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01.妻を殺す悪役公爵の妻になりました

「……残念です、オリアナ姫」


 夫となる美しい公爵の、その言葉はあまりに冷たかった。

 それは祝福というより、絶望の宣告のように響く。

 結婚式の最中だというのに、オリアナの背筋をひどく冷たいものが走り抜けた。

 純白のヴェールの下で、唇が震える。


(私が妻になることが、それほど嫌だったのかしら……)


 オリアナの胸が冷たく締め付けられた。

 この結婚式は、公爵家の礼拝堂でひっそりと行われている。

 王女の嫁入りとしては控えめすぎるその形式が、オリアナが歓迎されていないことを示しているようだ。


「……」


 何も言えず、オリアナは手元に視線を落としていた。

 茶色の髪を結い上げたオリアナの姿は、華美とは無縁だった。

 純白のウェディングドレスを着ているものの、それは花嫁というより葬式の参列者のようだと、自分でも思う。

 王家の象徴である金色の瞳だけが、かろうじてオリアナに王族らしさを与えている。


 オリアナは妾腹の王女だった。

 そのため、正嫡の姉と比べて常に影の存在であり、この結婚もまた都合の良い駒として扱われたに過ぎない。


(お姉さまは、この方のことを……)


 オリアナは姉から聞かされた言葉を思い出していた。


『サディアスは不細工で、血筋だけで公爵となった無能よ。そんな男なら、地味で妾腹のあなたでもお似合いでしょうね』


 露悪的とも思えるその言葉に、しかしオリアナは頷くしかなかった。

 自分に関しては、全くの正解だったからだ。


「オリアナ姫」


 今度はよく通る声で名前を呼ばれたオリアナは、ハッとして顔を上げた。

 サディアスの指がそっと動き、オリアナの顔を覆う純白のヴェールがゆっくりと持ち上げられる。


(これが……私の夫になる方……)


 ヴェールが上げられた瞬間、オリアナは息をのんだ。

 目の前に現れたのは、姉の言葉とは全く異なる人物だった。

 銀髪は月光を集めたように滑らかで、アイスブルーの瞳は冷たく澄んでいる。端正な顔立ちはどこか中性的で、彼の存在そのものが周囲の空気を凍らせるような美しさを持っていた。


(なんて綺麗な方……。でも、この人が私をどう思っているのかは……)


 彼の表情には感情がほとんど読み取れない。

 だが、ヴェールを掴む彼の手が微かに震えているようだった。


(サディアスさま、がっかりしているみたい……。それはそうよね。政略結婚で押し付けられた妻がこんな地味な女だなんて……)


 オリアナは自分の地味な容貌を思い出し、切なさに胸を痛めた。


「これから、共に歩んでいきましょう」


 サディアスの声は穏やかだが、どこか形式的で距離感を感じさせるものだった。

 そう言い終えた彼の手がそっとオリアナの頬に触れる。

 その触れ方はためらいがちで、まるで距離を置こうとしているかのようだった。


「誓いの証として……」


 その言葉と共に、サディアスの唇が近づいてくる。

 彼は一瞬だけ動きを止め、まるでどこに口づけるか迷っているように見えたが、結局は額へと落ち着いた。

 その形式的な仕草が、オリアナの胸を冷たくさせる。


(やっぱり……この人にとって私はただの義務……)


 祝福の鐘の音が再び高らかに鳴り響き、礼拝堂の扉が開かれる。

 二人は手を取り合い、光が差し込む道を共に歩み出すが、オリアナの心には暗い影が落ちていた。




 結婚式はつつがなく終わり、オリアナはサディアスと共に公爵家の本邸へとやってきた。

 案内された部屋の隅には、オリアナが幼い頃によく忍び込んだ庭園に咲いていた、清楚で可憐な白い花が飾られている。

 あの頃から好きだった花だが、それを他人に話した覚えはない。


(……なぜ、私がこの花を好きだと知っているの?)


 疑問が浮かぶが、オリアナは首を横に振った。


(偶然……よね。私の好みなんて、彼が知るはずがないもの)


「ここがあなたの部屋です。何かあれば遠慮なく……」


 サディアスの言葉が途切れ、視線が少しだけさまよう。


(やっぱり、私とはあまり話したくないのかしら……)


 オリアナが落ち込んでいると、サディアスは咳払いをして言葉を繋いだ。


「……いえ、なんでもありません。ゆっくり休んでください」


 サディアスはそう言うと、背を向ける。

 そのまま部屋を出て行こうとしたサディアスだが、ふと足を止めた。


「そうでした。これを」


 サディアスは懐から何かを取り出した。

 オリアナに向かって差し出されたそれは、小さな箱だった。


「えっと……これは……?」


「結婚のお祝いです」


 サディアスは小さな箱を差し出す。

 そのとき彼はなぜかオリアナの瞳をまっすぐ見つめようとせず、ほんのわずか視線を逸らした。


(こんな地味な私に贈り物なんて、困っているのかしら……?)


 オリアナは戸惑いながら箱を受け取った。


「あ、ありがとうございます……」


 申し訳なくなりながらも、オリアナは礼を言う。

 すると、サディアスは視線を逸らしたまま頷く。


「……それでは失礼します。また明日」


 そう言うと、今度こそ部屋から出て行こうとする。

 部屋を出る直前、サディアスが一瞬だけ足を止めた。

 オリアナが顔を上げると、彼は何かを言いかけたように唇をわずかに開くが、結局無言で去っていった。


 サディアスを見送った後、オリアナは手元の箱を見つめる。

 箱を開けた瞬間、ペンダントの石が強烈な光を放った。

 まるで星の光を凝縮したような煌めきが部屋いっぱいに広がり、オリアナの視界を奪う。


「これは……っ!?」


 頭の中が一瞬、真っ白になる。


 直後、強烈な頭痛と共に、記憶が洪水のように押し寄せてきた。

 それは前世の自分が夢中になって読んだ、成り上がる主人公と、悲劇的な運命をたどる悪役の物語。


「これって……まさか……」


 その物語に出てくる国の名はデクリオン王国。今、オリアナが暮らす国の名前だった。

 そして、サディアスも登場人物の一人だ。


「ちょっと待って……サディアスって……あのサディアス……!?」


 オリアナは混乱する頭を抱えた。

 物語上、重要な役割を果たすことになる、サディアス・ファーレスト公爵。


「妻を殺して反逆を起こす悪役じゃない!」


 そう、サディアスは王家から嫁いできた妻を暗殺し、王家に反旗を翻すのだ。

 そして主人公に討伐される悪役である。


「妻って……私、よね……」


 オリアナの背中を冷たい汗が伝った。


「私は、このままだとサディアスに殺される……?」


 呆然と呟きながら、オリアナはペンダントを握り締めた。

 手の震えが止まらない。

 しかし、徐々に震えは収まっていき、ゆっくりと顔を上げた。

 その金色の瞳に、初めて強い光が宿る。


「いいえ……そんなこと、許せない」


 ぽつりと、オリアナは呟く。


「絶対に、殺されたりなんかしない」


 震えは止まった。オリアナはまっすぐに顔を上げる。


「私は私自身の手で、この運命に立ち向かってみせる」


 地味で怯えていた王女の瞳に、確かな決意が燃えていた。

新作を始めました。

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