表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の夫は妻を殺す悪役公爵──その未来、絶対に阻止します!  作者: 葵 すみれ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/41

18.平穏な朝に忍び寄る、『物語』の気配

 しばらくぶりに公爵邸に戻り、ようやく落ち着いた朝を迎えたオリアナは、ゆるやかな陽光の中、庭園の小道をゆっくりと歩いていた。

 隣には、静かに寄り添うサディアスの姿がある。


「この庭、以前より明るく感じますね」


 ぽつりとそう言うと、サディアスは少し驚いたように眉を上げた。


「私も、同じことを思っていました。……けれど、それは庭が変わったのではなく、見ている私たちが変わったのかもしれません」


「……そう、かもしれませんわね」


 オリアナはそっと微笑んだ。

 手入れの行き届いた花壇、規則正しく並ぶ植栽。すべては、以前と同じはずなのに、今は確かに柔らかな温もりを感じる。

 ふと、サディアスが立ち止まる。


「オリアナ」


「……なあに?」


 彼は少しだけ目を伏せ、それからゆっくりと口を開いた。


「最初の頃、私は……あなたに嫌われているのだと思っていました。だから、必要以上に近づかないようにしていたのです」


「えっ……」


「無表情で、不愛想で、何を考えているのかわからない。そう思われていることにも、気づいていました。だから……怖がられて当然だと、そう思っていました」


「……本当に、そうだったんですね」


 オリアナは思わず、息をこぼした。


「私も……私のほうこそ、てっきり嫌われていると思っていたんです。妾腹の王女で、王家から押しつけられた存在で。歓迎されているわけがないって……」


 サディアスの目が、ゆっくりとこちらを見る。


「それでも、あなたは私に笑ってくれた。……だから、私も変わりたいと思ったんです」


 静かな声が告げる。

 オリアナの胸に温かいものが広がっていく。


「……今は、怖くないですもの」


 オリアナの言葉に、サディアスが一瞬、息をのんだように見えた。


「……本当ですか?」


「ええ。最初は、確かに何を考えているかわからなくて……怖かったです。でも、今は違います。あなたが、優しい人だって、ちゃんとわかりますから」


 それは本心だった。

 けれど、同時に胸の奥に疼くものもある。

 サディアスは、オリアナを殺す悪役公爵。その未来を知っているのは、今のところオリアナだけだった。


(……でも、あの未来とは、もう違ってきているのかもしれない)


 ほんの少しでも、そんな希望を抱いていいのなら。


「最近は、笑顔の練習もしているんです」


 唐突な言葉に、オリアナはぱちりと瞬いた。


「えっ?」


「……その、威圧感があると、よく言われていましたので……。できれば、あなたには、怖がられたくないと思って」


 まじめな顔で言うその姿に、オリアナは吹き出しそうになるのをこらえた。


「そういえば、演習場で変な笑顔をしてましたよね……」


「……見られていましたか」


 サディアスは少しだけ耳を赤らめ、うつむいた。


「でも……努力されてるんですね。ふふ……今の笑顔は、ちっとも怖くありませんよ」


 そう言うと、サディアスはわずかに目を見開き、そして照れくさそうに頷いた。

 柔らかな風が二人の間を通り過ぎていく。その温もりが、心をそっと撫でていくようだった。


 しばらく歩いたのち、藤棚の近くに設えられたベンチに腰を下ろすと、サディアスも隣に座った。

 春の香りを含んだ風が、淡い花の香りを運んでくる。

 ふと、オリアナは遠くの空を見つめながら、小さく問いかけた。


「サディアス……もし、私が何か言いにくいことを抱えていたら……それでも、聞いてくださいますか?」


 彼は驚いたように瞬きをしたが、すぐに頷いた。


「もちろんです。ですが、話したくないのなら、無理にとは申しません。……あなたの心が追いつくまで、私は待てますから」


 その言葉に、胸の奥がふっと緩んだ気がした。けれど、だからこそ答えが出ない。


(『物語』のことなんて……言えるはずがない。けれど、この人なら、信じてくれる気もする……)


 それでも、やはり現実味を欠く話をいきなり打ち明けるのは、あまりにも無謀だった。奇妙な妄言と捉えられるかもしれない。

 不安と迷いが交差する中、オリアナがうまく言葉を繋げられずにいると──


「悩んでいるのは……王妃のこと、でしょうか?」


 ふいに告げられた言葉に、オリアナは息をのんだ。


「え……」


「今の王都は、王妃が事実上、実権を握っている状態です。陛下がご体調を崩されてから、王家の動きもまた……変わりました。鉱山事業に王家が強引に割って入ってきたのも、それ以降のことです」


 静かな口調だった。けれど、その裏にある慎重な警戒心が伝わってくる。


「……父上のことは、私、ほとんど何も知らないのです」


 オリアナの声は小さかった。けれど、その胸のうちには、確かに過去への哀しさと、今を見つめようとする決意があった。


「王妃殿下と私は、血の繋がりがありません。だから……余計に、父には必要とされなかったのだと思います。記憶にある父は、いつも遠くにいて、私の目を見たことさえない気がします」


「……」


 サディアスは何も言わなかった。ただ、傍にいて、聞いてくれた。


「でも……だからこそ、私は今、自分の居場所を見つけたいんです。誰かの駒ではなく、一人の人間として」


 そう言った瞬間、ふいに強くなった風が、木々の葉をざわりと揺らした。

 サディアスはそっと視線を上げ、そして口を開いた。


「それなら……私もその居場所に、なっても構いませんか」


「え……」


「あなたが自分を守りたいように、私もまた、あなたを守りたいと思っています。……それが、私にとっての幸福ですから」


 言葉を失ったまま、オリアナは彼を見つめた。その眼差しはまっすぐで、揺らぎがなかった。

 この人は、やはり『物語』の中で見たサディアスとは違う。運命は変えられる。いや、もうすでに変わり始めているのかもしれない。


 けれど、そう思った瞬間だった。

 控えめに、しかしはっきりと足音が近づき、二人の背後に声が届いた。


「奥さま、お邪魔いたします。神殿より、お客さまがいらしております」


 振り返ると、使用人が一礼していた。


「神殿から……?」


 オリアナが問い返すと、使用人はうなずいて続けた。


「はい。神官ライラさまが奥さまに面会を望んでおられます。同行しているのは、王国騎士団第三隊所属の騎士、ヘクターさまとのことです」


 その名を聞いた瞬間、オリアナの背筋に、ひやりとした冷気が走った。


(ライラと、ヘクター……)


 まさかこの二人が揃って現れるなんて、予想していなかった。

 だが、神官であるライラの身元を、王国騎士団の正式な騎士が保証しているのであれば、邸に入れること自体に問題はない。


 けれど、それはつまり──


(……『物語』が、動き出す)


 心の奥で、何かがそっと告げる。

 この平穏は、ほんの短い束の間のものだったのかもしれない。けれど、それでも──


「……わかりました。すぐに伺います」


 そう告げたオリアナの声には、かすかに迷いがあった。けれど、その表情は凛としていた。

 隣にいるサディアスの手が、そっとオリアナの手に触れる。


「私も参りましょうか?」


 その言葉に、一瞬だけ、心が揺れる。


(でも……ライラが話したいのは、きっと私とだけ)


 オリアナは小さく首を振った。


「大丈夫です。おそらく、私に個人的な用事があるのだと思います」


 サディアスは何も言わず、ただ、ゆっくりとうなずいた。

 その静かな眼差しに背中を押されながら、オリアナは小さく息を整え、神殿からの来訪者のもとへと向かう。

 胸の奥では、また新たな波が静かに膨らみ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