第五話 クリスマス事件 前編
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クリスマス 浮気 決意 出会い 職場の同期 ハッピーエンド
世間はクリスマスモード一色な今日この頃。
残念なことに、私は彼氏の浮気現場を目撃した。
「どーゆうことよ! ちょっと、彩子! あんたなんとも思わないの!?」
「……なんてゆうか、ビックリした」
今から4時間前の夕方6時。
今日から好きな雑貨屋さんがクリスマスセールをする、というのを知って仕事終わりに友人の愛海と待ち合わせをした。
二人で雑貨屋さんを回り、ついでに最近話題になっていた服屋さんを覗いて、ご飯を食べようか、という話になったのが、2時間半前の7時半。
平日だったのが幸いしてか、飲食店は空いていた。私達が好きなパスタのお店で、今日の戦利品について思う存分語り合って、お店を後にしたのが30分前の9時半。
たまたま、ものすっごい可愛わいい女の子を見かけて、その横にいる男を見たら、私の彼氏と判明したのが25分前。
後をつけて、まぁ、そういった目的の方々のお泊りあそばせるホテルへ入っていくのを目撃したのが、15分前。
呆然とする私を、ものすごい勢いで引きずり、近くの居酒屋――運がよくて、ここも空いていた――へ入ったのが10分前。
そして、現在。
愛海は完全に頭に血が上っている。
「彩子!! あんた、彼を寝取られてるんだよ!?」
「……そうなんだよね。なんか、実感が……」
「実感も何も、目の前で目撃したでしょうが!!!」
ごもっとも。だけど、内心ではやっぱりなぁ、と納得してしまう部分があった。
そもそも、私の彼、今田慎一は大学時代からの付き合い。実際の交際年数も5年近く。それだけの付き合いがあれば、相手の事などそこそこわかってくる。
今田慎一という人間は、どこか異性に甘かった。
それは私という彼女がいても同じ事で、女の子と丸一日二人っきりで遊びに行く――本人は、友人と遊びにいく、と言い張ったが、表現としてはデートが正しいと思う――のは日常茶飯事。それが理由で、私との約束を断られた事だってある。
いつか浮気されて捨てられるかも、という思い常に頭の片隅にあった。だけど、どこかで遊びには行っても、浮気はしないでくれるだろう、と勝手に期待もしていた。……というか、普通、誰だって思うだろう。まぁ、見事に裏切られたわけだけれども。
「お待たせしました、枝豆とホッケ、生ビール中ジョッキ2つになります」
「あ、来た。よし、今日は語るよ! ってゆうか、自棄酒よ! 愚痴大会よ! ホンットいらいらするわー」
「うん、そうだね。……あ、ホッケ、すごいおいしそう」
裏切られたけれど、思った以上にショックはなかった。たぶん、だいぶ前からいろんな事を諦めていたからかもしれない。それでも、別れる気は起きない。決定的な別れを切り出されない限りは。
「あんたさー、健気だよねぇ。健気を通り越して、馬鹿じゃないの? って思うときがあるよ」
「そう?」
「うん。別れようとは思わないの?」
「向こうが言ってこない限りは」
「なんでよ」
「好きだから」
そう。付き合い続けているのは、好きだから。単純だけど、もっとも大きな理由。
浮気されても、約束を破られても、別れる、という選択肢が出てこないくらい好き。
「そう言ってる割には、あんたって淡白よね」
「うん、慎一君に関しては自覚してる」
「あっそう。……あ、すいませーん。石焼そば半熟卵のせ?ってゆーの追加で。それから生ビールも。あ、あとこのお好み焼きも」
淡白、と似たような言葉を慎一君本人からも言われたことがある。
なんて言われたんだっけなぁ?
