第1章第17話 駒は動く②
「インディゴ様、あなたは賢者の運命を知っておりますか?」
ゴッフェは拘束しているインディゴに向かって問いかける。
「…そんなこと聞いている場合か?
お前の望みが何だか知らんが、反乱の主軍は敗れた。
お前の負けはすでに決まっている。
アッシュは豪快かつ合理的な男だ。
今ならまだ命だけはあるかもしれないぞ。」
「…今更です。とうに捨てた忠義、もはや拾うに値しません。
そして、賢者の運命とは…。」
「110年の生涯を神に捧げること。」
スカーレットが吐き捨てるように答える。
「ご名答です、スカーレット殿。やはり魔王たるもの教養がなければ。」
「あ”ぁ”!?」
「お姉ちゃん、落ち着いて!」
「儂はこの建国祭で111歳になります。
全ての賢者はその生涯を神に捧げ、神の一部として世界を見続ける…。」
ゴッフェは目を閉じた。
「最っ高に胸糞が悪いっっ!
儂が生きてきたのは、そんなちゃちな事のためじゃあないっっっ!!
積み上げてきた知識はっ、技術はっ、経験はっ!全て…全て儂の物だ!
神だか何だか知らないがっ!奪わせてたまる物かっっっ!!!」
「…お前はその理由で何人の人生を奪った?」
「ーーふふふ、インディゴ様には分かりますまい。
今までのこの努力、これほど縋れるものもない。」
ゴッフェは静かに杖を構える。
「合理的だからといって、捨てられるほど安くはありません。
さらばです、お二方。天国とやらがあるならば、あなた方はきっと地獄行きでしょう。」
ゴッフェの杖に魔力が集まっていく。
「ちょっと、待ちなさい!」
幼い声が天空に響いた。
3人とも瞬時に振り向く。
そこに立っていたのは、ほっそりとした少女。
おおよそ140㎝ぐらいの背丈。
肌色は人だが、猫のように開いた瞳孔と小さく生えたツノは魔族のものであった。
そうリンネである。
「?誰だお前は。」
「…!?アタシよ!魔王インディゴ!
リンネよ!?覚えてないの!?」
「いや…私はお前のようなちんちくりんは知らん。」
「はあっ!?ふざけないで!
今のあんたと大して変わんないわよ!!」
「だってさ、スカーレット。
あいつの方がちんちくりんだろ?」
「大して変わんないわ。2人ともね。」
ゴッフェはリンネを無視して魔法を放とうとする。
「…重力魔法『天動地動ー
「やめなさい!」
リンネが右腕を横なぎに払った。
すると銀の鎖が突然出現し、ゴッフェの杖と両手を縛り付けた。
ゴッフェが壊そうとしても、ただガチャガチャと音が鳴るばかりだ。
「ぬうっ!?これがかの『運命の鎖』か!?」
「!?あれはお姉ちゃんと同じ魔法!?」
「え!?あの技そんな名前で呼ばれていたのか!?」
「そこじゃない!」
「忘れているなら思い出させてあげるわ!」
リンネは、ずばしっ!とインディゴを指さした。
「アタシの名前はリンネ…
インディゴの運命魔法、その人格。つまり、運命の神よっ!」
***
「まったく…もう終わるのかい?」
『最速の魔王』ウルスは溜息をついた。
彼の足元には、風鳴の影・光陰の影の地面に横たわった姿がある。
「弱すぎんだろ…動きは良いが肝心の火力がさっぱりだ。
ねえ、強いんだろ?あんた…ぁ?名前何だっけ?」
ウルスは懐から紙束を取り出す。
ぺらぺらと顔の書かれた紙を捲っていた。
「『大名』へギョー…こいつか?違うな、こんな魚人面はしていない…
あ、あったぁ!桜墨だ!お前、桜墨の影だろ!」
桜墨の影は静かに筆を取り出す。
「ん?そんな筆で何する気なんだ?
それじゃあ老人さえ殺せんゼ?」
「人を殺すのに力はいらん。
精進せよ、魔王。」
桜墨の影は優雅に、魔力の墨で空中に絵を描きだした。
「『無間黒墨…
桜墨の影は空中に桜の絵を完成させる。
…|人染桜』」
墨の桜が辺り一面に吹き荒れた。
刹那、ウルスの体から墨が溢れる。
「ごぼぁっ!?」
溢れた墨は彼の体を縛った。
ウルスがもがけばもがくほど、彼の体は墨に沈んでいく。
ウルスは白目を剥き、気絶した。
「流石の魔族とて、全ての穴を塞がれては息もできまい。」
桜墨の影は指を鳴らした。
桜墨の影の背で、操られた無毛の影・像踵の影が動きを止める。
動きが止まったところに、嘴掌の影が2人の両腕を掴んで固定した。
「今だ!やれっ!」
嘴掌の影の一声でマーフィスが無毛の影の触手を引き抜き、
妖酔の影が像踵の影の触手を引き抜いた。
像踵の影、無毛の影は共に気絶する。
「「oruru…」」
最後に血を吐き出し、触手たちは動きを止めた。
「ふう…やっと終わったか…。
幽体離脱とかしてねーだろうな?嘴掌の影。」
「黙っとれ、妖酔の影。
儂はお前より長年戦ってんじゃぞ。
そんじょそこらで死ねるか。」
「妖酔、嘴掌は像踵、無毛を奥に運べ。
マーフィスは急いで布団を使え。
俺はーーー
「忙急極めるところ申し訳ないが救援頼めるだろうか。」
一匹の鴉が喋る。
どうやら鴉の羽毛に彫られた遠隔魔法陣で通信しているらしい。
「…何だ貴様は。初対面で頼むときは先に名前を言うのが礼儀だろう。」
「これは失礼。自分で言うのもなんだが多忙に頭が封緘されていた。
私の名はシュラ。エルドラド帝国12騎士団4番席『鴉の残影』シュラだ。」
「…俺は桜墨の影である。それで?用とは何だ。」
「あなた方にはいずれかのオルトロスの完全破壊をお願いしたい。
むろん相応の対価は払おう。」
「…いずれか?つまり一体ではないと言う事か?」
「ああ。腕、足、翼、そして脳を象徴する人型だ。」
「相応の対価…と言ったか。
例えそれのせいで国が傾くとしても?」
「ああ、傾こうとかまわない。
それだけの価値が、減らせぬ価値が、この一瞬にはある。存在しているのだ。」
「…タイムリミットは?」
「一時間。それを過ぎれば…。」
シュラは短く息継ぎした。
「…4つのオルトロスを生贄として…エルドラド全てが地獄になる。
比喩ではない、文字通りだ。
地獄が生まれる…エルドラドに、大陸に、世界に。
審判の日を待たずして…悪魔による終末が訪れるだろう。」




