第三話 マドンナは微笑む 1
キーワード
学校 教室 幼馴染 告白
学校一の美人。
そんな言葉を言われても違和感が無いのは、この学校で一人だけ。
清水亜貴。
学校中の男子生徒を虜にして、普段から告白される事が多い。それが行事ともなれば、ひっきりなしに呼び出され、体育館裏、人気のない廊下、使われてない教室。いたるところで暑苦しい愛の告白を受けているはずだ。……それがなぜ。
「ねえ、付き合ってよ」
なぜ俺の目の前にいるのか、俺には理解できない。
いつも人に注目されている女。
そして今日は文化祭だ。
毎度のことながらひっきりなしに呼び出されて、いたるところで暑苦しい愛の告白を受けているはずで。
なんで、こんな普通の教室の中、誰にも気づかれることなく平然と俺の前に立っているのだろう。
「ねえ、私の話、聞いてる?」
聞こえている。これだけ至近距離で話しかけられれば、嫌でも聞こえる。
日差しがオレンジに変わろうとしていて、来場者も段々と減りつつある。
俺はどのクラスにも一人はいる、協調性の無い、影の薄い、平凡な男子生徒。
読みかけの本を、文化祭中は使われない自分のクラスの自分の席で、淡々と読んでいた。
「ねえ、土屋君」
もう一度呼ばれて、ちらりと視線を清水に移す。
俺の前の席をこちらに向けて、ひとつ挟んだ机に身を乗り出すようにしてしている清水は、俺の視線を受けて二コリと笑った。
「付き合ってよ、土屋君」
付き合って。
もう一度言って、清水はとても魅力的な表情で俺を見ている。
役者になりたいのだと、風の噂で聞いた事がある。
ぴったりだと思った。
清水には、テレビが似合う。テレビに出なくても、きっと舞台でも映える。
人を引き付けるモノを持っている。
そんな女から、付き合って、と言われた俺は。
比較して、内心で自嘲した。
つりあうわけが無いし、こんな、周りの視線を釘付けにするようなのと付き合えば、きっと自分はいろいろなモノにつぶされる。
「流石役者志望。一瞬本気かと思ったよ」
俺の言葉に、清水は泣きそうに顔を歪めた。
俺は視線をそらして、また本のページをめくる。
「私の気持ちを知ってるくせに、ひどいよね土屋君」
「……俺の何処が良いんだよ。俺にはお前の気持ちがさっぱりわかんねぇ」
がたん、と音がしてもう一度視線を上げた。
椅子が倒れていて、ひとつ挟んだ机に両手をついた清水が、俺に覆いかぶさるようにして、こちらを見ている。
挑むような目をして言った。
「晴ちゃん」
懐かしい呼び方だった。
こいつの口から、もう一度そうやって呼ばれるなんて想像もしてなかった。
「晴ちゃん」
見上げる俺の頬に水滴が落ちる。
清水は泣いていた。
「好き」
俺は言葉を返さない。
……いや、返せない。
「好きなの、晴ちゃん。……ありのままの私を見てくれて、私を普通に扱ってくれるのは晴ちゃんだけ」
「……」
何も返さない俺に、もう一度、晴ちゃん、と名前を呼んだ。
ぽたりと涙を落として。
「好きなの」
耳元で囁くように零した言葉は、そのまま俺の深いところまで吸い込まれる。
好きなの、と言った唇が俺の頬に触れて。
「……ごめん」
最後に一言謝った清水は、そのまま教室を去っていった。
それを見送りながら、思う。
幼馴染の彼女はどこまでも一途なんだな、と。
小さな頃からずっと、俺だけを追いかけてきている。
こんな、何のとりえも無い、格好良くも無い、土屋晴一というただの男子生徒を。
「……俺は、こんなに思われる資格なんて無い」
平凡な俺は、プライドだけは高くて、どんどん美しくなる清水に嫉妬して、自分自身の劣等感も大きくて。
本当は、言葉にできないくらい、狂おしいほどに彼女を思っているのに。
こうやって、告白されても。
劣等感と嫉妬が邪魔をして言葉にならない。
そして、俺は周りを恐れてる。
仮に付き合い始めたときの、周りの反応、俺への態度。
こんな俺を選んだ事に対する彼女への反応も心配だけど、それよりもまず自分を心配してしまう。
最終的に。
どこまでも、自分が一番可愛いんだ。
「こんな、俺をどうして好きだなんて言えるんだよ」
清水の去った扉を見つめる。
亜貴、と声には出さず名前を呼んだ。
2は少し間が空くかもしれません。
申し訳ありません。