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波乱の気配 ②


 数分後、安全衛生管理員に連れられて出てきたカレンは、ムスッと頬を膨らませていた。その様子に、呆れと安堵が同時に湧き立つ。


 非常ボタンを押すと人工ダンジョン構造はただちに解除され、模擬ダンジョン内はただの部屋に戻る。

 それでも、間に合うか不安だった。カレンの祝福スキルが発動してしまえば、カレンはまたダンジョンの奥底へと引き込まれ、何年間も深層を彷徨うことになる。


 カレンいわく、祝福スキルは「徐々に奥底へと誘われる」ものであり、ダンジョンの浅いところをうろうろしているだけなら安心だという。しかしそれも希望的観測にすぎないし、人工ダンジョンとはいえ、もしもの事態が起こってしまった後では遅い。

 真っ先に非常ボタンに手を伸ばしたのは、それが理由だった。



「先輩!」


 俺を見つけると、カレンは管理員に軽く頭を下げたあとで、俺に駆け寄ってくる。俺もまた管理員の人に会釈をしてから、カレンの頭にチョップをかました。


 ……もちろん、よけられるのだが。



「もう、先輩! 手ぇ離しちゃダメじゃないですか!」

「いや最初に離したのお前だろ」

「えー? そーでしたっけ?」


 白々しく「きょとん」としてみせるカレンに、深いため息を禁じ得ない。だが責める気にもならなかった。俺も俺で、危機感が足りなかった。


 繋いだ手が離れても、俺はダンジョンの外に弾き出されるだけで済むが、こいつはもっと重いリスクを負っている。



「……つまり、何だ。ずっと手繋いどかなきゃいけないみたいだな」

「そうですね。試験の時は、時間内にチームの誰か1人でもダンジョン外に出たら失格ですから、紐か何かで縛っときますか?」


 …………まあ、そうなるか。


 自分の右手とカレンとを、交互に見比べる。カレンは渋い顔をしており、俺も多分、全く同じ表情をしていた。





 そして、初めての模擬ダンジョン実習から2週間後。俺たちは2人連れだって、ダンジョン免許実地試験の会場に来ている。

 

 やるだけのことはやった。体も鍛え、戦闘訓練もした。模擬ダンジョンとはいえ実践訓練を積み、スキルも増えたし剣の扱いも少しはサマになったと思う。


 そう、やるだけのことはやった、のだが……。


「やっぱこれ、どう考えてもすげえ不利じゃねえ?」

「どう考えても、すげえ不利ですね」


 しかめっつらを見合わせる俺とカレン。俺の左手とカレンの右手は、ぎゅっと握られている。



 2週間の間、模擬ダンジョンに通い詰めて分かったことがある。

 まず大前提として、カレンの祝福が俺のアンチ・ダンジョンを相殺するためには、常に肌接触をしている必要がある。つまり、ずっと手を握っていなければならない。

 少しでも肌同士が離れると、俺は即座にダンジョン外へと弾き出されてしまう。そして同時に、カレンは迷子のリスクを負う。


 国木にやったように、カレンに状態共有スキルをかけてもみたが、これもあえなく失敗に終わった。


 カレンはあらゆるデバフスキルを問答無用で無効化する、『デバフ無効』のパッシブスキルを常に発動している。これは本人の意思でオフにするのは難しく、出来たとしてもコストが高い。

 状態共有スキルを通じてカレンにかかったアンチ・ダンジョン状態は、どうやらデバフと判定されるらしく、即座にとまではいかずとも無効化されてしまう。


 リスクを承知の上で、模擬ダンジョンで何度か試したところ、せいぜい3分を上限に状態共有スキルは解除された。3分じゃどうにもならない。結局、手を繋いでいるのが最も簡便で正確な手段なのだった。


 手を握ったままモンスターと戦えるのか、という点に関しては、これはもう「がんばる」としか言いようがない。


「……頑張りましょう」

「おう、頑張ろう」



 というわけで、俺たちは2人1組で実地試験を受けることとなった。

 複数人で試験を受ける例は、そう珍しいことではない。ただし、取れる免許は「パーティ限定免許」のみとなる。


 パーティ限定免許、またの名を団体限定免許。諸々略してパー限とか団免とか呼ばれるこの免許は、登録時のパーティでしかダンジョン探索の許可が降りないものだ。

 つまり単独でのダンジョン潜入に制限がかかるわけだが、俺はそもそもカレンがいないとダンジョンに潜れないわけだし、パーティ限定で何ら問題はない。


 世の中には、男が団免なんて恥ずかしい。なんて価値観もあるらしいが、そんなことは知ったこっちゃない。

 不利は不利として受け入れつつ、出来る範囲のことをする。そしてダンジョン免許を手に入れて……



(……父さん、あんた生きてるんだよな? ダンジョンのどこかで……)


 ポン、と柔らかい電子音がして、待合室のモニターが光った。



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