実地試験開始 ③
ダンジョンとは迷宮であり、つまり迷路だ。空間中にドアや窓を開口し、ダンジョン内部たる異空間へと人々を誘う。魔力によって内部構造を確定させない限り、ダンジョンは理論上無限に構造を変化させる。その構造の複雑さこそが、ダンジョンの難易度を決定付けている。
――わけだが。
「『地図作成』……あ、駄目だ。ここぐるっと迂回してさっきのドアと繋がってる。戻ろう」
「んあー! イライラするぅー!」
さっきから俺たちは、どうにも同じ場所をぐるぐる回らされている。
このダンジョン、ドアが多い割に先へと続く「当たり」は少なく、長々と遠回りさせられた上で同じ場所に戻ってくるルートや、行き止まりなんかがやたらと多い。普通は隠しドアの先には、それなりにレアなアイテムなんかがあったりするもんだが……それすらない。ひたすらにスカだ。
俺たちは見事にダンジョン構造に翻弄され、たくさんあるドアを片っ端から開けてみて、あっちへ行ったり戻ったりと無駄な苦労を重ねるばかりだ。
展開としては、非常にマズい。
隠し部屋が徹底的にスカなのだとしたら、あとはダンジョン深部に行かなければ、レアモンスターやレアアイテムは出てこない。いつまでも浅いところで雑魚モンスターを倒していても、試験的には不利になるだけだ。今の俺たちは時間だけ浪費し、得点になるものは一切得られないでいる。
「これ、あの双子が何かやってるんじゃないでしょうね」
見るからに苛立ちを募らせながら、唸るようにカレンが言った。
「ほら、すずめとかいうあの男が持ってた地図! あれってもしかして魔具か何かで、私たちをハメてたりしません? 絶対そう! もう許しませんからね! めためたにしてやる!」
確かあの男の名前はすずめではなかったし、現状があの双子のせいなのか確証はないし、そもそもそうでなくても最初からあいつらぎったんぎったんにするとか言ってなかったか?
……とは言わない。苛々しているカレンに口ごたえするほど、俺は馬鹿じゃない。
それに正直、カレンの推測もあながち間違いではない気はする。あの双子のあの態度なら、こっちにちょっかいを出してきてもおかしくはない。
「ともかく何とかしないと、このままだと試験落ちちゃいますよ。あの双子を探し出して、きゅきゅっと締め上げますか」
「探すったってどうやって――……ん?」
その時、ピリッと頬に電気が走ったような感覚があり、俺は顔を上げた。視線を左右に走らせる。
……何だ? 今の感覚。
辺りを見回す。どこがどうとは言いづらいが、何か――何かがおかしい。
空気というか、ダンジョンの雰囲気が変質したような……気がする。ざっと見回しても、特におかしなところはない。だが、さっきまでとは何かが違う。
「なあ、……何か変な感じがしないか?」
「変? さあ、特には」
カレンは何も感じなかったようだ。
「でも、さっき確かに――」
首を傾げながら、元の部屋に戻るドアを開ける。その先には、見知らぬ廊下が広がっていた。
通過してきたばかりのそこは、さっきまでの様相とは全く違っている。ちゃんと魔力灯を灯してきたはずなのに、この短時間で空間魔力を塗り潰され、構造が変化したらしい。
窓はなく、明かりは乏しく、どこまでもどこまでも続いている無機質な廊下。廊下の先は闇に呑まれて視認できず、地図にすら表示されていない。
あるのはただひたすら、廊下のみ。ここに来るまでの複雑極まりない構造とは正反対だ。
「これはまた……ずいぶん雰囲気が変わりましたね」
「さっきまで扉やら通路やらが入り組んでたのに、急に一本道になるなんて……ダンジョンの構造傾向って、こうもころころ変わるもんなのか?」
「それはダンジョンによりますけど、まあ……一般的ではないですね」
「……行くしかない、か」
手を繋いだまま、廊下を歩き始める。
どうやらダンジョン試験だけでない、別の厄介事が始まってしまったらしいことを、薄々感じながら。




