第二話 君に贈るよ2
「知ってますか? 明日はハロウィンなんですよ」
驚いて後ろを向いた。
立っていたのは2時間近く前に退社したはずの宮浦君。
その手には机に置かれたものと同じキャンディーを持っていて、見せるようにこちらに振った。
「……帰ったんじゃなかったの?」
「一度帰りましたけど。用事は済んだので、サービス残業でも、と思って」
にっこり笑った宮浦君は、本人が言うだけあるのか、確かに魅力的だった。
疲れているときに、こうやって優しくされると、すごく胸に響いた。
「なんか、今だったら私、宮浦君の外見にほだされそうだわ」
「ほだされてみませんか?」
冗談で言ったつもりだった。
間髪いれずに返ってきた言葉は思った以上に真剣そうで、呆気にとられた。
「今、残業中で気が立ってるから、そういう冗談はやめてね」
「……」
ぼそりと何か言ったけど、小さすぎて聞き取れない。
「なんて言ったの?」
「いえ? なんでもありませんよ。それより、仕事、手伝います」
真面目な顔をして、私の隣の席に着く。
少なくなってきた書類を手に取り、パソコンを立ち上げ、こちらを見上げる。
「……あと、少しで終わるから……」
「少しなら、僕にやらせてください。その間は休んでて。先輩、顔色が悪いですよ。心配していたんです」
にっこりと笑って、早速始めてしまう。
私は結局、その言葉に甘えることにした。
宮浦君がキーボードを叩くのを横目に、さっきのキャンディーを口に入れた。
パンプキンプリン味で、甘ったるい。けれど、その甘さが疲れた身体には心地よかった。
「先輩、明日……ちょっとだけ僕に付き合ってくれませんか? 休日ですし」
横から聞こえた声に、休みたい、とは思ったけれど。
こうやってわざわざ仕事を手伝ってくれている。
「いいよ。今日は手伝ってもらってるし」
「よかった。……多分、あと20分くらいで終わります」
宮浦君の指導を始めてから約半年。4月とは違って、とても頼りになる。
「……なんか、成長したねぇ……」
しみじみと呟くと、宮浦君は笑い出した。
「ちょっと、おばあちゃんみたいな物言いしないでくださいよ」
「入社当時の君と比較しちゃって」
「先輩に指導してもらえたからですよ。ついていこうと必死でした」
その言葉を最後に、室内は静かになった。
カタカタと、キーボードの音だけが響く。その音に、私は不思議なほど安心した。
(一人じゃないって、思えるからかな……)
「終わりました。先輩、帰りましょう」
いつの間にかウトウトしていたらしい。
宮浦君が、軽く私の肩を叩いた。一応起きたけど、非常に眠い。
「疲れてるんですね。車で来たので、その中で休んでください」
とにかく眠かった。
促されるまま、駐車場まで行き、助手席に座り、眠ってしまった。
自宅を知らせないままに。
「先輩、起きてください。着きました」
また同じように軽く肩を叩かれた。
目を開けて、私の住むマンションの目の前に車が止まっていることに気付く。
「……なんで私の家を知ってるの?」
車を降りて、エントランスに入りながら聞いた。眠気なんかは一気に吹っ飛んでいる。
宮浦君には一度も家を教えたことは無い。
「やっぱり、気付いてなかったんですね」
何が? 私は声に出さないまま、先を促した。
「俺、同じマンションのいっこ上の階に住んでるんすよ」
意地悪そうに笑う顔。口調も注意する前に戻っている。
「俺は、すぐに気付きました。だって、先輩のこと、好きだし」
サラリと言われた言葉に、反応できない私を宮浦君は面白そうに眺めて、行きましょう、と私の腕を掴んでエレベーターへと促された。
「……」
「先輩、一人が嫌いでしょう?」
エレベーターの中で、唐突に言われて驚いた。
「何で……」
「なんとなく。見てれば分かりました。……好きですから」
好きですから。
どう答えていいのか分からない。そもそも本気なのかも分からない。
「先輩は俺の事、そういう対象で見てないんすよね。でも、これからは考えてみて欲しいです」
「……」
答えられないまま、5階に着いた。
扉が開くと同時に、逃げるようにエレベーターから降りる。
「俺、簡単には諦めませんよ」
その言葉に振り返ると、意地悪そうに笑う顔が扉の向こうに消えていった。
*****
「なんか、すごい疲れた……てゆうか、このカボチャ。宮浦君、何考えてるの?」
ジャック・オ・ランタンの犯人は宮浦君だった。
置手紙があったから。
【こいつ、明日使うのでちゃんととっておいてくださいね。出来たら、帰ったら連絡ください。明日の事も話したいので。 宮浦誠一】
署名の下に、携帯電話の番号がある。
散々迷った末に、電話を掛けようと思った。カボチャと明日のことが気になったから。
『はい、宮浦です』
数コールの後、聞こえた声は仕事用のそれだった。
「あ、戸賀です。カボチャにメモがあったから、電話しました」
『あぁ、電話してくれたんすね。嬉しいです』
とても嬉しそうな声だった。
その声を聞いて、私の気持ちが高揚した。
「あのカボチャ、どうしたの?」
『俺の実家、農家なんです。で、ハロウィンだから、とカボチャを送られて。せっかくだからつくりました。上手く出来てるでしょう?』
「上手くは出来てるけど……」
『俺、料理も結構好きなんです。明日、そのカボチャもって食べにきてください。誰かにつくってもらうって、一人暮らしだと無いでしょう?』
嬉しい、と素直に思った。
『俺、諦め悪いんです。とりあえず、時々一緒に食事をする仲から始めません?』
「……ありがとう」
疲れてはいたけど。でも、それを上回るぐらい明日が楽しみだった。
明日は楽しい一日になりそうだ。
第二話完結です。
これも1話同様、昔書いたもので、しかも季節感をがん無視しています。。
みなさんすみません。