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第三話 マドンナは微笑む 2

「晴ちゃん」


 私の呼ぶ声に彼は応えない。

 彼が抱く、劣等感を私は知ってる。

 私をどこか遠ざけようとしていることも。

 だけど私は彼を呼ぶ。



 応えてくれるまで。

 何度でも。



*****



「あんな奴の何がいいの?」


 悪趣味な人間はどこにでもいる。

 学校で一番モテる男子だと噂されているのは私も知ってる。私とセットで美男美女カップルと呼ばれていることも。

 あの文化祭の日、夕焼けに染まろうとするあの教室の中。

 この男は私と晴ちゃんのやりとりをこっそりと覗いていたらしい。

 あれから一週間が経つというのに、顔を合わせるたびにしつこく付きまとう。


「何の用? 坂城君」


 どんな返答が来るかわかりきっているのに、聞くのは正直面倒くさい。

 だけど、彼と私はクラスが一緒なら委員会も一緒だから。ある程度妥協しなければやっていけない。

 誰もいない、放課後の部室。

 他の教室からは少し離れていて、人の気配も全くない。唯一図書室が近くにあるけれど、放課後にわざわざ本を読むモノ好きもあまりいないだろう。


「土屋の事だよ」

「またその事。坂城君には関係の無い事だって何度も言ったはずだけど」


 高校に入ってから、何度か告白された事がある。

 そういう時、どこから情報を得ているのかしれないけれど、坂城君は気持ち悪いくらいに私にかかわる恋愛がらみの事を知り尽くして、根掘り葉掘り聞こうとする。

 それにしても、今回はしつこいと思った。


「関係ないって思うのはおかしいんじゃないか?」


 私からしたら、あんたには関係ない、その一言に尽きる。

 何をどう思って、彼はおかしいと感じたのか私にはわからない。

 だって、関係が無いはず。


「俺たちが周りからどう呼ばれてるか、知ってるだろ?」

「だから?」


 知っていたから、何だというの。

 周りが勝手に言っているだけで、私たちには関係ない。


「美男美女のお似合いカップル」

「そう言ってるね。私はその人達の目が腐ってると思うけど」


 私の答えに、坂城君は顔をしかめた。

 それを見ながらにっこりほほ笑んでやれば、ますます眉間にしわが寄る。


「俺もそう思うんだよね」

「だから?」

「わからない? 俺たちは付き合うべきなんだよ」


 今日ほどこの男をあほだと思った事はないかもしれない。

 告白とかをすっ飛ばして、付き合うべき、と来た。

 この男が何を思ってるのか、手に取るようにわかる。要は、格好いい自分が好きで、そんな格好いい自分の隣には可愛い女の子がいるのがふさわしい。そしてそれは、自分の魅力を引き立てる。きっとそう考えているのだ。

 どこまでも、自分が可愛い坂城君。

 私は嫌だ。


「絶対いや。私にとって、坂城君は美男じゃないし、私自身を美女だとも思ってない」

「……」

「私にとっての美男は土屋君だけだし、私を美女だと思うのも土屋君だけでいい」

「……」

「坂城君、ナルシストもほどほどにしないとみんなから引かれるよ。現に私はどん引きだし」

「……ぃ」

「そもそも、付き合うのはお互いがお互いに好意を持つ者同士でしょ? 坂城君は私の事が好きなんじゃない。私を隣に連れて、お似合いカップル、と周りの視線をくぎ付けにする自分が好きなんでしょ?」


 今までのうっ憤もあって、しゃべりだしたら止まらなかった。

 元々、人に悪口とかは言わない方だから、こんな自分に私がびっくり。

 そして。


「うるせーんだよ!!!!」


 いきなり大声で叫んで、私を押し倒した坂城君にもびっくりした。

 ガタンッ、と激しい音がして、坂城君の足が、横の机を蹴り倒した。

 それが君の本性なんだ?

 頭では冷静に思ったけれど、体が強張って、私が感じる恐怖を如実に坂城君に伝えている。

 彼は嫌らしい笑いをこぼした。


「……清水ってさ、俺を全然意識してなかっただろう? でも、俺を男と意識しないから、こんな事になるんだよ」


 耳元で囁くように言われて、坂城君の手が太ももを這い上がり、スカートに手をかけた。


「亜貴」


 そう呼んでいいのは、坂城君じゃない。

 私の事をそうやって呼んでいいのは、一人だけだ。


「やっ」

「お前はいい加減にしろ」


 平坦な声が上がったと同時に、私の上にいた重みが無くなった。

 恐る恐る起き上がると、坂城君は自分が倒した机の上に倒れて、おなかを押さえている。


「行くぞ」


 呆然とそれを見ていた私の手をとり、彼は私を図書室に連れ込んだ。

 図書室の奥、ほとんど人目につかないような本棚の影まで連れてこられて。

 突然抱きしめられた。


「あんまり心配かけんな」

「……」


 私に回る腕が優しくて、強くて、暖かくて。

 涙があふれた。

 肩に顔を押し付けると、優しく頭をなでてくれる。


「亜貴」


 ああ、この声。

 私をそうやって呼んでいいのは、晴ちゃんだけ。


「……好き」


 呟く声に、一瞬頭をなでる手が止まったけれど。それはまた優しく再開された。


「晴ちゃん、好き」


 ぎゅう、と力いっぱい抱きしめられて、頭のてっぺんに何かが触れる気配がした。


「……知ってる」


 上から降る言葉は、私の想いに答えてくれるモノじゃないけれど。

 その仕草が、私の想いに答えてくれる。


「好き」


 もう一度言って、潤んだ瞳はそのままで晴ちゃんを見上げた。

 少し赤い顔をして、困ったように視線が泳ぐ。

 ほほ笑む私を見て、色々な複雑な感情を浮かべるけれど。

 結局は私に向かってほほ笑んでくれる。


 まだ応えてくれる事はないけれど。

 何度だって名前を呼ぶ。

 何度でも伝えるよ。

 貴方が応えてくれるまで。



第三話完結です。


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