第1章第19話 決死に応え
昼間に差し掛かる空を一筋の閃光が裂いた。
銀の髪をはためかせ、真っ白の翼が鳥のように羽ばたく。
ブリュンヒルデは王都に向かって全速力で飛んでいる。
南から進行していた反乱軍は皆、塵と化して路上に積もり重なっていた。
王都の方からひどい地割れの音がした。
ちょうど天、王都の真上から光が差し込む。
その光は目が焼かれるような神聖さを孕んでいる。
ブリュンヒルデは焦りと共に王都に向かった。
ーーー少し前。
上空からどす黒い霧が溢れ、王都を少しづつ侵食している。
霧の発生源、エルドラド王城の上でゴッフェは魔法を唱えていた。
その目の前には血のドームが鎮座しており、霧の侵入を防いでいる。
ゴッフェが呪文を唱えるたび、ドームが圧迫されていく。
次第にドームは圧縮され、小さくなっていく。
「む?」
むせかえる霧の中、ドームから2つの人影が現れた。
「…インディゴ、リンネか。……なるほど血のマスクをすることで霧の侵入を防いでいるのか。」
インディゴとリンネの顔にはガスマスクのような仮面がつけられていた。2人の後ろには管が付いており、ドームの中から伸びている。
「…その方法、マスクで霧は防げど呼吸はできまい。有限の息でいつまで動けるか!墓穴を掘ったな!」
ゴッフェは霧をインディゴたちの方に移動させる。王都から霧は引いていき、上空がどす黒く覆われ始めた。
(このまま2人は黒い霧に侵食されて死ぬ。勝ちは確定した!動けない今のうちに準備をーーー
ごぱっ
ゴッフェの口から血が溢れた。
(何やっ!?東の銀牛女神の能力で毒の耐性を作ったはずだが!道理を捻じ曲げる…運命魔法!なるほど、インディゴとリンネの2人がいれば神の権能すら無効化できるのか!)
「ーーーならば!」
ゴッフェは魔力でドームを壊そうと狙った。
(あのマスクさえ壊せば、この高密度の毒霧は耐えられるはずが無し!)
濃霧の中、ドームはゴッフェの前方にあった。
「っ、終わりじゃぁっ!「 」っ!」
ドームは空間ごと消えた。ドームを覆っていた霧も何かに抉られたかのように霧散してゆく。
インディゴとリンネも地面に倒れ、動かなくなった。
「…勝った。だが時間をかけすぎたな、早く召喚の準備をーーー
どすっ
ゴッフェの体に巨大な血の剣が刺さった。
「これは…スカーレット!貴様か!」
「これで…お終いよっ!」
剣から血の結晶が生え、ゴッフェを体内から貫いた。
ごぷっ、とゴッフェは血を吐く。
だが、それでも痛みに怯まずゴッフェはその体に見合わぬ力で剣を引き抜こうとしていた。
「おおおお!!」
スカーレットは結晶をさらに生やそうとしたが、霧が全身を蝕み、膝をついてしまう。
「…これでも足りんか、駄目押しの『運命魔法』…う”」
インディゴの声がかき消される。全身が黒く染まり始めた。時間切れだ。
(これ以上戦闘はできない…今防御に回している『運命魔法』が切れたら一瞬で死ぬだろう。こうなったら後に託すしかない、ゴッフェを殺せるのは誰が……いやまてそもそも今のあいつはゴッフェなのか?)
スカーレットの剣はゴッフェの全身を貫いている。臓器はもちろん脳髄、神経までズタボロだろう。幾ら神の魔法だとしても人間の体では限界がある。そもそもの話として人間が3つの神の祝福など受け取れるはずがないのだ。インディゴは結論を出した。
(今のゴッフェは人間ではない。おそらくはオルトロスの祝福を受け取る時点でゴッフェの精神は壊れていたんだろう。今のゴッフェにはオルトロスの人格が宿っている。あいつを倒すには神を殺すのと同じほどの力が必要だろう。それが出来るのは…いや、神を殺せるのは神だけだ。)
「運命魔法…。」
インディゴは上空に向けて魔力を放った。霧の如く薄く、もはや残滓に過ぎないそれは上空で花火のように輝き始める。その輝きにスカーレットもゴッフェも束の間見入っていた。
「何だ…あれは?インディゴめ自ら命を捨ておったか。」
「お姉ちゃん、いったい何を!?」
「隙ありぃーーー!」
ゴッフェはスカーレットの血の剣に自らの魔力を流す。ゴッフェの魔力はオルトロスの血肉に変換され、
スカーレットの剣はスカーレット自身を侵食し始めた。
「ぐっ!?」
慌ててスカーレットは剣から手を放す。
「っははは!この体もようやく馴染んできたわ!もはや儂はゴッフェでもオルトロスでも非ず!儂は新たなる血の神、『ヴァサーゴ』なり!」
な、何かハイテンションになっている…あ、やべ死にそーーー
インディゴの意識が途切れ始める。霧は無情にも視界を覆ってきた。この霧は命を求める生物なのだろうか?そんな疑問が脳裏によぎった。目が霞みはじめーーーインディゴの視界を炎が覆った。
その炎は霧を焼き尽くしインディゴの体を癒していた。緑の暖光がインディゴを照らす。
「ーーーこの魔力は。」
インディゴには覚えがあった。いや、誰よりも近くにいた。出会ったときは小さかったというのに、変わった、認められ、祝福を受け。
「ーーーべオ!」
城壁、その上に手をかざす人影があった。全身に金の魔力紋が煌めいている。
オレンジの髪を靡かせ、獣体のオルトロスは足元に跪いていた。
「師匠、助けに来ました!」
そこには誰かに認められようと焦っていた頃の面影は無かった。




