第1章第20話 覚悟
王都地下。
そこには歴代のエルドラド国王の棺が並び、荘厳とした静寂に包まれている。
洞天には魔術による灯火があり、蒼い光が無機質に壁を照らしていた。
そんな昏い地下に魔法陣の光が突如出現した。
「ぶっ、げほっげほっ!い、いったい…何なんだ?」
3人の人間が現れた。北の村の村長、エルドラド騎士団12番席『大地創生』ユーシェ、そして1番席『世界』サタナエルだ。
人の出入りが滅多に無せいか埃が砂嵐のように舞っている。
村長は埃を吸い込んでむせ、次に棺が並ぶ場を見て驚愕した。
「ここは王都地下、即ち歴代の王を祭る祭壇でもあります。・・・どうやらガーベラは自らの誇りを汚してでも王座が欲しかったようですね。」
埃に交じって飛んでいるのは木の破片、壊され散らばった棺は無念を雄弁に語っている。
魔法陣上に並べられた歴代エルドラド王の首の無い遺骸は槍が突きたてられており、魔法陣の中央にはエルドラド王たちの首が山盛りに積み重ねられていた。
サタナエルは微かに眉を顰めた後、自身の指を搔き血を一滴魔法陣にふりかけた。
魔法陣は光輝き、そこにはゴッフェが立っていた。
「…過去の残像か。」
ユーシェは一目で理解し、地面に座り込む。
「どういう事だ?」
「なに簡単な話さ村長さん、あいつは今自分の血を触媒に過去の風景を映しているんだよ。」
「何だってそんなことが出来るんだ?」
「知りたきゃ聞いてみな。」
過去のゴッフェは魔法陣の周りを歩きながら呪文を詠唱している。
最後に彼は自らの腕をナイフで抉り召喚陣に垂らしてこう唱えた。
「…此処に共生の呪文を発動する!」
「…共生だと…!?だったら前提から覆る…いったい何をするつもりで…」
サタナエルは顎に手を当てて考え込む。
無意識か、サタナエルもゴッフェと同じように円を描くように歩いていた。
彼は何かを閃いたかのように顔を上げた。
「……そうか!ゴッフェめ、自分自身を触媒にするつもりなのか!」
「もうなにがなんだか…。」
「サタナエル、分かりやすく説明しな。」
「簡単な事ですよ。今まで僕らはゴッフェが血の神を従えているものだと思っていた。
そこから違ったんです、あいつが使ったのは共生の呪文。
つまりオルトロスを自分の体の中で飼っていたんだ!
いや、現実にも表れたと言う事は意識だけを宿していたのか…?
そして国中にある召喚の陣と反乱軍と言う名の生贄。
つまり、…奴はこの国全体を使って神を召喚しようとしている。」
「神様って…いや、オルトロスも神様なんじゃ?何で今更神様なんて…。」
「神と言っても様々です、村長さん。
オルトロスは神の中でも序列は最底辺、なんせ悪魔と同じと言われているぐらいだ。
あいつが狙っているのはそれよりもはるか上…人類歴・魔王歴以前の神代歴の神々の争いを勝ち抜き、王座に座る者。
すなわち神の王、時空神です。」
「・・・・・・・・・・・?」
「あははっ、話の規模が大きすぎてショートしちまってるようだね。
ほら目を覚ましなっ、あんたの役目はまだ終わってないんだから。」
ユーシェは立ちすくんでいる村長の背を叩く。
村長は茫然自失としていたが、衝撃で目を覚ましたようだ。
「…役目?俺は国王様に意見するために来たんだが、何をやらせようってんだ?」
「…なに簡単な事ですよ。
貴方には証人になってほしいんです。
僕たちが悪ではなかった、と言う事のね。」
***
エルドラド王城内部、謁見の間。
煌びやかなシャンデリアに照らされた広場は赤いカーペットが豪勢に敷かれており、見る者に威圧感を与える。
普段であれば大勢の衛兵が警護しているが今は住民の避難にあたっていた。
カーペットの上では2人の男が死闘を繰り広げている。
片方は老人で片方は青年、エルドラド皇帝アッシュとその息子レドールである。
アッシュは息切れこそしているものの傷は一切なく、レドールの一撃一撃を躱し、流し、剣の峰でカウンターを決める。
一方レドールは勢いはあるものの、技は荒く剣を振り回すたびに体のどこかから血が噴き出る始末だ。
全身から血を流し、腕や足が折れてもアッシュに襲い掛かり続けている。
そうして傷ついたレドールをアッシュが回復魔法で癒すという奇妙な戦いが続いていた。
だがそれも終わりに近づいていた。
(ーーー駄目だ、もうレドールの体がもたぬ…!
