桜色が見える。彼女は何か言いたげにこちらを見ていたけれど、すぐにバスは動き出し、淡い春の色は車窓の外へと流れていった。





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