第2章第9話 潜入
「がはっ…」
体が宙に浮き、地面を跳ねる。
自分を見降ろす男の顔は、快感に歪んでいた。
「師匠ーーー!!!」
べオの声が遠くに聞こえる。
だんだんと意識が暗闇に沈んでいくのが分かった。
「さて…次は貴様だ、金髪の少年。」
「ぐっ…」
べオは背後に倒れているインディゴを見る。
意識は無さそうだ、ーーー魔力の流れが途切れている!?
見れば、首元から除く魔力紋も薄まっている。
・・・僕一人ではどうしようもない…
「いい絶望だ、少年よ。その悦楽を存分に噛み締めながら、逝け」
「いや、私が相手だ。処刑人。」
「メリッサさん!?駄目です、死んでしまいます!」
「…ふふ、そう見えてるのなら良かった。大丈夫、安心したまえ。私は死なないさ。姫様、あなたならいざという時の隠れ場所も分かるだろう?2人を案内してやってくれ。頼んだよ!」
メリッサの後ろに土で象られたシカが生まれる。
シカはエシュタリエと気を失っているインディゴを背に乗せた。
「べオ君、はやく!」
メリッサは土魔法で処刑人を相手に圧倒している。
地面を割って足場を崩すのと同時に、土の壁を作って一気にぶつける。
この繰り返しで相手を押しとどめている。
「べオ君、速く!」
しかし、べオには分かる。
処刑人には何ら効いていない。
足止めと言えばそれまでだが、
合間合間に投げられる攻撃魔法の全てを受け止めてなお、
のらりくらりとしているだけ。
今の劣勢も楽しんでいるだけだ、
本気を出せばたかが魔術師一人、一瞬で殺せるだろう。
加勢をすべきか?しかし、インディゴの傷は深く、僕一人では癒しきれない。
・・・くそっ、どうすればいい?!
いや分かっている、答えを僕は、分かっているんだ。
「べオっ!」
ぱあん!
あ…。
メリッサさんは僕の頬を打った。
その痛みが混乱していた頭を冷静にさせる。
「私を信じて。絶対に帰ってくるって、約束してやるぜ」
「っ…!分かりました!僕もーーー待っています!」
僕は身をひるがえしてシカに飛び乗った。
待っていたと言わんばかりに、最高速で駆けだしていく。
「くく。くくく。くくくくくく!
まさか魔術師が殿とはな。高潔と言えばそうであるが、お前程度など、
一瞬で殺して追いつくことが俺にはできるのだぞ?
その誤謬を悔いて、死に晒せ!」
鮮血吸血罵侮凌斬!
処刑人の一撃は大地を割り、メリッサを呑込む。
しかし、そこにメリッサはいない。
「なにっ!?俺の一撃は確かに奴を裂いたはず!?
馬鹿な、魔術師の癖に魔法が使えるのか!?」
「そのとおり。あの子が居なくなって、殺り易くなったわ。」
「背後ーーーッ金縛り、金縛りだと!
ありえない、魔術士なんてものは魔法が使えない故に、
魔法の劣化版である人工魔法である魔術に頼らざるを得ない弱者ではなかったのか!?」
「その通り、だけど私は違う。
生まれつき持った魔法が強すぎて使うことが出来ないだけ。
冥途の土産に教えてあげる」
べりっ、べりりりりりり
「ひィ?ーーあ、ぎゃああああああああああああああ!!!何をした!俺に何をしやがった!?」
「簡単なことよ、あなたの表面情報を剝がしただけ。
人間、いやすべての生物は魔力の情報が重なってできているの。
私はそれを剥がしたり重ねたりすることが出来るの。
ねえ、自分が消えていくのってどんな気分?」
「ぎいいいい、あああ俺は、俺の名はぁーーー!お前なんかに消されるほどやわでは、やはでは…
ーーーーーーーあれ?ぼく、だれだっけ?」
「もう答えられないか。あんたもその程度なのね」
メリッサは髪紐をほどき、処刑人だった者の首に巻く。
そしてわずかに左右に力を入れた。
それで最後だった。
「さて、めんどくさい潜入任務のはじまりね。
あの魔族だか人間だか分からない奴らも案外役に立たなかったし、
団長が嘘言ってるわけは無いはず。って、なると
カイニを占拠してる奴らが保有しているんでしょうね。
それを得た者に万能に近い権能を与えるという、太古の神の残滓。
儀式剣『月解』、ドワーフたちの神秘の源」
メリッサ、いや、彼女は面倒くさそうに溜息をついた後、
ぱちん!
と指を鳴らし、霧散するように姿を消した。




