波乱の気配 ①
「と、いうわけで実地試験までの2週間、びしばし鍛えますのでそのつもりで」
カレンの言葉に、こくりと頷く。
場所は偉月高校第2体育館。第1体育館は運動部が占有しているが、第2体育館はダンジョン探索訓練のために開放されている。
普通の体育館と変わらない造りだが、4面ある壁のうち3面には、番号の振られた扉がずらりと並んでいる。そのすべてが『模擬ダンジョン』だ。
特殊なアイテムにより、ダンジョン内環境が人工的に再現されている。前に入ってみたことがあるが、しっかりアンチ・ダンジョンが発動して外に放り出されたので、かなり本物に近いと言える。
ダンジョン攻略に、身体づくりは最重要だ。ダンジョン内で表示されるステータスは、なまじアニメとかゲームっぽい感じだから勘違いされがちだが、しっかりと現実世界の身体能力に基づいている。
体力、筋力、素早さはもちろん、知力や精神力すらも、だ。
そのため俺は、学科試験の勉強を始めたころから、カレンの指示によって朝夕の走り込みと筋トレを続けてきた。死ぬほどしんどかったが、おかげで多少はタフになった……と思う。
知力というのは、知識や応用力が反映されるらしい。精神力というのは、忍耐力や自制心がメインになってくるそうだ。
「前に先輩のステータスを見させてもらったんですけど、けっこー精神力高めでしたよね」
身軽にストレッチをしながら、カレンが言った。
「そうだっけ」
カレンの指摘を受けて、俺は首をかしげた。身体ステータスまでちゃんと見てる余裕なかったからな、覚えてない。
「つーか、人のステータスって見れるんだ」
「普通は見えませんよ。私はステータス分析ってスキル持ってるんで、見ればだいたいのステは分かります」
「ふーん……てかお前、スキルいくつ持ってるんだ?」
スキルというものは、基本的にダンジョン内でしか開花しないし進化もしない。
長くダンジョンに潜っていれば、それだけスキルを開花させ伸ばすチャンスがあるというわけだが……。
「んー、いくつってのは分からないです。いっぱいあって。数えるのも面倒ですし」
「数えるのが面倒なくらい持ってるのか……」
そりゃ3年もダンジョンに潜ってれば、スキルも増えるか。それも長いこと、深層ダンジョンにいたって話だ。
ダンジョンは、深層に潜れば潜るほど危険度も増すが、レアなスキルが開花する確率も上がる。こいつの場合、ダンジョンに潜っていた時間も、潜っていた深度も桁違いだ。それはもう、とんでもないレアスキルの数々を持っているんだろう。
「ねえ、そんなことよりも」
カレンの指が、俺の鼻先をちょんとつついて注意を促す。俺に向けて開かれたノートには、汎用性の高いスキルがいくつか箇条書きにしてある。カレンは体育館の床に座り込みノートを広げ、赤ペンで線を引いていく。
「精神力高めのステだったら、このあたりのスキルを狙っていきたいんですよね。もちろん、欲しいスキルが必ず開花するとは限らないんですけど」
「ん、どれどれ」
ノートに書かれた丸文字を読む。
・状態異常耐性
・魔法引き付け
・魔法反射
・魔法吸収
・外殻硬化
「典型的タンク構成って感じだな」
「はい。私がゴリゴリのアタッカーなので、サポートに回っていただこうかと。とはいえ、ゆくゆくはって話ですね。まずは基本的なスキルを取らないことには、お話になりませんから」
「欲しいスキルの取得って、どうやって狙っていくんだ?」
「そのスキルが『必要となる状況』に身を置くことが基本ですね。さっき見せたタンク構成を狙う場合、魔法攻撃を使ってくるモンスターと戦って、魔法攻撃を受けまくれば確率が高くなるというわけです」
「なるほど」
魔法攻撃を受けまくる、というのがやや引っ掛かる点ではあるが、この際気にすまい。強くなれるなら手段は選んでいられない。
「……っし! やるか!」
ストレッチを終えて、予約していた模擬ダンジョンの前に立つ。
「お、やる気ですね」
カレンがニコッと笑って、左手を差し出した。一瞬躊躇したのち、その手を握る。同年代の女子の手を握るというのは、どうにも落ち着かない気分だ。しかしこれこそが、俺とカレンが二人一組でダンジョンに挑む理由そのものなのだ。
アンチ・ダンジョンと、ダンジョンからの祝福。対極にあるふたつのスキルは打ち消し合い、中和される。
俺はダンジョンに弾き出されない。カレンはダンジョンに取り込まれない。
扉の横にある機械に学生証をかざすと、ポーンと柔らかい音が鳴り、扉の上のランプが赤から緑に変わる。
「今日は実践訓練初日ですし、取り敢えず2コマ予約しました。つまり1時間ですね。その間に、まずダンジョン内での動き方を決めましょう」
俺の手を引いて、カレンが模擬ダンジョンに足を踏み入れる。やや緊張しながら、俺もそれに続く。境界線を越えても――弾かれない。アンチ・ダンジョンは上手く中和されているようだ。
「最初の関門はクリアですね。今回、出現モンスターはよわよわのやつばっかに設定しましたから、いくつかスキルが解放されるまで淡々と倒していきましょう」
「ああ、分かった」
「じゃあ、武器を……」
カレンの手がアイテムボックスへと伸びる。きっといつもの癖だったのだろう。右手の袖をまさぐるために、カレンは俺の手を離した。
――その時だった。
バチン、と何かが弾ける音。同時に炸裂した強烈な光と衝撃に視界が眩み、俺は思わず頭を庇って目をつぶる。三半規管が肉体の回転を感じ取った次の瞬間、ケツに衝撃が走った。
「いっ……てえ……!」
どうやら尻餅をついたらしい。思わずうめき声を上げ、恐るおそる目を開ける。すると――俺はいつの間にか、第2体育館に座り込んでいた。
目の前には、さっきカレンと一緒に入っていったはずの扉がある。そして、隣にカレンはいない。
どこに行ったのか、などと周囲を見回す必要もない。
事態を理解した俺はすぐさま立ち上がり、扉の横についている非常ボタンを拳で叩いた。




