実地試験開始 ④
暗い廊下が続く。カレンの炎魔法と道具作成スキルを組み合わせて松明を作り、先を照らしながら慎重に進む。
時折、天井に貼り付いていたブラックハンド(影のようなモンスター。弱い)が、明かりに怒って襲ってはきたが、特に問題なく倒せる。
武具店で、初心者向けで使いやすいと店主に勧められるままに買ったこの剣(チタンブレード:アドバンスマスターシリーズ)は、確かによく手に馴染む。
よくある両刃の片手剣で、デザインはやや野暮ったいが、軽くて振りやすい。その分攻撃力は劣るものの、機動力は上がる。
こうして雑魚モンスターが次々と襲ってきた時なんかは、体力をそれほど消費せずに戦えるのでありがたい。
「よし、これで10体目……と!」
天井から伸びてきて頭を掴もうとしてきたブラックハンドを、一刀両断にする。
と、目の前に文字が現れた。
『スキル獲得:剣術【C】、気配察知【C】』
「お、スキル獲得した。剣術と気配察知か……」
「どっちも私が持ってるスキルですね。色々アドバイス出来ますよ」
「俺のスキルは、どっちもCランクだけど……」
「私は、剣術はSランク、気配察知はAランクです」
さすが、経験値が桁違いなだけはある。
カレンに聞いたところ、剣術【C】は石や鉄など、本来刃物では斬れないようなものを斬れるようになるらしい。
気配察知【C】は、隠れているモンスターに気付きやすくなる。
「さ、では気配察知スキルを獲得したばかりのイヅル先輩に、この先の気配を探ってもらいましょう!」
廊下では、一定距離ごとに気配察知を行っていた。これまではもちろんカレンがやっていたのだが、スキルレベルを上げるためにも、ここからは俺がやるべきだ。
目の前に伸びる暗闇に集中する。
「……スキル『気配察知』」
視覚でも聴覚でもない、まさに気配としか言いようのない感覚が、脳に直接情報を与えてくる。
動くものがいる。天井付近に6体。種類までは……分からない。多分ブラックハンドだろうが、決めつけはよくない。
それを素直にカレンに言うと、カレンは満足気にうなずいた。
「憶測で断定しないのは大変良いことですね。ダンジョン内での油断は死を招きますから」
カレンが松明を正面に突き出すと、明るく照らされた廊下で影がうごめく。
「今回は、全部ブラックハンドで正解ですけど。じゃあまた、さくさくっと倒しちゃいましょ!」
言われるまでもなく、剣を構える。雑魚でも経験値は入るし、場数を踏むのは悪いことではない。こう多いと、ちょっと疲れるが。やるしかないか。
「……とはいえ、だ」
これは経験になる。そんなふうに自分を騙し騙し、現れるブラックハンドを倒し続けてはや……何分になるだろうか?
……廊下は続く。まだまだ、どこまでも続く。
「おかしくないか?」
俺がそう言うと、カレンは困った顔で立ち止まり、来た道を振り返った。前を向いても後ろを向いても、見える光景は同じだ。廊下。
「ダンジョンってのは、層状に重なってる異空間のことだろ? ドアとか階段が多いのは分かるが、連続する同空間がずっと続くってのは、ダンジョンとしてどうなんだ?」
「あり得ないことじゃないですけど……ダンジョン試験の会場にするには、性質としてイレギュラーすぎますね」
ダンジョンは、生成される場所によってその性質を変える。室内に作られるダンジョンは、基本的に多数の部屋の連続によって形成されるはずだ。
天然の洞窟の中とかコンサートホールのような、元々だだっ広いひとつの空間に作られたならまだしも、こぢんまりとしたオフィス内に作られたダンジョンにしては、あまりにも不自然だ。
「幻覚に掛かってるって可能性は?」
「ステ確認しても、特に幻覚状態とは表示されませんね」
「……さっきの」
思い当たることがあり、なぜか俺は声を潜めてしまう。
「つぐみだったかつばめだったか……男の方」
「うーん、めじろ?」
めじろではなかったと思うけど、とにかく。
「あいつ、地図作成スキルと何かのスキルを組み合わせて、ダンジョンを確定させる……とか言ってただろ。アレで嵌められてるって可能性はないか? 俺たちを先へ進ませないようにしてるとか」
「……かもしれないですねえ」
そうだとしたら、相手はこっちの想定以上に攻撃的だということになる。
「俺たち……つーか、お前と同じこと考えてるとか? ほら、試験終了間際になって、相手の魔石をかっぱらおうっていう」
「でもそれって、こっちをずっと尾行してるんでもない限り、場所特定系のスキルがないと成り立ちませんよ? 私は追跡【A】持ちですから、向こうの居場所は階層を隔てても大体分かりますけど」
「追跡スキルってのは、レアなスキルなのか?」
「スキルレベルAともなれば、そこそこ。これから中級免許を取ろうって人たちが持ってるとは、あんまり思えませんけど……」
「……」
「可能性は、無きにしもあらずですね」
他パーティに狙われている可能性がある。そう考えると、モンスターと対峙するのとはまた別の、独特の緊張感が湧いてくる。なにせ、相手は人間だ。
「どうする?」
狙われているというのも問題だし、延々続くこの廊下も大問題だ。これが何かしらの罠なら、いくら進んだところで無駄という話になる。
「んー、取り合えず、向こうの様子を探ってみますか。――スキル『追跡』」
ぴり、と空気が張り詰めた感覚があった。追跡スキルというのは、ダンジョン内で一度会ったことのある存在の現在地を知るスキルだ。
カレンはしばらく目を閉じて追跡に集中したが、やがてゆっくりと瞼を開き、首をかしげた。
「……おかしい。分散してる」
「分散? 2人ばらばらに行動してるのか?」
パーティというのは、基本的に別行動はしない。集団行動するためのパーティなのだから、当然といえば当然なのだが。
特にあいつらは、「2人一緒じゃないと発動しないスキルがある」という俺の言葉に「自分たちもそうだ」というふうなことを言っていなかったか。
それが分散しているということは、何か特別な作戦があるか……あるいは、やむを得ずそうなったか。
「それに……1人、近くにいる」
「どっちだ?」
「そこまでは、ちょっとわかりません。でも、ほんとに近い……近づいてきてる!」
その時、カツン。と物音がした。
俺たちは同時に、音のした方向――廊下の奥へと視線を向ける。
暗く、無数のブラックハンドの蠢く廊下は、初めこそ静かだったが……やがて、不規則な音が聞こえ始めた。足音と呼吸音。よろめきながら、ブラックハンドたちの攻撃をかわしながら、誰かがこちらへ走ってきている。
「誰だっ!」
一喝すると、足音は止まり、荒い呼吸音だけが廊下に響く。
まだ、相手の姿は見えない。しかしモンスターではないことは分かる。人間だ。
「ま、待って……敵じゃ、ない……から……!」
弱弱しい声が聞こえた。松明を掲げながら、ゆっくりと廊下の先へ進む。やがて松明の光の輪の中に、1人の女子が浮かび上がった。
織部つぐみ。息を荒げ、その服は血で汚れている。
「助けて……!」
消え入りそうなその声に、俺とカレンは顔を見合わせた。




