始まり
「お集りの皆様、いよいよ時間となりました。これより、第百二十五回王立オリオン学園の卒業舞踏会を始めさせていただきます。それではまず卒業生を代表し、生徒会長でもあるコール・スコット・オリオン王太子殿下にご挨拶をいただきましょう!」
遂に、悪役令嬢ウェンディへの断罪と婚約破棄が始まる――!
「まずは今日、王立オリオン学園を卒業する生徒の皆さん。卒業、おめでとう。この学園で三年間学んだこと。築いた友情。様々な経験。それらはきっと、卒業後も役立つだろう。君たちのますますの活躍を願わずにはいられない」
心臓が一際ドクンと大きく脈打つ。
(いよいよだわ。この次に『ところで――』ということで、わたくしの悪事が明かされる……!)
「ところで」
「ちょっと待った!」
卒業舞踏会の場で行われる悪役令嬢ウェンディへの断罪と婚約破棄。それは……精神ダメージてんこ盛り、それでいてあり得ない、まったく予想外のハッピーエンドを迎える。
(こんな結末、前世でゲームをプレイしていた時にも、見たことがないですわ! 一体全体どうしてこうなったのです……!?)
驚愕のエンディング、そこに至るまでの出来事、それは――。
◇◇◇
「……アメリカーナ公爵令嬢、あなたの作品は実に素晴らしいです! ぜひ私の屋敷のロビーに飾らせていただけないでしょうか!」
「それはこの絵が欲しいということでしょうか?」
「そうです! 買い取らせていただきたいのです、このマクドナルト卿が!」
「マクドナルト卿……」
その名を聞いた瞬間、わたくしの脳裏に黄色のほくほくとしてカリッとしたものが浮かぶ。さらに何とも懐かしさを覚える匂いがした気がする。
――『あ、学校の帰りに へ行って、 を食べよう』
(な、何ですの、これは!?)
そう思った瞬間、頭の中に見たことのない景色、奇怪な建物、足を露出している女性の姿などが怒涛の勢いで展開される。
「な、な、な」
「ど、どうされましたか、アメリカーナ公爵令嬢!」
「アメリカーナ公爵令嬢、大丈夫ですか!?」
そこでわたくしは体がぐらっとして――。
◇◇◇
王立オリオン学園の星華祭の初日。
わたくしはクラスの出し物である喫茶室で、メイド役を受け持つことになった。午前中は黒のワンピースに白のエプロン姿で忙しく動き回り、午後は部活動で受付係が割り当てられていた。わたくしが所属しているのは美術部。ということで美術室へ向かい、チュロ子爵令嬢と受付をしていると……。
黒のフロックコートを着て、ステッキにシルクハット、眼鏡に口髭の紳士がやって来た。赤毛にそばかすの従者を連れ、持ち物の随所にゴールドがあしらわれており、その紳士は見るからに高位貴族に思える。しかし公爵令嬢であるわたくしが知らない人物だったのだけど……。
「おおお! 何と素晴らしい風景画なのか! 蓮池の花が幻想的に描かれている。この透明感のある池。葉に着いた朝露。実に風情があるではないか! 一体どなたの作品だ。ふむふむ。ウェンディ・シェイ・アメリカーナ公爵令嬢……これはアメリカーナ公爵令嬢の作品なのか!」
そこで紳士が受付にいるわたくしとチュロ子爵令嬢の元へ足早にやって来る。
「アメリカーナ公爵令嬢、あなたの絵を気に入ったようですわよ」
「そのようね。公爵令嬢であるわたくしの作品ですもの。気に入って当然とは思いますけど……」
気に入っていただけたのは嬉しいが、見知らぬ紳士。
ドキドキしながら紳士と対峙することになる。
「失礼、レディ。私はアメリカーナ公爵令嬢と話したいのですが、彼女を呼び出していただくことは可能ですか?」
「呼び出すには及びません。わたくしがウェンディ・シェイ・アメリカーナ、アメリカーナ公爵の一人娘でございます」
「アメリカーナ公爵……! あなたが! うん、待てよ。波打つ様なシルバーブロンドにルビーのような瞳。陶器のような艶のある肌にコーラル色の唇と頬。年齢より大人びて、オリオン王国の薔薇姫と呼ばれ、王太子殿下の婚約者に選ばれたのは……おおお、そうじゃった! アメリカーナ公爵令嬢! あなたがコール・スコット・オリオン王太子殿下の婚約者でもあるアメリカーナ公爵令嬢なのですね!」
紳士はヘーゼル色の瞳をキラキラさせてわたくしを見る。
王太子の婚約者なので、ある意味、わたくしは有名人。多くの人がわたくしを知っているが、その逆は……わたくしが知らない方も多い。
