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変化する日常 ③

 ひとつの物事に集中していると、時間というのは驚くほど速く過ぎていく。


 カレンの持って来たテキストを読み込み、彼女の口頭試問に答え、答えられなければ菓子パンをおごらされ……詰め込み学習の日々はあっという間に終わり、いよいよ翌日に学科試験を控えた今日。



「最近、やけに頑張っているな」


 受付のカウンターの下でテキストを広げていたところ、吉野さんに見咎められた。


 いや、吉野さんとしてはこれまでも多少の内職は見逃してくれていたし、恐らくただ声をかけただけなんだろうが。俺の方に引け目があるためか、何だか咎められているような気になってしまう。


「ダンジョン免許の資格試験か」

「はい。カレンのスキルがあれば、俺もダンジョンに入れるんで」

「久垣カレン……ダンジョンに愛された少女、か。仲が良いのか?」

「良いっつーかなんつーか……まあ、悪くはないです。ダンジョン免許の勉強もだいぶ面倒見てもらってるんで、頭は上がんないですね」


 ふふ、と吉野さんが笑う。しかしその笑みはすぐに消え失せ、元々恐ろしげな鋭い瞳が意味深に細められる。


「……仲が良いのなら、政府からの招集には応じるようにと言っておいてくれないか」

「招集?」


 政府がカレンに、一体なんの招集をかけるというのか。……と、一瞬疑問に思いはしたが、よく考えたらなにもおかしなことはない。

 カレンは超ド級の色変だ。帰還困難ダンジョンに年単位で潜っていて、しかも無傷で帰ってくるような逸材なら、そりゃどこの組織だって欲しいに決まってる。どっかの企業とかにかっさらわれる前に、国がツバをつけておきたいってことなんだろう。


 そして、その招集に応じないってのもまた、カレンらしいというか何というか。


「俺が言ったとこで言うこと聞くかは保証できませんけど、言うだけ言ってみます」

「頼むよ。それから、どうも彼女は素行も悪いようだな。いくらダンジョンでは強いといっても、こちらの世界に出てくればただの少女だ。あまりやんちゃはしないようにとも言っておいてくれないかな。夜遊びも、控えるようにと」

「……夜遊び」


 引っ掛かった単語を繰り返す。


「それ初耳なんですけど、要するに深夜に出歩いたりとか?」

「そう。親御さん曰く、あまり家にも帰っていないとのことだ。困ったことだな」


 そうなのか。


 夜の街に繰り出すカレンを想像してみる。あんな目立つ色をしていて、見た目も明らかに未成年で、すぐにでも補導されそうなものだ。だがそこはあいつのことだ、上手いこと大人の目をかいくぐっているんだろう。


 それで、いったい何をしているんだろうか? 未成年は夜間のダンジョン探索は禁止されてるし、そもそもカレンは単独免許を停止させられているから、ダンジョンに潜っているとも考えづらい。

 どこに行っているのか。誰に会っているのか。


(……別に、あれこれ詮索したいわけじゃないけど)


「プライベートなことに、俺が口挟むのも変でしょ」


 招集に応じろという伝言だけならまだしも、私生活のことまで勝手に知られて口を出されるなんて、良い気分はしないだろう。少なくとも、俺がされたら不愉快になる。


 吉野さんは「それもそうだな」と引き下がり、切れ長の目を細めて俺を見る。「まったく君の言う通りだ」と言った吉野さんの声が妙に柔らかい。


「あの子にも友達がいるようでよかったよ。君はしっかりしているし、彼女も良い影響を受けてくれると良いが」


 しっかり……してるか? 現在進行形で、バイト中に内職してるけど。


「毎日サボられると困るが、試験前日くらい多めに見るさ。多少のルール違反も若さの特権だ」

「吉野さん、人の心を読むスキルとか使ってます?」

「はは、まさか」


 マジでこの人、底が見えねえ。



 本気でビビっている俺を軽く笑って、吉野さんはどこか懐かしそうな声で「ダンジョン免許試験か」と呟いた。俺が膝の上で開いているテキストに視線を落とし、一角を指差す。「頻出問題」と書かれた項目の第1問目。本邦で最初に確認されたダンジョンの名称と、出現日時を答えよ。

「分かるかね?」と、吉野さんが問う。


 分からないわけがない。日本で最初に確認されたダンジョンは、東京駅ダンジョン。出現日時は、1999年8月1日。もっと詳しく言えば、8月1日の12時00分10秒。

 これは小学校で習うような問題、要するに点取り問題だ。


「そう、あの日あの場所から、全ては始まった。魔石の恩恵で成り立っている今の社会も……あらゆる悲劇も」


 吉野さんが何を言おうとしているのか。次に来る話題を、俺は直感していた。


「ダンジョン免許試験を受けることは、木崎には?」


 予想通り。木崎というのは、あわいさんのことだ。あわいさんと吉野さんは、異空間管理庁の職員同士、交流がある。

 だから吉野さんは、あわいさんがダンジョンをどう思っているのかを知っている。


「……まだ、言ってません」

 


 あわいさんはダンジョンが嫌いだ。俺がダンジョンに関わることも嫌がっていて、ダンジョン受付のバイトも、相当説得して保護者許可をもらった。

 大人はダンジョン嫌いが多いとはいうけど、あわいさんはそこのところ筋金入りだ。俺がダンジョン免許を取ろうとしてるなんて知ったら……


(怒る、というか……悲しむだろうな)


 膝の上で、テキストを閉じた。学科試験は来週に迫っている。あわいさんがどう思おうと、今さら引き返せないし……引き返す気もない。ただ、どうしても避けて通れない道でもある。


「大丈夫、君の人生は君のものだ。木崎もそれを分かっているさ」


「よく話しなさい」と言って、吉野さんは俺の肩をポンと叩いた。頼もしいその手のひらでもなお払拭できない不安を抱えたまま、俺は「はい」と返事をした。




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