第1章第22話 懐古
エルドラド王城バルコニー。
インディゴたちはそこに降りていた。
上空の見えない足場が崩壊したからだ。
「よしっ、ボロード確保ぉ!」
「師匠、ヴァサーゴです。」
「よしっ、ヴァサーゴ確保ぉ!」
「…ぐ。」
「お、やっと目を覚ましたな。どうしてあんな凶行に及んだのか、聞かせてもらうぞ。」
「…はっ、お前らなんぞに言うものか。偽善者どもめ。」
「じゃかあしいわ、自己中。…さて拷問は数百年ぶりか。覚悟しろよ、脳から爪先まで吐かせてやるわ、うへへへ…。」
「ははは!おいインディゴ、そこらへんにしておけ!」
バルコニーの扉を開け、一人の男が現れた。
アッシュだ。その顔には若かりし頃の面影が輝いている。
「アッシュ…?お前なんか若返ったような…。っておい、何だその鎧の血は!?今すぐ治してやるから傷を見せろっ!って、ぎゅぶう。」
「…お前片手で持ち上げられるほど軽かったんだな。ああ、安心しろ。この血は俺のじゃない。レドールのだ。」
「アッシュ様、レドール君に何が!?」
「ああべオ、レドールならちょっと操られただけだ。グレースに任せてある。次の皇帝になるんだ、サポートは頼むぞ。」
「…アッシュ?お前は皇帝だろ、どうするんだ?」
「だからもう皇帝じゃねえっての、言うな言うな!今の俺はただのアッシュだよ!」
「ふん…だから何だ。」
「…なあゴッフェ、お前これを覚えているか?」
からん、と光る物体がヴァサーゴの足元に転がる。
「は?…何だこの杯は」
「俺とお前が最初に会ったときのだよ。ほらあの草原の。」
「…知らぬ。それに今の儂はゴッフェなどではなくヴァサーゴだ。」
「はっ、嘘は止めとけ。俺に通じないとでも思ったか?」
「いや、こいつヴァサーゴだろ。ゴッフェはオルトロスに吞まれたんじゃないのか?」
「いや、ゴッフェはそんなたまじゃねえ。悪魔程度なら調理して喰らうだろうな、絶対に。」
「どんなイメージだよ。あんな爺がか?」
「そうだ。あんな爺がだ。…なあゴッフェ。」
「…ふざけるな、儂はヴァサーゴだと何回言えば…。」
ーーー顔が歪む。
積み重ねた仮面が崩れ、彼の最初の言葉が零れた。
「ーーーもう、許されんのだ。儂はもう…アッシュ…。」
遠くから地響きが聞こえた。
「何っ、爆発か!?そういえば魔族の角の粉末が散らされたと!」
「いや、グレースに任せてすべて押収した。危険は無いはずだ。」
「だとしたら何だと言うーーー。」
「…オルトロスだ。儂が国の端で召喚して、王都で暴れさせている。」
「…やたら素直じゃないか。どうした、今頃になって後悔したのか?」
「…もう疲れた。今まで儂が築いてきた誇りなんて、もうくすんでしまっていたのだ。いっそ捨てることが出来たのならば、どれほど楽になったことか…。」
ゴッフェは寂しそうに溜息をついた。
「主よ…『我が共生は終わり、子羊は楽園へ帰る。其の道に祝福を。そして、安らぎがあらんことを』…。」
…地響きが止んだ。
遠くを見れば、オルトロスの巨体が消えていくのが見える。
「……ああ、これで終わりだ。儂は…。」
ゴッフェは静かに項垂れた。
ゴッフェの体が消えていく。
指先が塵となり、風に吹かれていく。
「ゴッフェ!…ふざけるな、お前は言っただろう!赤ん坊だったレドールを腕に抱きながら、立派な王にすると!約束を違える気か!」
「……すまぬ、儂にはもう…そんな資格など無いのだ、アッシュよ…。これでいいのだ、老いさばらえた自分を見ずに済む、それが今は救いなのだ…。」
「ーーーそうですね、ご安心ください。貴方は間もなく、神の一部として幸せを享受できるのですから。」
インディゴ、アッシュ、べオ、スカーレット、リンネ、ゴッフェ。
そのどれでもない、機械的な、抑揚のない声がその場に響いた。
そして王都に光が満ちーーー。