「私は北部の国境沿いに屋敷があり、長らく蛮族の討伐に参戦しておりました。先般、その蛮族の討伐も完了し、国王陛下への報告のため、王都へ参った次第。すると私の妻の母校でもある王立オリオン学園では星華祭が行われているではないですか。興味を引かれ、足を運んだのですよ」
「なるほど。そうだったのですね。北部……ということは、バーガー辺境伯の領地にお屋敷が?」
「ええ、バーガー辺境伯に仕えています! ところでアメリカーナ公爵令嬢、あなたの作品は実に素晴らしいです! ぜひ私の屋敷のロビーに飾らせていただけないでしょうか!」
「それはこの絵が欲しいということでしょうか?」
「そうです! 買い取らせていただきたいのです、このマクドナルト卿が!」
「マクドナルト卿……」
ここでわたくしは突然、不思議な景色が頭の中に流れ込み、意識を失う。そして再び目覚めると、そこは学園の医務室。周囲を白いカーテンで引かれた医務室のベッドでわたくしは自覚する。
(わたくし……というか、私、転生していたのね)
フラッシュバックした記憶で最後に見えたのはものすごく眩しい光とクラクション。よって事故死した可能性が高い。その上で転生していた、この世界に。そう『ファーストラブ(初恋)はバニラの味』という乙女ゲームの世界に。しかもウェンディ・シェイ・アメリカーナ公爵令嬢とは、いわゆるヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢である。
(よりにもよって“ファスラブ”の悪役令嬢へ転生するなんて。確かに転生前にどっぷり遊んでいたゲームだったけれど……)
私は前世では、典型的な職場と一人暮らしのワンルームを毎日往復しているような人間だった。彼氏と呼べる存在がいたのは五年前で、すっかり干物女となり、代わりに束縛もなくいつでも会える乙女ゲームの攻略対象たちにハマっていた。
推しはコール・スコット・オリオン王太子だった。だから彼の婚約者であるウェンディ・シェイ・アメリカーナ公爵令嬢に転生できたこと、喜びたいところだが、喜べない。何せ悪役令嬢だから。
ウェンディは公爵令嬢として育ち、その気質は女王様である。王立オリオン学園でも、その身分はオリオン王太子に次ぐもの。それもあり学園でも女王様として君臨していた。チュロ子爵令嬢は取り巻き令嬢の一人だった。
そんな学園にひょっこり転校してくるのが、あのマクドナルト卿の娘フェルチェ・ポメリー・マクドナルトだ。
妻の母校に娘を通わせたいと願ったマクドナルト卿は、蛮族撃退の功労として、王立オリオン学園へのフェルチェの転校を願うのだ。本来、王立オリオン学園は王侯貴族しか入学できない。そしてマクドナルト卿は騎士であるが、爵位はない。ただ蛮族撃退の功労者であることは確かで、だからこそ王都にまで辺境伯と共に出向いて来ているのだ。そして彼は爵位を願い出るわけでもなく、娘の学園入学を願う。その謙虚さに国王陛下は心を打たれ、入学を許可する。何せ王立オリオン学園は「王立」なのだ。国王陛下の気持ち一つで、爵位なしのマクドナルト卿の娘も入学できてしまう。
(というか一介の騎士に過ぎないマクドナルト卿が、男爵令嬢の妻を持っているところからして、ヒロインチートの設定がぷんぷんしてならないわね。今さらだけど)
そう、そうなのだ。フェルチェ・ポメリー・マクドナルトこそが、“ファスラブ”のヒロイン。プレーヤーだった私が操作していたのも、このマクドナルト嬢だった。
フェルチェ・ポメリー・マクドナルト。
“ファスラブ”のヒロインであり、ザ・愛され女子である。小柄でストロベリーブロンドのツインテールがトレードマーク。ローズクォーツのような瞳に小顔で童顔だが巨乳という男子垂涎の容姿の持ち主だ。性格は天真爛漫で押しに弱いところがあるが、ヒロインラッキーの設定のおかげで、意中の相手(攻略対象)とは時間がかかってもゴールインできる。
そう。『ファーストラブ(初恋)はバニラの味』という乙女ゲームではヒロインのハッピーエンドが漏れなく保証されている反面、悪役令嬢にはバッドエンドが待ち受けていた。
ヒロインであるマクドナルト嬢の攻略対象は四人いる。
