第2章第17話 数週間後
深い闇を炎が切り裂いた。
荒々しく残忍な笑みにも見えるその荒炎は、牢から逃げようとして背を裂かれる人々を鮮明に映す。
カイニ南東地区。
かっては工房で賑わったそこは今や血に染まり、人の姿をした異形が支配している。
囚われたカイニの捕虜たちは尊厳の陵辱に耐え兼ね、大脱走を図っていた。
各地で起きたそれに処刑人の手は分散している。
しかし、それでも逃げられたのは一握りの幸運者だけであった。
「あっ!蔓で足が取られて…!?」
「おい、こんなところに女がいるぜ?ガキ抱いて逃げれると思っていやがるとは、とんだ間抜けだなぁ!」
「ひいいい!?こ、この子はまだ生まれたばかりなんです!ど、どうかお助けを!?」
「ぎゃははは!!知るかよボケ!そのガキはぶっ殺して、てめえは二度と日の目を見れない体にしてやるさ!!感謝しやがれよ!」
じゅうううううう!!
「あひいいいいいい!!!い、いや、私の足が燃えてぇ!!!」
処刑人の一人が女の足に炎を付けた。
「ぐうううう…、…!大丈夫よ…怖くない怖くない…」
己の足が焦げていく様を赤子に見せまいと、女は痛みに耐えながら子どもの目を覆う。
「神よ…どうかお助けを…!」
「…けっ、マグロはつまらねえ。おい、とっとと殺しちまおうぜ。
もうすぐ僧正様も来られるんだ、供物にはちょうどいいだろ。
『我らが神よ、異端の悉くを燃やし奉れ。汝が供物の一つに相違なし』。さあ燃え死になぁ!!」
「させるかっ!」
ザンッ!!
「っ!俺の炎魔法を切りやがっただと!?ははっ、やるじゃねえか坊主ぅ!」
女と処刑人の間に飛び込んだのは、黒い衣を纏った少年。
逆手に持った杖で、女を守るために結界を瞬時に作り上げる。
「てめえら手を出すな!このガキは俺の獲物だ!
我が名は炎僧ボアズ!お前、名は何だ!ここに決闘を誓わん!」
「…誰が、お前なんかと決闘をするかっ!」
「・・・・カッ…!?」
少年は逆手の杖をボアズの喉を打ち抜くように振り、失神させた。
「ガキぃ!よくもボアズ様ヲッーーー
ザン!!
取り巻き共の意識が少年に向いたその一瞬、取り巻き共は認識すら出来ずにフジに切り倒される。
「よくやったべオ。収容者のほとんどは保護できた。彼女は私が背負う、赤子は頼んだ。撤退するぞ!」
「はい!すみません、赤ちゃん預からせていただきますね」
「…あ、あなたたちはいったい…?神の御使いか何かですか?…はあ…はあ…うっ…」
彼女の声からして、初めから逃げ切ることが出来るほどの体力は無かったのだろう。
その状態でこんなに手酷く焼かれては、もう…
「…いえ、申し訳ないですが。まずは一緒に逃げましょう。フジさん、お願いします」
◇◇◇
洞窟。
数週間前までとはうってかわって、負傷者でごった返している。
「その人はこっちヘ!エイシャさんは包帯の補充をお願いしまス!」
その中で救助に走っているのはドワーフの王女エシュタリエであった。
人混みの中的確に指示を出し、我が身第二に労している。
「あっ!べオさんが帰ってきましたよ!エシュタリエ様!」
門番の声と共に、入り口から赤子を背負ったべオが現れた。
「べオさン!その子ハ…」
「…お母さんは助けられませんでした。栄養失調気味なので母乳が必要かと…」
その声が届いたのか、
ごった返す負傷者の中、何人もの女性が赤子を抱こうと走ってくる。
「あたしにお世話させて!亭主も10になる子も行方不明なんだ、もう気が狂っちまいそうなんだよ!」
「だったら私が。先の脱走で子どもを亡くしてしまい、何もできなかったんです。
この子の親代わりになればせめて…」
「ドワーフの乳母やってたんだ、人間の子は初めてだけど、任せてくれないかい?」
「ええい!まだるっこしい!全員で世話して一番懐いた奴が勝ちだよ!文句ないね?」
「…こんなに…すみませんエシュタリエさん、後は頼みます!」
「エ?」
「あらやだ、漏らしてるじゃないか!王女様、おしめ変えるの手伝っておくれ!」
「はっ、ハイ!?」
◇◇◇
「よし、べオも来たな。定期報告会を始めるぞ」
洞窟奥の会議室で6人が顔を突き合わせる。
「数週間前から各地で囚われている捕虜たちの開放を目的とした反乱作戦を決行している。
その成果として、この洞窟のほかの数か所の隠れ家全てがいっぱいいっぱいになるほどの人数を開放できた。復帰し始めた職人たちには武器防具の製造や洞窟の改修に励んでもらっている」
「はい、我らエルファイン商会の職人には現地の職人たちと技術の交流に取り組んでもらっています。退いてはアタラキアのためになることでしょうから」
シグンムルは羊皮紙の束を抱え目の下のくまを強くこすっている。
ヴァラヴァルディンは壁に背中を預け、眠っているようだ。
解放作戦を実行に移してから半ば不眠不休で働いていた。
実行を決断できたのも、どこから聞きつけたのか突然やって来た一人の魔族のおかげである。
「魔力は大丈夫ですか?ドラウさん」
「吾輩を舐めるな。それに今はインディゴ様の回復が最優先なり。カイニの全てを片付けるまで吾輩自身の事など幾ばくも気にしてられようか」
「まさかドラウがやって来るとはな。私でも読めなかった吉報だ」
「はん、死んでから百年近くだったか?脳の使い方の短絡的な元人間には仕方のない事であろうよ。」
「あ?」「ほう?」
「ちょっと、喧嘩はやめてください!」
「さて、ドラウの加勢もあって、予想以上にカイニの開放が進んでいる。
インディゴの魔力を注入されたことで魔法に目覚めた処刑人とやらも三下が大半。
しかし、カイニ奥地にあるドワーフ王城を拠点にする処刑人共の親玉が何故沈黙しているのか、未だ定かではない。何を企んでいるのか、そいつは3人の配下を王城前に配置している。
そいつらを越えなくてはカイニを取り戻すことは叶わないだろう。」
フジはここで口を止め卓上に広がる地図に駒を置いた。
「人数も集まってきたことだ、この3人を一気に始末しようじゃないか。
まず、1人目はドワーフ首都跡地に軍を滞在させている処刑将軍ハンニバル。
2人目はその首都の奥大洞窟前の大崖絶壁を飛ぶ人身翼鳥ケツァルコアトル。
3人目は洞窟最深部ドワーフ王城前に一人佇む亡霊騎士ヴラド。
順番に行こうじゃないか。まずは処刑将軍ハンニバルから殺していこう。
決行は3日後だ、各々伝達と準備を怠るなよ」




