第1章第18話 駒は動く③
ガキィン!ガキィン!と、音が天空に響く。
エルドラドの住民は皆、来賓と共に国外へと避難している。
だがもしその音を聞いたならば、聞いたものは皆、
この音がたった2人の少女から発せられているとは想像だにしないだろう。
「はあっ…はあっ…。」
リンネは剣を持ちインディゴを切りつけていた。
だが、インディゴには傷一つ無い。
「…なんで。」
リンネはかすれた声で問う。
「…『運命魔法』がアタシを拒絶するの…?」
そう、インディゴは魔法など到底使えない状態になっている。
だが、それでも無傷なのは『運命魔法』がインディゴを守っているからだ。
「…ずっと一緒にいたじゃない!なんで、
そんなぽっと出の女なんかと共に!」
リンネは吐き捨てる。
リンネにとって『運命』とは己の全てであり、
神だった頃から一心同体の、己を象徴する、いわば存在価値である。
…いや、あったのだ。
「…足りぬからです。」
ゴッフェがぼそりと呟く。
「何がよ!アタシは『運命の神』よ!アタシ以上なんてありえないわ!」
「魔法とは…書いて字の通り、魔の法。
魔を引き寄せる者には、一つの共通点があります。」
ゴッフェは空を見上げた。
ゴッフェの鎖に亀裂が走る。
「…それは、己でも押さえきれぬ欲を持つ者!
…神であったあなたには燃えるような『欲』が足りぬのですよ!」
ゴッフェの鎖が砕け、細かい破片となって飛び散った。
「!? アタシの『運命の鎖』を砕いた!?
ありえない!残滓とはいえ運命から拘束しているというのに!」
「…ふっふっふ!己の『運命』すら欺く術があるとしたら?」
ゴッフェの眼球がぼとりと地面に向かって落下していった。
ゴッフェは纏っていたマントを脱ぎ棄てる。
フードで隠していた顔が露になった。
「「「・・・・・・・!!??」」」
インディゴ、スカーレット、リンネ、三者三様に気味悪く思い、
もはや人とは言えないようなその顔に驚いた。
ゴッフェの右目からは黒く汚れたネズミが飛び出しており、
左目からは、銀色の角が飛び出していたのだ。
「北の悪鼠女神、東の銀牛女神…!!!」
インディゴは即座に思い返す。
北の悪鼠女神の能力は、
古今東西の、この大地にあるあらゆる病を強制的に発動させる。
東の銀牛女神の能力は、祝福した者の体を『完全』な状態にする。
「全員、ゴッフェから離れろ!!!」
インディゴが叫ぶ。
「残念、遅すぎる」
ゴッフェの右目の鼠が叫ぶ。
キイイイイイイイイイイァァァァァァァァ!!と。
脳に釘を捻じ込んだような激痛が走る。耳障りな音だ。
瞬間、ゴッフェ含めたその場にいる誰もが、全身から血を吐き出した。
「ごぷっ…。」
インディゴの目から、耳から、鼻から、口から。
インディゴの体が急速に冷えていく。
インディゴは、このままでは自分が出血死してしまうことを悟った。
それも真っ先に。
(まずい、この体じゃあ血の総量も少ない…いや、失血死より先に脳みそが…!!
どうしたらこの現状を打破できる?…!そうだ!)