テーブルに置かれたホッケを突きながら考える。
言われた時は結構ショックだった。それは覚えているけれど、肝心の言葉のほうは思い出せない。
傷ついた、という記憶は残っているのに。
「聞いてんの!? 彩子!」
「……何? 聞いてなかった」
「ケータイがなってる、って言ったのよ!」
いまだに興奮が冷め切らないらしいのか、言葉の端々にそれが出ている。
「ホントだ」
「まったく、……すいませーん。ビール追加でー」
ペースが速い愛海を横目に、ケータイを開く。
メールを一件受信している。相手は、今田慎一。
「……慎一君だ」
「なんてきたの?」
『話がしたい』
居酒屋に入ってから、一時間が経っていた。
*****
「ごめん、いきなり呼び出して」
あれから私は、愛海にメールの内容を話し、彼女の激励を受けながら待ち合わせ場所へと向かった。
場所は、いつも待ち合わせに使っていた、私の家の最寄り駅。
行ってみると、慎一君はもう、そこで私を待っていた。
「大丈夫。どうしたの? 慎一君から呼び出すなんて珍しい」
本当に珍しい。初めのころは、お互いがデートに誘っていたけど、だんだん私からの一方的になり、最近は誘うことも少なくなった。……誘ったところで、断られることもしょっちゅうだったけれど。
「話がしたくて」
「メールでも書いてあったね」
「……ちょっと、公園に移動しよう」
公園は、駅から歩いて10分くらい。
そのあいだ、ずっと無言で重苦しい雰囲気だった。唯一した会話といえば、途中の自販機で飲み物を買ってくれたときに「何がいい?」「……ココア」。これだけ。
公園のベンチに座って、プルタブをあける。
居酒屋へ入ったときよりも外はだいぶ寒くなっている。あけたココアの缶から白い湯気が出てる。私の息も白い。
慎一君は、私の横に座って、さっきココアと一緒に買った缶コーヒーをじっと見つめてる。缶を開ける様子はない。
「あの、さ」
「うん」
「今日、セルティガの店の辺りにいた?」
セルティガ、というのは私と愛海が好きな雑貨屋さんの名前。当然、慎一君も知っていた。
「うん、そこで買い物したから」
「……誰か、見た?」
探るように、ものすごく遠まわしな言い方。普通に聞けばいいのに。
『お前って、いつも冷静で、感情を出さないし、つまんない奴だよな。俺がもし浮気しても、絶対取り乱さないだろ』
唐突に思い出した。そうだ、慎一君に、そう言われた。
そのとき、私はすごくショックを受けたけど、同時に、憤りもしたんだ。
だって、はじめは感情なんか駄々漏れに近かった。慎一君だって、考えてることがすぐわかる、って言ってたくらいだから。
私がつまんない奴になってしまった理由は、慎一君にもあるんだよ。
期待することをやめて。
諦めが早くなって。
冷静でいるよう努力するようになった。
その理由は。
決して私一人の問題ではなかったはずだ。
「見たよ。慎一君を。ラブホテルの前で、知らないきれいな女の人と一緒のところ」
「ごめん!」
「うん」
「……」
「? どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
「そっか」
「……俺、酔ってたんだ」
「そう」
「で、全部終わってから正気に返って……」
「……」
「ほんとごめん!」
「うん、だからいいよ」
「……いいの?」
謝っておいて、と思う。顔色を伺うように私を見て。許す以外にどうすればいいのか。
「なんでそんな簡単に許すんだ?」
「じゃぁ、どうしたらいいの? 過ぎたことでしょ。どうにもならないし。反省してるなら、別にいいよ」
言いながら、自分が虚しくなった。
物分りのいい愛人みたいだ。ちゃんとした彼女のはずなのに。
「お前、ほんと冷静だな。だけど、それでよかったよ。取り乱されたらどうしよう、ってちょっと心配だったから」
そう言った顔は、すっきりとしていて、最後の心配だった、のくだりでは本当に嫌そうな顔だった。
最低男。
心の中でつぶやいた。
すごく好きな人。浮気をされても、別れようと思わないくらい。
でも、本当にそうなのかな?
単純に、面倒だと思ってるだけな気もする。
私の精神面に、悪い影響を与えてくれる人。
別れるべきかもしれない。いい加減に。
「仲直りに、クリスマス、どこか行こうか?」
それは唐突な申し出。慎一君からの誘いなんて、本っ当に久しぶり。
うれしいはずなのに、どこか面倒だと思う自分を否定できない。
「本当? じゃぁ、お昼くらいから映画を見て、クリスマスディナーを食べに行きたい!」
思いっきり嬉しそうに笑いながら言ってやった。心では、クリスマス前に別れよう、と考えながら。
慎一君は、一瞬すごくびっくりした顔をして、その後、そうだね、とつぶやくように言った。
その後、冷めてしまった未開封の缶コーヒーをかばんにしまい、立ち上がって。
「明日も仕事があるから、そろそろ帰るよ。見たいもの決まったらメール入れて」
「わかった。気をつけてね」
駅に向けて歩き出す慎一君を、ベンチに座ったまま見送った。いつもなら、駅のほうまでついて行ったけど、そんな気はおきなかった。
慎一君の背中を見ながら、どうやって別れようかを考える。
あれだけ好きだったのに、と思わなくもないけど。でも、別れる、と決めただけでかなり心が軽くなった。
きっと、刷り込みに近い感情だったのかもしれない。好きだったのはまだ純粋に幸せだった初めのころだけ。後は、嫌なことはすべて自分を変えることで抑えて、幸せだと思い込もうとしていた。
「愛海に報告しなくちゃ」
慎一君の事を考えているのに、ここまで感情が動くのは久しぶりだ。
新しくなった自分を感じながら、立ち上がって、公園を出る。
クリスマスの約束をしておいて、クリスマス直前に別れるのは、今までの事に対するちょっとした仕返し。これくらいは許してもらおう。
公園から徒歩15分くらいの自宅へと向かう。
なぜかスキップをしたくなるような、そんな夜だった。
ものすごい季節外れで申し訳ないです。
昔やってた小説ブログにのせていたものが出てきたので、一切修正を加えずにのせてみました。
これ、当時は3話完結だったのですが中編と後編を加筆修正して二話完結にしようかと思います。
で、第五話完結後に、恋愛短編集を完結設定させていただこうと思います。