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第一話 何も伝えない2 * 『何も伝えなかったけど、(それでよかった)』

 望んでいた婚姻だった。

 財産はあれど、爵位を持たない商家にとって、彼の家の持つ爵位や歴史は、これ以上無いくらい欲しいものだった。そのための持参金は莫大な金額になったけれど、それすらも気にならないくらい。


*****


 私の夫となったクレッセ様にとって、この婚姻は単純に政略結婚だったのだろうと思う。けれど、できる事なら恋愛結婚がしたかった。だって、私は彼に片想いをしていたから。


「クレッセ様、お帰りなさい」

 微笑んで、帰宅した夫に告げる。彼は、私の眼を見てくれない。私の姿すら、目に入ろうものならすぐに視線をそらしてしまう。

 それでも私は、穏やかに微笑み続ける。今、私が妻としてできることはこれくらいしかないから。少し寂しい。でも、となりにたてることが奇跡だった。この寂しさは、幸福の証なのでしょう。


 あの白々しい笑みに彩られた、嘘の愛を伝えられても苦しくなるだけだった。

 婚約中の間、クレッセ様はとても優しく接してくれた。彼にのぼせ上がっていた私は、彼と目が合うたびに赤面し、ひたすら笑うことしかできなかった。

 ただ、いつも別れ際に伝えられる「愛してるよ」という言葉を聴くたびに、心のドコかが悲鳴をあげていたけれど、それを隠して、私は嬉しそうに礼を言い続けた。


「しばらく家を留守にする」

 夫が、ゆっくりとベッドに腰掛けながら呟いた。

「…また王宮に宿泊なさるのですか?」

 そろそろ、彼を解放するべきなのかしら。ベッドで微睡みながら、ぼんやりと思った。

 私が長男、いわゆる世継ぎを出産してから、夫婦仲は冷え切っている。それは当然なのかもしれないけれど。だって、政略結婚における義務の一つは果たしたのだから。

 クレッセ様は王宮に泊まらずに、外で女性と会っている。私はそれを知っているけど、何もいえない。その事実を突きつけられるたびに、何も知らない顔をして笑うことしかできないの。

「…そうだ」

 そういって、クレッセ様は私に背を向けた状態で、ベッドに横になった。

「お忙しいのですね。頑張ってください」

 穏やかに微笑んで、彼の背中に告げた。決してこちらを振り向くことの無い背中が愛おしかった。そして、そこまで想う自分がおかしくて。

 ごめんなさい、と心で告げて、知られぬように涙をこぼした。


*****


 初めてお会いした時から、恋に落ちていた。もうずっと昔の話。

 彼は覚えていないだろう。城下町のお祭りで、一人迷子になった私の事を。

 私の両親を探してくれた。見つかるまでずっと手を握ってくれて、優しく笑顔を向けてくれた。

 あの時の笑顔は、本物だった。


 懐かしい夢を見た。幼い頃の初恋の物語。今日、ようやく決心がついた気がする。

 私は、朝から私室にこもって手紙を書く。思うことは、クレッセ様と息子のこと。どうしてこうなってしまったのだろう、と私はぼんやりと考える。そうしてたどり着く答えはいつも同じで。結局、身分違いの恋をした私がいけなかったの、と。

「母上?」

 息子の呼び声が聞こえて、書きかけの手紙を隠して息子を迎える。

「どうしたの?」

「母上がずっとお部屋にいるから…具合が悪いのかと思って」

「お手紙を書いていたのよ。貴方はまだ、お勉強があるのでしょう? 心配しなくても大丈夫よ」

「…はい」

 少し心配そうな顔をしながら、しぶしぶ勉強に戻る姿が可愛い。私の心配も本当だろうけれど、きっと勉強も嫌だったのね。そう思うと自然と口元が弛む。

 優しい子。愛おしい、私の息子。できる事なら、もっと成長していく姿を見たかった。

 扉が閉まる音を聞きながら、再び手紙を書きはじめた。


 新婚の頃は期待もあった。けれど、そんなものはもう昔に無くなってしまった。

 今、胸にあるのはクレッセ様への愛情、罪悪感、共にいれた事への感謝。息子への愛情。そして、幸福。

 私は幸せだったのでしょう。愛する人と結婚をした。愛する人との間に子供を儲けた。これで、愛する人から愛されたい、と願うのはわがままだと思うから。

 心残りがあるとするなら息子のこと。普段、息子と距離を置いている方だから、これからが少し不安。

 けれど、今伝えたいと思うのは、感謝。

 ただ、ただ、ありがとう、それだけ。


*****



 息子を想うのなら、なぜ、と貴方は考えるかもしれません。

 私の心は限界にきているのだと思います。けれど、貴方と結婚して、後悔する事なんて一つもなかった。

 ただ、つらかったのです。耐えられなくなるくらいに。

 手紙に記した最後の言葉は、私が残した、ほんの少しだけの本心。

 幸せでした、と断言できるほど幸せではなかったの。

 幸せなのだと、そう思い込んで得た幸福だったの。


 貴方はそれに、少しだけでも気付いてくれていたでしょうか?

 私は、本当に、私だけが貴方を追いかけていたような気がするのです。



第一話完結です。


去年の冬に書いたものをたまたま発見したので乗せてみました。

こういうすれ違いの末の悲恋って、結構ありますよね。なので、ちょっと迷いましたが、せっかくなので。


本当は息子視点も書いたはずだったのですが、見当たらず……。

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