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「堪え難い屈辱」

作者: 城間 蒼志
掲載日:2026/01/01

 人生には、できれば思い出したくない出来事がある。

 それは失敗や挫折よりも、人として軽く扱われたと感じた瞬間かもしれない。

 本作は、私自身が耐え難い屈辱を受けた体験をもとに、その後に残った怒りや迷い、そして心の整理の過程を静かに綴ったエッセイである。

怒りをぶつけることが正しいのか、耐えることは美徳なのか。

 答えの出ない問いを抱えながら、それでも他者を傷つけずに生きるために、自分は何を選んだのか。

 本作が、同じような思いを抱えた誰かの心に、そっと寄り添うことを願っている。

「堪え難い屈辱」


人生の中で、いくつか忘れられない瞬間がある。

 

それは大きな成功や、誰かに祝福された出来事ではない。

 むしろその逆で、できれば記憶の底に沈めておきたい場面だ。


 私にとってそれは、「堪え難い屈辱」を受けた、ある日の出来事だった。


 具体的に何を言われ、何をされたのかを、私は今でもはっきりと書くことができない。

 言葉にした瞬間、それが再び現実になる気がするからだ。

 

ただ一つ確かなのは、その時、私は自分が「人として扱われていない」と感じた、ということだった。

怒鳴られたわけでもない。

 殴られたわけでもない。

 

ただ、軽く、雑に、存在を踏み越えられた。

その瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。


――なぜ、私はここに立っているのだろう。

 ――なぜ、こんな扱いを受けなければならないのだろう。


 問いは浮かんだが、声にはならなかった。


 私は耐えた。

 歯を食いしばり、感情を飲み込み、その場をやり過ごした。


後になって、人は言う。

 「よく我慢したね」

 「大人の対応だったね」

 「怒らなくて偉いよ」

だが、その言葉は私を救わなかった。

なぜなら、私自身がわからなくなっていたからだ。

 これは本当に「耐え忍ぶべきこと」だったのか。

 それとも、私はただのお人好しだったのか。


 帰り道、怒りは遅れてやってきた。


 歩きながら、胸の奥がじわじわと熱を帯びる。

 言い返さなかった自分への後悔。

 相手の表情を思い出すたびに、こみ上げる憎しみ。


 もし、あの場で怒りをぶつけていたらどうなっていただろう。

 少なくとも、今のような後味の悪さは残らなかったかもしれない。


 だが同時に、私は知っていた。

 怒りをぶつければ、それは必ず連鎖する。

 相手は反撃し、周囲は混乱し、関係は壊れ、

最後に残るのは、さらに深い後悔だ。


 理解している。

 頭では、すべてわかっている。


 それでも、人間は怒りを忘れない。


 忘れないどころか、夜になると鮮明になる。

 布団に入ると、あの場面が再生される。

 「なぜ、ああ言わなかった」

 「なぜ、もっと自分を守らなかった」


 怒りは、正義の顔をして戻ってくる。


 私は自分に問い続けた。


 憎しみを捨てるとは、どういうことなのか。


 許すことなのか。

 忘れることなのか。

 なかったことにすることなのか。


 どれも違う気がした。


 憎しみを捨てるべきだ、という言葉はよく聞く。

 だがそれは、ときに暴力的だ。

 傷ついた側にだけ、清らかさを要求する。


 私は悟った。

 憎しみを捨てるとは、「怒らないこと」ではない。

 怒りを感じなくなることでもない。


 それは、怒りに人生を支配させない、という選択だ。


 怒りは、確かに正当な感情だ。

 尊厳を侵された証拠でもある。

 だが、それが私の行動すべてを決めるようになった瞬間、

 私は相手と同じ場所に立ってしまう。


 それだけは、避けたかった。


 ある日、私は紙に書き出した。


 ・何が起きたのか

 ・私は何を感じたのか

 ・それは不当だったのか


 感情と事実を分ける作業は、想像以上に苦しかった。

 だが同時に、少しずつ輪郭が見えてきた。

私は間違っていなかった。

 怒ってよかった。

 傷ついて当然だった。


 そして、もう一つ気づいた。


 私は「許さなければ前に進めない」と思い込んでいたが、そんな義務はどこにもなかった。


 許さなくていい。

 理解しなくていい。

 ただ、距離を取ればいい。


 それは復讐ではない。

 逃避でもない。

 自分を守るという、静かな決断だ。


 我慢とお人好しの違いも、少しずつ見えてきた。

あの日の私は、確かに耐えた。

 だが心の奥では、「これはおかしい」と感じていた。

 その感覚を失っていなかったことが、唯一の救いだった。


 我慢とは、自分の尊厳を保ったまま耐えること。

 お人好しとは、自分の尊厳を相手に差し出すこと。


 結果が同じでも、内側はまったく違う。


 私は、ぎりぎりのところで、自分を手放さずにいたのだと思う。


 怒りは今も残っている。

 遺恨と言っていい。


 だがそれは、私を縛る鎖ではなくなった。

 「ここから先は踏み込ませない」という標識のようなものだ。


 人は、完全には清らかになれない。

 忘れられないこともある。

 それでいい。


 大切なのは、怒りを抱えたまま、それでも他人を傷つけない選択をすることだ。


 それは弱さではない。

 とても静かで、とても強い意志だ。


 あの日の出来事が、もしなかったら。

 私はもっと無防備に、もっと自分を削って生きていたかもしれない。


 堪え難い屈辱は、確かに私を傷つけた。

 だが同時に、「これ以上は許さない」という線を、私の中に引いてくれた。


 人は、怒りを忘れない。

 だが、怒りの意味は変えられる。


 それだけで、十分だと、今は思っている。


 怒りや屈辱は、忘れようとしても簡単には消えない。

 本作を書きながら、私はそれを消す必要はないのだと感じた。

 大切なのは、怒りに人生を委ねないこと、そして自分の尊厳を守る線を自分で引くことだと思う。

 耐えたことを弱さとせず、怒りを正当な感情として認めた先に、ようやく静かな整理が生まれた。

 本作が、屈辱や理不尽を経験した人にとって、「忘れなくてもいい」「守っていい」という小さな許可になれば幸いである。

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