第二話 君に贈るよ1
キーワード
現代 社会人 恋人未満 年の差 ハロウィン ジャック・オ・ランタン
「何これ?」
この場にいるのは私だけだというのに、思わず呟いてしまうくらいは衝撃があった。
帰宅した。
確かにここは、私の住むマンション。私の部屋番号。玄関の前。
目の前にあるのは、オレンジ色のカボチャで出来た、ジャック・オ・ランタン。
「……何これ?」
何かはわかってる。けれど、おんなじセリフしか出てこなかった。
*****
社会人になり、始めた一人暮らし。家に一人きり、という状況は初めこそ楽しかったけれど。
「……なんか、さみしいなぁ」
仕事をして、疲れて帰って家に一人。これからご飯を作って、お風呂を沸かして……。
そういう毎日に疲れてしまうのは早かった。
(寂しいなぁ……しかも、一人って自分のことがおろそかになるよ)
そう思いながらも、4年目を迎える一人暮らし。身体は勝手に慣れてしまった家事をこなしている。そんな自分に、また空しくなって。
そういう悪循環に陥ってるような感覚は、私の心を疲弊させる。
慌しく洗い物をしているうちに、出勤の時間。
「今日も仕事か……」
寂しい独り言を呟いて、玄関の扉を開けた。
「戸賀先輩。今日は弁当じゃないんすか?」
昼休み。
財布を持って席を立った私に声を掛けてきたのは、私の4年後輩の宮浦誠一君だった。
入社して4年。後輩を教える立場になり、私は宮浦君の指導を任された。
私の責任も大きくなったんだなぁ、と他人事のように思った。
「そう。今日はなんか慌しくて、疲れちゃって」
「珍しいっすね。でも、たまには外食するのも気分転換になりません?」
そういって、私を覗き込むように近づく宮浦君。どうでもいいけど、近すぎる気がする。
「そうかもね。宮浦君、ちょっと離れて。通れないから」
机と机の間の通路を塞ぐように立つ彼に、ちょっと迷惑そうに言ってやった。
宮浦君は、ちょっとつまんなそうな顔をして。
「先輩には俺の顔って通用しないんですか?」
と、何ともまぁ、自身に溢れたお言葉をおこぼしあそばせた。
「何を言ってんだか。それから、社内では僕、もしくは私、という事を心がけなさい。仮にも営業なんだから、ポロっと俺、なんて言ったらちょっと問題よ」
軽く流して、ちょっと小言を言って彼の横を通り過ぎようとしたのに。宮浦君は私の腕を掴んで引き止めた。
「自分で言うのも難ですけど、結構、僕、の外見は整ってるみたいなんですよね。だから、」
「だから、貴方になびかない私が不思議、ってこと? もういいでしょ。お昼休みが終わっちゃう」
口調を直して、そうしてまだ私を通してくれない宮前君。僕、を強調するように言う彼に思わず苛立ってしまう。
そしてそれを隠さないまま話をさえぎり、無理矢理会社を出た。
疲れているのか、すごく気持ちにムラがあると思う。さっきまではなかなか前をどいてくれない宮浦君に苛立って、今は、理由も無く沈んでいる。
「……疲れた」
カフェでサンドイッチをつまみながら、こぼれるのはため息。
ここ数日は残業続きだった。
新人の子が大きなミスをしたらしく、社内は慌しくなっている。その状況で、自分の仕事はこなした、と毎日堂々と定時に退社していくのが、2年後輩の女の子。
可愛らしい外見の彼女は「今日~、彼氏が待ってるんですよぅ……」と口癖のように言う。それは、こちらを苛立たせるためとしか思えない。
そして最悪なのは、彼女の仕事はミスが多い。
その尻拭いは私にやってきて。毎日、自身の仕事と彼女のカバーでなかなか帰れない日々が続いている。
(身体がだるいな……)
体調を崩しているのは分かってる。
けれど、無理をしなくちゃならない、と思ってしまう。
それと同時に、家に帰りたくない、とも。
結局、今日もまた残業になった。
一人、また一人と退社していき、社に残ったのは私と課長の二人だけ。
「戸賀さん、終わりそうかな?」
「……無理ですね。課長はお先にお帰りください。今日は金曜日ですから、お子さんも待ってるんじゃないですか?」
「でも、部下が頑張ってるから」
「私なら大丈夫ですよ。多分あと30分あれば、何とかなりますから」
確実に30分では終わらない。けれど、意地でも何とかしてやる、という気迫をこめて言った。それを感じたのか、課長は苦笑しながら、帰宅の準備を始める。
「じゃぁ、お言葉に甘えるよ。……それにしても、琴田さんは考え物だな。今度注意しないと……」
琴田さん、というのは例の定時退社する2年後輩の女の子。
課長は渋面をつくっていたが、こちらを見てニコリと笑う。
「お疲れ様。先に失礼するよ」
「はい、お疲れ様でした」
課長が帰って、本当に一人きりになって、また憂鬱になる。
「うわ……私、何これ、こんなに一人が嫌いだったっけ?」
言いながらも、ひたすら手を動かし続ける。
けれど、昼間に感じていた体調の悪さもぶり返して、ついには手が止まってしまった。
「休憩しよ」
廊下にある自販機へ、コーヒーを買いにいった。
デスクに戻ると、パソコンの前にオレンジ色の包みがあった。
可愛らしいジャック・オ・ランタンのイラストが描かれたそれは、どうやらキャンディーみたいだった。
席に着きながら、それを手に取る。
「……誰だろう? てゆうか、もうすぐハロウィン?」
残業続きで疲れていた。
カレンダーを見る余裕なんか無くて、今日が何日なのかを思い出せない。
「知ってますか? 明日はハロウィンなんですよ」
次で第二話完結です