「…ス”カ”ー”レ”ッ”ト”、血”を”!」
「!」
スカーレットがオルトロスの魔法を発動した。
即座に血が3人を覆う。
巨大な血のドームが出来上がり、鼠の叫び声がかき消された。
「げ”ほ”っ”、げ”ほ”っ”…ああ、助かった…。」
インディゴは狭いドームの中で一息をつく。
インディゴの体から溢れた血液はスカーレットが操って
インディゴの体内に戻している。
「あんまり綺麗な血じゃないけど…とりあえず応急処置は済んだわ。」
スカーレットはドレスを千切って、インディゴに巻いた。
「ありがとな。ゴッフェも叫びをもろに喰らっていたからしばらくは動けんだろう。」
ドームに手を触れると、振動が伝わってくる。
鼠の叫びがまだ続いている状況だ。
「……で、こいつはどうするの?」
スカーレットはリンネを指さした。
リンネは膝を抱え、茫然自失としている。
「……どうしようかね。ただ、インディゴとスカーレットじゃ
決定打が無い。手伝ってもらう他ないだろう。」
インディゴはリンネに顔を近づける。
狭いドームの中だ。
リンネは顔を背けようとしたが、インディゴはリンネの頬を鷲掴みにした。
「…何のつもり?」
「さあ?私を見れば分かるかもしれんぞ?」
リンネはインディゴの手をはらおうとする。
だがインディゴはリンネの手を強く掴んだ。
「…いい加減にしてっ!今のアタシに価値なんてないの!…だからほっといてよ!」
「いや。今この瞬間お前にしかできないことがある。」
インディゴはリンネに耳打ちをした。
「………正気?」
「こちとら魔王だったのでな。型を外すことにかけては自信がある」
「ちょっと?何を話しているの?」
スカーレットが尋ねる。
「この状況の打開策だ。具体的には…」
***
ガーベラの別荘。
その地下で一人の魔族が囚われていた。
全身を鎖で縛られており、睡眠剤を嗅がされたのかただ昏々と眠り続けている。
だが、その日は違った。
「………。」
ガーベラはカトリーナに会いに、反乱軍はエルドラドに、別荘の警備は無いに等しかった。
「…頃合いだな。」
ドラウは鎖を単純な膂力で引きちぎる。
「っ!お前起きてっーーー!?」
警備は大声を上げようとしたが、喉を引き裂かれ床に崩れ落ちた。
「…インディゴ様待っていてください。このドラウ、今向かいますぞ。」
ドラウは地下牢獄を手当たり次第に歩き回る。
偵察の任務はまだ解けていない。
故に、ガーベラの弱みとなる人物が収監されていないかを調べているのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!お前脱出しているのか!?」
牢屋の中から声がした。
「………。」
ドラウは次に行こうと無視をする。
「あんたさっきインディゴって言ってただろ!?俺はそいつにやられたんだ!」
ドラウはインディゴと聞いて立ち止まった。
「…恨みか。ならばこの手で殺してくれよう。」
「違う、違う!俺は感服したんだ!今はあの人に剣技を教えてもらいたい気持ちでいっぱいなんだよ!」
「嘘なら嬲り殺す、だが誠と言うなら…。」
ドラウは牢屋の檻を蹴り壊した。
「吾輩とお前は同士だっ!さあ、お前の名前は?」
「…えらい変わりようだな。俺の名前はヒュー・ジャックトーン。人斬りジャックて昔は呼ばれてたんだ。ところで『嶄十』っていう大太刀を知らないか?」
***
西の草原の果て。
そこには何十万の軍が横たわっている。
大軍を率いる将軍、豚通鵜は恐怖を感じていた。
目の前にいる盲目の男、『狼王』シュバルツ。
何度も死合った仲だったが、今日の彼は異常だった。
「お…お前、なんでそんなに…?」
軍のほとんどは死に絶え、生き残った者も狼に食われている。
「俺は何度も警告した。もう手加減はしない。李勇とやらに伝えておけ。」
そう言ってシュバルツは豚通鵜の首に刃をかざす。
「真にこの国を欲しているのならば、お前自身で来い。その全てを狼が喰らってやる、な。」
シュバルツの全身は血だらけであり、体のあちこちから毛が生え、まるで狼男のようになっていた。
全身から殺意が迸っており、服も返り血で真っ赤に染まっている。
「わ…わかった…だから命だけは…。」
「………ふん、ジルフ、こいつを国まで送ってやれ。」
シュバルツは一匹の狼を呼んで、豚通鵜を口に咥えさせたまま草原の向こうへ行かせた。
「…さて、物語も大詰めか。」
シュバルツが視ればエルドラドの方に一筋の光が見えた。
「あれは………ブリュンヒルデか。ではそろそろ俺も急ぐべきだな。」
そう呟いた後、シュバルツは狼に跨ってエルドラドの方角へと駆けて行った。




