変化する日常 ②
その日からたった数日の間で、俺は学内の噂の中心になりまくった。
元々ヒソヒソと(主に悪口を)噂される立場ではあったのだけど、今度のは少しばかり噂の内容が浮ついている。
曰く、ダンジョン童貞で有名な弦食イヅルが、毎日のように美少女をはべらせているらしい。とかなんとか。
「では問題です! ダンジョンの内部構造が変化し得る条件を3つ答えよ!」
「えーと……通行可能な扉もしくは窓などの開口部が3か所以上ある空間に、90分以上滞在した場合。床面積換算で区画の80パーセントが照度100ルクス以下である空間において、その場にいた全員が瞬きをするなどして、同時に視覚情報を遮断した場合。あとは……えーと、あ、そうだ。ダンジョン内部の構造を変化させる、特定のスキルやアイテムを使用した場合」
「正解です! さっすが先輩!」
カレンは、毎回ものすごく褒めてくれる。褒めて伸ばすタイプなのか、単純に口が上手いだけなのかは判別がつかないが。
まあそれは良いんだが、その様子がまた面白いくらいに目立つ。そりゃ美少女が手を叩いて大喜びしながら、底辺落ちこぼれ人生詰みまくり野郎を褒めまくっているのだから、それはそれは異様な光景だ。
そうでなくとも規格外の色変である彼女は、ただそこに立っているだけで注目の的だというのに。
そして、変化はそれだけにとどまらず――
「ねえねえ。弦食くんって、あの子と付き合ってるの?」
授業と授業の間の、短い休み時間。たぶん、誰かが話しかけに行くのを皆が待っていたのだろう。1人が声をかけたのを皮切りに、クラスメイトがわっと群がってくる。
「あー、いや、あれとはそういう関係じゃなくて……」
「あの子、すごい色変だよね! キレーなピンク色!」
「つーか、テキストの量すげえな。ダンジョン免許取るのかよ」
「あれ? ダンジョン入れないんじゃなかったっけ? ナントカってスキルが――」
「知らないの? 弦食くん、アンチ・ダンジョン克服したって! ね、そうでしょ弦食くん」
「え、そうなの? すごーい!」
質問しておきながら、誰も俺の答えを聞きやしない。
俺がダンジョンに入れるようになったという話は、恐らく国木の取り巻きたちから漏洩し、あっという間に学校中に伝わった。
噂が広まる時にお決まりの、シンプルな話に尾びれ背びれとついでに胸びれまでくっ付きまくり、いつの間にか『ダンジョン童貞の弦食が国木をダンジョンに引き摺り込んでボコボコにし、全治1ヶ月の大怪我を負わせた』――なんて話になっていたりする。
もちろん、噂の通りのことが起こったわけではないことくらい、さすがにみんなも分かっているだろう。
ただ、国木の横暴に辟易としている人は沢山いた。強いから何をしても良いとふんぞり返っていた国木を、最底辺の代名詞のような俺が返り討ちにした(してないが)となれば、多少マユツバでも盛り上がるのは必定と言えよう。
…………。
……正直、面倒くさい。
ため息が漏れかけたその時、
「せんぱーい! 今日もいざ、お勉強を――おっ?」
ちょうどドアから入ってきたカレンの腕を掴み、大股で教室を出た。女子たちが騒いでいる声が遠くなるまで、ずんずん歩く。
「先輩、先輩! どこまで行くんですかー?」
カレンの声に、俺はようやく立ち止まった。いつの間にか、人の少ない空き教室の近くまで来ていた。
「あっ……悪い」
自分で思っていたよりも強く、カレンの腕を掴んでしまっていたらしい。そのことに気が付いて、慌てて手を離す。カレンは「やれやれ」と声に出して言い、それから俺に笑いかけた。
カレンはいつも恐ろしいほどにニコニコとしているが、その人を食ったような笑顔とは少し違う――どこか親しみを覚える笑みで。
「……なんだよ」
「分かりますよ、分かりますとも」
カレンは芝居がかった調子でうんうんと頷くと、頬に微笑みの名残を乗せたまま、ふと目を伏せた。
そして、
「外の世界って、わずらわしいですよね。私も早く、ダンジョンに行きたい」
そう言った。
その声に、ダンジョンに魅せられた彼女の、いつもの溌剌とした調子はない。ただひたすらに淡白で感情のない呟きは、まるで俺の空耳かと疑うほどに彼女らしくないものだった。
その真意を尋ねようと開きかけた口は、結局なんの言葉も紡ぐことなく、そのまま閉じられる。
なんとなく、踏み込んではならない領域のような気がした。少なくとも、今の俺と彼女の距離感では、まだ。
「あー……今日は屋上で勉強するか。気晴らしに」
教室に戻って取り囲まれるのはうんざりだったし、気晴らしというのも本当だ。別に、カレンに気を使ったわけではないのだが。
「いいですね、屋上! 行きましょう!」
それでも、俺の言葉にぱっと表情を明るくする彼女を見て、どこかほっとする自分がいるのも、また事実だった。