この国の王太子であり、文武両道・容姿端麗・温厚篤実なコール・スコット・オリオン。王太子の学友であり宰相の息子の頭脳派スロー・エリアス・リング、ちょい悪な騎士団長の息子のフィレオ・エヴァン、とにかく金持ちで女子にモテる公爵家の嫡男のマック・エグバート・マーフィン。
マクドナルト嬢が王太子を選び、その恋路を悪役令嬢ウェンディが邪魔すると……婚約破棄される。ヒロインと攻略対象のゴールインのために、婚約破棄されるのは仕方ない。でもそれ以上はない。悪役令嬢としてウェンディに嫌がらせをするが、それで死刑になることはないのだ。
だがしかし。
貴族社会では名誉を非常に重んじる。王太子から婚約破棄された公爵令嬢。蛮族を撃退した立役者の平民の娘に、嫌がらせをした公爵令嬢。これらのレッテルは、社交界では実質の死刑宣告に等しい。ウェンディは性悪公爵令嬢として、社交界から干され、メンタル的に崩壊。その後、地方領に引きこもり未婚のまま流行り病で若くして亡くなってしまう。
他の攻略対象を選ぼうと、その男子からマクドナルト嬢への嫌がらせを指摘され、公爵令嬢としての名は貶められる。王太子の婚約者であり、他人の恋路を邪魔する必要はなければ、「平民のくせに」と嫌がらせをする必要もなかった。ただ生粋のサラブレッド令嬢であり、学園の女王様だったウェンディは、平民のくせに人気男子からちやほやされるマクドナルト嬢を許せなかったわけだ。
女性のそういうドロドロとした嫉妬は前世でもあるあるで、出る杭は打つ人間がいる。そしてウェンディは特大ハンマーの持ち主だった。そしてそのハンマーをマクドナルト嬢に振り下ろすことで、王太子の婚約者に相応しくない、婚約破棄という流れになるのは……。どの攻略対象のルートであろうと、共通のお決まり事項だった。
(私は前世で社会人歴はそれなりにあった。何せアラサー女子だったのだから。しかも女性の多い職場では豆腐メンタルではやっていけない。ゆえに鋼とまではいかなくても、ある程度は鍛えられている。よって推しに婚約破棄されるのは相当ダメージだろうけど、何とか地方領で生きて行けるだろう)
そう考えると、自分のメンタル次第でどうにかなるなら、無理に断罪回避をする必要はないと思ってしまった。何より現在十六歳。既に悪役令嬢ウェンディの人格形成は完成している。それなのに、急にいい子ぶっても両親は気持ち悪いと思うだろうし、婚約者のオリオン王太子も気味が悪いと感じると思うのだ。
何よりも乙女ゲームの世界にはシナリオと設定がある。世界がヒロインのハッピーエンドに向け流れているのに、そこに逆行すれば、システム的に排除されるはず。つまりシナリオと設定により、強制的な補正がかかるということ。
(そもそも断罪回避行動は無駄なあがき。もはや流れに身を任せるが最善に思えるわ)
ということで私は……わたくしはこの世界で、キャラ変は諦める。
悪役令嬢としてあるがままに生きることを決意する。
(方針は決まったわ。それよりも……)
わたくしが目下、困るのは、この世界の攻略対象の名前。なぜなら懐かしい味を思い起こさせる名前ばかりなのだ。前世でゲームをプレイしていた時は、あまり気にならなかった。でもオリオン王太子はオニオン王太子に思えて来るし、そうなると脳裏にはオニオンリングが浮かぶ。さらに彼の名前であるコールと、宰相の息子のスローの名を頭の中で並べると、かの有名なサイドメニューを思い出してしまう。
騎士団長の息子のフィレオ・エヴァン、公爵家の嫡男のマック・エグバート・マーフィンも、その名前を書いた紙を見つめるだけで「今日の朝食は にしよう」と言いたくなってしまう。
(というかそもそもこのゲームの名前が『ファーストラブ(初恋)はバニラの味』なのよ! 『ファストフードはバニラの味』が連想されるし、製作陣はファストフードマニアに違いないですわ!)
こうしてわたくしは悪役令嬢としての役目を全うしつつ、攻略対象の名前に前世の味を思い出して悶絶しながら学園生活を送ることになった。
お読みいただきありがとうございます!
閃いてしまい書き始めた新作です
10話程度完結目指して書いています〜
書けたら公開しますね!
それにしてもこの悪役令嬢、何に悶絶しているのか(笑)
ブックマ&評価での応援も
お待ちしています♡
次話もどうぞお楽しみに!














