波乱の気配 ③
『次の受験者は、ダンジョン潜入の準備をお願いします。パーティ名:とんこつ一気飲み、パーティ名:即席めおと団……』
アナウンスを聞いて、緊張していた身体が弛緩する。
受験のために使うパーティ名は、この時限りの一時的なネーミングだからといって、結構ふざけるやつが多いようだ。とんこつ一気飲みは胸やけがしそうだし、即席めおと団って一体なんなんだ。センス皆無にもほどがあるだろ。
「あ、呼ばれましたね。行きましょうか」
「嘘だろ頼む、せめてとんこつ一気飲みであってくれ」
「何言ってんですか、即席めおと団に決まってるでしょ」
最悪だ。センス皆無の方じゃねえか。
「くく……即席めおと団って。うちらインパクトで負けてんじゃん」
「とんこつ一気飲みもたいがいだろ。もしかしてお前、やったことあんの?」
「いやー無理無理、胸やけするでしょ」
そんなやりとりが聞こえてきて、思わずそちらを見る。
俺たちと同じ、2人組のパーティ。明るい茶色の髪をした男子に、金髪の女子。見覚えのない制服を着ているが、どちらも多分同学年くらいだ。
「つか、他のパーティと一緒に受験かー。挨拶とかした方が良いんかね?」
「えー、要らんでしょ。テキトーにお疲れーっすって言っときゃ良んじゃね? ほら、おつでーす」
「あー、おつでーす……」
軽いノリの挨拶をされて、そのまま軽いノリで返してしまう。大事な試験だっていうのに、何だこの空気感。
「こんにちはー即席めおと団です! 相席よろでーす」
隣にこいついるし、即席めおと団だし。ホントに何なんだ。
ゆるいパーティ名にゆるい挨拶。つい気分までゆるんでしまいそうだが、そういうわけにはいかない。試験用ダンジョンへ続く前室へ入り、俺は両手で頬を叩いた。
どうにも場の緊張感が足りないが、これは本番だ。
「良いですか? とにかく練習の通りにやるだけです。上手く立ち回ろうなんて思わないこと。まずは焦らず、基本のキからしっかり押さえていきましょう」
カレンのアドバイスに、こくりと頷く。
ダンジョン免許の初級ランクであれば、必ずしもモンスターを倒す必要はない。戦闘を回避して、ダンジョン内の自然発生アイテムを持ち帰るだけでもポイントになる。
だが、中級は違う。複数体のモンスターを倒すこと、そのモンスターからそれなりの質の魔石を回収することが、合格の最低ラインと言われている。
ダンジョン初心者の俺にとっては、いくらカレンがいるとはいえ簡単なことではない。ここはダンジョン攻略だけに集中していきたい……の、だが。
「はあーあ、他のパーティと合同とかだる~。どっちか片方しか受からんとかないよね?」
金髪の女子が、相方の男子に話し掛けている。男子は「ないんじゃね」と適当な答えを返して、なにやら俺たちの方をじっと見ている。金髪の子もその視線を追ってか、俺たちに目を向ける。
……明らかに、観察されている。
複数パーティが同時に試験を受けるとき、合格パーティ数に制限などは設けられない……が、どんなパーティと一緒になるかは、実際かなり重要になってくる。
極端な話、モンスターのヘイトを全てこちらに向けてくるような性格の悪い相手が一緒だった場合、その分だけこちらが不利になる。そうなると、ダンジョン攻略だけに集中するというわけにもいかない。合同試験を受ける相手が、どんな性格のパーティなのかを知っておくのは重要だ。
「どーも、こんちは」
金髪の女子が、とうとう話し掛けてきた。俺は「ども」と軽く頭を下げる。カレンは「こんにちは!」と元気な挨拶を返す。
「ここで会ったのも何かの縁ってことでさ、お互い自己紹介しとこ。うち、織部つぐみ。つぐみって呼んでくれていいよ」
「どーも。俺は弦食イヅル。こいつは後輩の……」
「久垣カレンです。よろしくお願いします」
俺たちの自己紹介を聞いて、彼女――織部つぐみは「ふうん」と笑う。まっすぐ背中まで伸びた金髪に、日焼けした小麦色の肌。気の強そうなつり目。……正直、苦手なタイプだ。
「パー限って4人以上のパーティが多いらしくてさ、うちらみたいな2人パーティって珍しいのかなって思ってたんだけど。そっちも男女2人組なんだね」
「はい! めおと団なので!」
「付き合ってんの?」
「いえ! 違います!」
めおと団とかいうトンチキな名前を付けたくせに、そこは食い気味に否定するの意味分からねえな。
カレンはにっこにこの笑顔で「イヅル先輩とはただの知り合いでー」とか説明している。金髪女はなぜが爆笑しながら相槌を打っている。
なんか俺、一方的にフラれた男みたいになってねえか?
「いやうける! じゃあめおと団とか紛らわしい名前つけんなっつー! え、マジで付き合ってないの? 気とかもねーの?」
話がこっちに飛んでくる。どう話したものか。
「あー、ちょっと訳ありで一緒にいるだけで、付き合うとかそういうんじゃない」
「へえ……訳ありって?」
視線が、カレンと繋いだ左手に注がれる。
ただ手を繋いでいるだけじゃない。不意のアクシデントで離れたりしないよう、さらしとベルトで固定してあるので、さぞや奇異に映ることだろう。
「スキルの問題だ。2人一緒にいなきゃ発動しない系の……」
「えっ! 俺らとおんなじじゃん!」
男の声が、急に話に割り込んでくる。声の方を振り向けば、明るい茶髪の軽薄そうな男が立っている。つぐみが、「準備おそー」と頬を膨らませる。
男は大股で俺に近寄ると、手を差し出してきた。
「俺、織部つばめ。つぐみの双子の兄だ。よろしく」
「よろしく」
握手に応じる。かなり強い力で握られたので、俺も負けじと強く握り返す。その加減のない握力に、絶妙に隠しきれてない敵意みたいなものが透けて見える。なんだこいつ。
「お前のことなら知ってる。アンチ・ダンジョンの弦食イヅルだろ? ほら、ダンジョン童貞」
「あ、聞いたことあるー」
つばめのからかいに、つぐみも乗ってくる。
「え、てか何でダンジョン童貞? うちらの歳で一回もダンジョン入ったことないの、やばくない?」
「めっちゃ弱いんじゃね?」
「……」
向けられたニヤニヤ笑いの意味を噛み潰しているうちに、ポーンとまた電子音がした。
『準備が整いました。待機中の全パーティがダンジョン内に入り次第、試験を開始します。試験時間は2時間です』
「さっ先輩。おしゃべりはその辺で」
カレンに手を引かれ、気合を入れなおす。そうだ、周りの奴らに気を取られている場合じゃない。
ここで中級ダンジョン免許を取る。そして、ダンジョン潜入の経験を積んで……
(他の奴らがどう言おうと関係ない……俺は、父さんを探しに行く)
ダンジョンの入り口は、一見して何の変哲もないオフィスのドアだった。しかしこの先には、ダンジョンの深淵が広がっている。
「お先にどーぞお」
チャラ男……もとい織部つばめが、慇懃な仕草で入り口のドアを指し示す。
上等だ。何が待っているか分からないダンジョンの中へ、俺が真っ先に行ってやる。
「行くぞ、カレン」
「はい、イヅル先輩!」
カレンと手を繋いで――俺は、ダンジョンへと足を踏み入れた。