いくら癒しても体のどこかが不能になる事もあるだろう、レドールには次のエルドラドを率いてもらわなければならぬ!ーーーしからば!この老い体を捧げてみせようか!)
アッシュは剣をレドールに向かって投げ、肩からタックルを決める。
レドールは投げられた剣を切り払うがアッシュの突撃には気づかず、タックルの衝撃でアッシュもろとも壁まで吹っ飛んだ。
「ぐっ、がああああああああ!!」
レドールは獣のような叫びと共にアッシュに殴りかかる。
だが流石元勇者パーティーと言うべきだろうか、アッシュは楽々と拳を躱し、レドールの腹に重い一撃を叩き込んだ。
「さあ目を覚まさんか、馬鹿息子ォ!!」
アッシュは右拳でレドールの体を持ち上げ、レドールに魔力を注ぎながら呪文を叫ぶ。
「南の女神よ、俺の叫びを聴けぇっ!!ヒーリング、ランクⅢィ!」
アッシュの拳から虹色の光が放たれ、レドールの全身を貫く。
意識が失われたのか、体から力が抜け、倒れるところをアッシュの腕に抱えられた。
「よし。大方ゴッフェに操られたんだろうが、あいつも粗末なものだな。俺が回復魔法を使えることぐらいわかっていただろうに、…いや時間稼ぎが目的か。回復魔法を使える者が増えるだけで何かはシランがあいつの目的の達成は容易ではなくなるからな。…来たようだな。さて、仕事は終わったか?グレースよ。」
「はっ!王都全体に仕掛けられた魔族の角、全ての回収を完了いたしました!これにより爆発による崩壊の恐れはなくなったかと。」
レドールを抱えるアッシュの前にグレースが現れた。
「うむ、ご苦労。……思えばお前がエルドラドに来てからもう30年か、いままでよく働いてくれたな。その忠義、褒賞に値する。」
「アッシュ様…?いったい何を。」
「これよりエルドラド帝国8代目皇帝がアッシュ、ここにエルドラド帝国12騎士団9番席銀光のグレースに命じる!汝、我が息子レドールを国外まで保護し伝えよ!エルドラドの次なる皇帝はレドール、貴様である!」
「……ぁ、う…うけーーー。」
ーーーグレースは答えることが出来なかった。
言葉が詰まる、声が出せなくなってゆく。
この喉はこんなに狭かったのか…?
アッシュの声にこもる響きをグレースは何回と聞いてきた。
これから自分に待ち受けるものを知ってなお怯まず進む、いわば殉教者の声。
それが導くただ一つの答え。
認められぬ、そうあってほしくない、そんな声をしてほしくない。
「・・・・・・・。」
それは忠義か?その感情で正解なのか?
見ず知らずの自分を何十年も抱えてくれた王に対する答えなのか?
…グレースは何も言わずレドールを背に担いだ。
「…ありがとう。」
アッシュのその一言に、グレースは振り返ることが出来ぬまま王城の外へ飛び出した。
「さて…これで俺はもう皇帝ではない、……いやあ久しぶりの感覚だ。
ただの元勇者パーティー前衛担当、剣士アッシュとして、けじめをつけるとしようか!」




