第7話 過去と未来④
「師匠、やりました!」
「うむ!追い詰めるぞ!」
続け様に火球を3発放つ。
先の攻撃が効いたのか、異獣の影は避けきれずに
何発も直撃する。
「今だ!押し込めるぞ!殺せ!」
「やめろぉ!!!!!!」
嘴掌の影が叫ぶ。
「殺すな!オルトロスが目覚めてしまう!
目を覚ませ!異獣の影…いや、マーフィス!
我が孫よ!頼む、乗っ取られるなぁ!」
ーーー異獣の影、マーフィスは夢見心地の中、戦っていた。
己の肉体は、オルトロスに道具として扱われる。
男とも女とも知らぬこの体は、マーフィスにとってどうでも良い事だった。
彼は暗殺の家に生まれた。
5歳の時に同期と殺し合い、彼は己を失った。
悲しみも怒りも失ったのだ。
彼は自分の体を見る。
全身は赤黒く染まっており、無事なのは顔だけだ。
16歳の時に、始めて依頼で人を殺した。
占星術師の弟子として潜り込み、とても可愛がってもらった。
喉を割いても何も感じず、闇だけが彼を受け入れていた。
ーーー昏い。
眩い光が差す。
「ーーーーー!マーーーー!!目をーませ!」
…声が聞こえる。
懐かしい声…。
光の方から聞こえてくる。
その声の方へと帰りたくなる。
だけど体はそれを許さない。
まるで自分のものだと言うように繋ぎ止める。
「……ごめんなさい。僕はそっちには行けない。
行けないんだよ…。」
暗闇が彼を包み始める。
下を向いたその時、さらに強い光が差し込んだ。
光は人の形となり、マーフィスを抱きしめる。
そしてある方向を指さし、消えていった。
暗闇が消えてゆき、体が解き放たれる。
足が軽い、涙が零れる。
彼は上を向いて光の方へと、駆け出して行った。
ーーーオルトロスの力が弱まる。
左腕の肉塊は、バラバラになり
あるべき場所、無へと還っていった。
マーフィスは気付く。
祖父が自分を抱きしめていることに。
「…じいちゃん。」
「マーフィス、すまぬ…!
わしのせいでこんな、こんなことをさせて…。」
「…?マーフィスでいいの?名前。
イジュウって呼ばないと長に罰を与えられる…。」
「大丈夫だ…そんなことはさせない。
わしが…お前を守るから、絶対に…。」
・
「ーーー終わりましたか?」
「はい!ペレオディナさん!
僕たちの勝ちです!」
「なあ、ペレデデナよ、あの左腕って何だったんだ?」
全身にヒールをかけながらインディゴは聞いた。
「…まあいいです。
私の見立てからするとおそらく、地獄の悪魔の一柱オルトロス。
その肉片で間違いないでしょう。
彼には依代の才能があったのでしょうか。
だから誰かにーー。」
突如、空から影が落ちてきた。
ドドドと音を立て、3人の刺客が降り立つ。
一人は異様に足が大きく、1人は銀の仮面をつけた女だ。
そして最後の1人は屈強な体つきをしているが、
最も目を引くのは、髪がない頭だろう。
この世界の人間の毛髪は強いのである。
「貴様らは…!
象踵の影!妖酔の影!ハゲ!」
「…俺の名は無毛の影です」
「喋るな!今から殺すんだぞ…」
妖酔と呼ばれた女が、ハゲを手で制し
嘴掌の影とマーフィスに飛びかかった。
ギィィン!と音を立て、拳がぶつかり合う。
「妖酔…我が弟子よ。誰に命じられた?
もしくは…初めから殺すつもりだったのか?」
「うるさい!もうお前は師匠ではない!
私は初めから殺すつもりだったことを告げる気はない!」
「ありがとう。妖酔よ、口は禍の元だぞ」
「…くそ!来い2人とも!」
その声に反応して、像踵と無毛は飛び上がる。
像踵は飛び蹴りを、無毛は拳をもって、嘴掌の影に躍りかかった。
「じいちゃん!」
「来るなマーフィス!」
3対1の攻防が続くが、だんだんと嘴掌の影が押され始める。
「これで終わりだ!」
ドオオン!と音を立て、あたり一帯に煙が広がる。
煙の中で像踵と無毛の攻撃を受け止めていたのは
吹き飛ばされてボロボロのグレースであった。
「多対一とは無粋も無粋…。『銀光』のグレースここに参る!」
「グレース様!」
「ごめんねぺーちゃん。
遅れちゃった。」
「貴様…『銀光』のグレースだと!なぜここに!」
「ん…?なるほど、詳しいことは知らされてない感じか。
よっぽど薄情なんだな!お前たちの長は!」
「なんだと貴様ァ!許さん!」
「時間だ。退こう妖酔」
像踵が呼び止める。
「グッ…!何たる失態…!
覚えておけ、『銀光』のグレース!この借りはいつか!
必ず返してやる!」
そう言い残し、3人は煙に紛れてどこかへと消えた。
「ふう…。これで終わりか…。
インディゴ様、そろそろ迎えの馬車が来るでしょう。
手配しておいたので、安心してください。」
「…遅れたのはそれが理由か?」
「それもありますが、もう1つ。
この近くに、12騎士団の中で最も話が通じない狂戦士
12騎士団第10席『光の戦乙女』ブリュンヒルデがいましたので…
説得をしておりました。」
「そんなにやばいのか?」
「はい。彼女が戦うと辺り一帯が焼け野原とななってしまいます。
敵味方など関係なくただ、自分の気分で気ままに暴れるのです。
どうか覚えていてください。」
「ああ、胸に刻もう。
おっ、馬車が来たぞ。
べオ乗り込もう。」
「すみません、ちょっと遅れます。」
「ああ、先に行く」
べオはペレオディナを担ぎ歩く。
「…もう行ったかな。
…あのそれで話というのは…?」
「……。べオさん…あなたは…魔族ですか?」
「…!…なぜそれを?」
「すみません、あなたを診る時に角が見えてしまって…。
…私は魔族を知りません。ただ両親にずっと恐るべきものだと教えられてきました。
だけどあなたは助けてくれた。あれがなかったら…私は死んでいたでしょう。
私には分かりません…。べオ君…君は、本当に魔族なの?」
べオは瞬間、言うべきか迷った。
「…僕は混血です。あなたの言う通り、恐れられるべき存在かもしれません…。
だけど…ペレオディナさんだって、僕を助けてくれたんでしょう?魔族と知りながら…。
…僕はすごい嬉しいです。魔族とか、人間とか、関係なく
僕は知り合いには死んでほしくない。…それだけです。」
ペレオディナはべオの顔を見つめ、くすりと笑う。
「ふふ…そうですか…。ありがとう、言ってくれて。
やっぱ思い込みって駄目ですね。
こんなに優しい子だっているんですから」
ペレオディナはべオに抱き着く。
「ペッ、ペレオディナさん?!
ななな何をしてるんですか?!」
「ただのご褒美です。
気にしないでください」
「おい、そこぉ!!いちゃついてないではよ乗らんかい!」
馬車の中からインディゴが叫ぶ。
「はーい、じゃ行きましょうべオ君」
「ちょ、ちょっと待ってくださいペレオディナさん!」
ペレオディナを担ぎながら、べオは馬車へ早歩きで向かった。