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万年受付係の憂鬱 ③

 雨のように降り注いでいた蹴りが止まった。そっと顔を上げて、周囲を窺ってみる。国木たちの視線の先に、少女がいた。



 少女は薄暗い路地裏の中で、まるで仄かに光っているような存在感を放っていた。


 ぱっちりとした瞳。ゆるくウェーブした髪の毛先は、華奢な両肩にかかるかかからないかという所でぴょこんと跳ねている。頭の左右の髪は、まるで小動物の耳みたいにお団子にしていて……



 ……いや、そんなことより、何より目を引くのは、少女の髪の色だった。薄い桃色の髪は、毛先に近くなるほど濃いピンクになっている。染めているのか? いや、彼女の瞳も、毛先と同じ濃い桃色だ。



「すげ……色変(いろへん)じゃん」


 国木の取り巻きの一人が、ぼそりと呟いた。



 色変。ダンジョン探索が一般人に定着してしばらくした頃に、発見された現象だ。


 ダンジョンの深部に長時間潜っていると、肉体の一部に変化が現れることがある。主に髪や瞳の色が、通常ではありえない色に変化するのだ。それを俗に色変という。


 変化の現れ方には個人差があり、長く潜っていても全く変化しない人もいる。ただ一般的には、「帰還困難指定ダンジョン」に累計3年以上潜ると、高確率で色変になると言われている。



 それにしても、この少女の色は一体何だ? 普通は色変と言っても、片目だけ色が変わるとか、髪の毛の一部だけが変わるとか、そのくらいなのに。


 まるで桜の花をそのまま人間にしたみたいな、この色彩。この少女はどれほど長い間、ダンジョンに潜っていたんだ?



 呆気に取られている俺たちに、桜色の少女は柔らかな微笑みを向ける。


「えーっと、お取込み中、ですか?」


 鈴の音のような声でそう尋ねられると、国木がハッと我に返ったように「ああ、うん!」と言った。


「そうそう、お取込み中なんだよね。だから気にしないでもらってー……」

「見たところ、喧嘩中ですかね? 1人やっつけるのに3人がかりだなんて、あなたたち、よっぽど弱いんですね!」


 少女の発言をすぐには呑み込めずに、国木たちは――俺も――ぽかんと口を開ける。


 一拍空けてようやく何を言われたのか理解した国木が、「はあ?」と少女に突っかかった。



「だって、そうじゃないですか」


 少女は微笑んだまま、全く怯む様子もない。


「でも、戦略としては正しいと思いますよ? 弱くっても数を揃えれば、自分より強い敵に勝てたりしますし。ダンジョン攻略の基本ですよね!」

「こ、こいつ……っ!」


 国木が逆上し、少女の胸倉をつかんで拳を振り上げた。まずい。


「危ない、逃げ――……えっ」



 逃げろ、と言うつもりだった。もちろん、少女に対して。


 あの細っこい体では、体格の良い国木に殴られたらひとたまりもないだろう。そう思って……そう思ったん、だが。



「ぶべっ」


 拳を受けていたのは、国木の方だった。少女のグーパンが、顔面にクリーンヒットしている。


「は?」


 国木の取り巻きたちも、俺も、全く同じ反応をしてしまう。少女はきらきらとした笑顔を浮かべながら、国木の顎にもう一発ぶちこんでいる。あ、これやばいやつかもしれん。



「あははっ、やっぱり弱い!」


 桜色の少女は可愛らしく笑い、国木が痛がっている隙に、唖然としたままの俺に手を差し伸べた。


「逃げよ!」



 少女の手を取って立ち上がる。背後から、国木たちが何やら喚いている声が追いかけてくる。



 でも――俺にはもう、何も聞こえていなかった。俺を罵倒する声も、金曜日の夜の喧騒も――何も。


 ただ、心臓の音がうるさい。俺を引っ張って走りながら、少女が振り返って、俺に微笑んだ。



 本当に、心臓の音だけが、うるさくてしかたなかった。

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