第1章第14話 分岐路①
建国祭に向けて、エルドラド中が賑やかになってきた。
旅商人はおどけた格好で品物を売る準備を始め、
貴族が経営する店に様々な色の飾りが付き始める。
平民の朝の井戸端会議は熱心に盛り上がり始め、
漁師は家の前で巨大な魚を捌いていた。
警護の騎士も、がしゃんがしゃんと足音を響かせ、
気になるあの娘に宛てた手紙を隠し持っている。
街に色とりどりの塗装魔術が施され、
人々の顔もぱあっと明るくなり始めていた。
「聖大司教マーラ様、到着なされました!」
エルドラドを守る巨大な門が開く。
家の窓から、通行人から、ぱらぱらと花や色紙が投げられた。
たくさんの紙吹雪が宙を舞った。
色鮮やかな馬車の中から、好々爺と見える老人が手を振っていた。
「モーナ天空真国右大臣ガシャール様、到着なされました!」
「クーシュナ海連合国家第4王子ヘレオディス様、到着なされました!」
「樹海民族連盟幹部『時の魔女』ジェシュア様、到着なされました!」
呼びあげる声を後ろに列をなした馬車が門を潜り抜けて皇都に向かっていった。
「…これで来賓の方々はほとんど来たわね。
残りの業務はあなたたちに任せますよ。」
「分かりました~。
建国祭を楽しんでくださいね~。」
机に溜まった書類の束を片付けペレオディナは乱れていた髪を纏めた。
手に巻かれた包帯にはまだ血が滲む。
ペレオディナはあの後、全身の魔力神経が千切れかけていたことが発覚したため
病院に強制入院させられてずっと天井を眺める日々だったのである。
その間彼女が考えていたことは一つである。
(………………仕事…………不備……確認………私がチェックしないと……。)
仕事場の床から毛布を撤収する。
溜まったゴミを纏め、訓練場に置く。
訓練場には様々な大きさの的が置かれていた。
魔法使い、魔女見習いの訓練に使うらしい。
ペレオディナも小さい頃は憧れたが
適性がなかったためすぐに諦めた。
魔法使い・魔女にとって大事なのは
魔力の総量ではなく、それを練って使う力なのである。
器用ではないけど不器用でもないペレオディナは
持前の頭の良さで、早くから自分はそういった職分には向いてないと理解したのだ。
(はあ…もし諦めずに挑戦したらどんな結果になったのでしょうか…。)
だが、そうならなかったから彼女は今の場所を得た。
皇国の指揮官の秘書だ。不満はあまり無い。
(…べオ君は今何をしているんだろう…?)
腰に着いた埃を掃う。
空の方を向くと、建国祭開幕の花火が上がっていた。
虹のような花火が快晴の空を彩る。
束の間その輝きに見惚れた。
火花が一瞬の輝きを以て蝶のように舞う。
「・・・はっ!いけない、いけない!
ここで見てるだけで建国祭が終わってしまう!早く行かなければ…」
後ろを振り向いたペレオディナは愕然とする。
火花が集まって人の形になろうとしていた。
輪郭のぼやけたそれは何かを喋ろうとしている。
「…が…ディ…伝え…ああ…」
微かに聞こえるその声にペレオディナは茫然とする。
その声は紛れもなく…
「……べオ君?」
声に紛れて後ろで何かが倒壊するような轟音が響いた。
その音に背を押されたのか一歩それは踏み出す。
べオの声をしたそれは何かを掴もうとするかのように手を伸ばした。
だがゆっくりとそれを構成する火花は散って行く。
「…!待って!一体何が…」
「…ディナさん!…城が!”かみ”…」
その言葉を言ってそれは完全に消えた。
「…”かみ”?”かみ”ってあの…?」
ペレオディナは瞬時に脳を活性化させた。
(かみ…神?だとしたらオルトロス?
でもべオ君(仮称)だとしても何故それを伝えに?
それに…ディナ…私?私に伝えなければならない理由…)
「どうしたんだい?そんなにぼ~と突っ立っちゃって。
建国祭は始まってるよ、楽しまないと」
後ろからグレースが話しかける。
「…グレース様、今不思議な事が…」
「?」
かくかくしかじかと説明をする。
「…ああ。
そりゃたぶんヨチローチテカの仕業だね」
「え、6席の?」
「うん、あいつは未来の情報を断片的にばら撒く能力があるんだ。
ただ自分ではコントロールが効かないし、
発動には本人の寿命を消費する必要があるんだよね。
そこまで具体的に伝えれることができたと言う事は、あいつはもう…。」
「…つまりあれは未来で実際に起きたことなんですか?」
「…たぶんね。だけどそれがあったと言う事は
ヨチローチテカが殺されたという事だ。
でもあいつを殺せるのはそうそういない。
未来視の裏をかくなんてそれこそ神の領域だ」
「でしたら…」
「俺はアッシュ様に報告する。
ペレオディナくんは民衆に紛れて何が起こっているかを探ってくれ」
「分かりました」
そう言ってグレースは城に向かって高速で空を飛ぶ。
グレースの能力は『高速』。
人間の身体の動きを高速で行うことができる。
空を蹴って移動することもできるのだ。
見送る間もなくペレオディナは路地に駆け込んだ。
貴族街から下へ向かうなら路地を使うのが一番早い。
その頃城は貴人への対応で混迷を極めていた。
その陰で反乱軍に対処するための部隊も編成されていた。
軍ではなく部隊である。
建国祭を中止する訳にはいかない。
国が4つ建つほどの金が掛かっているのだ。
ただでは終われない。
よってなるべく穏便に波風立たせず
少人数での対処をアッシュは狙った。
12騎士団は魔王にも勇者にも為れなかった者たちの集まりである。
皆どこかで燻り続け濁り切っていた所をアッシュが拾った。
彼らにとってアッシュは唯、王というだけではなく
師、恩師、父といった意味合いが強い。
12騎士団は皆自分の部隊を持っている。
能力こそ無いけれど、強さは並の軍を凌駕するほどである。
父の父はまた父なり。
その忠誠はかって天下無双と呼ばれた
『最強の魔王』ジーアジェックの軍に並び立つ。
12騎士団が持つ全ての部隊をアッシュは動かした。
計4000の部隊もとい軍は西の草原へと影に紛れて進む。
そうして来るは『絶対防御の勇者』ガイン率いる21万の反乱軍。
建国祭は賑やかに進む。
彼らは何が起きているかを知らない。
そうして秘かに運命を決する第一の戦いは始まった。
…それをオルトロスは眺めている。
オルトロスにとって血とは実りだ。
麗しい果実が生るのと同じように
血とは生命体が育てた極上のワインである。
同化しかけているべオもまたオルトロスの思考に触れていた。
建国祭は3日続く。
それだけオルトロスにとって最高の晩餐なのだ。
それを教えたのは誰か。
最も神を嫌っているその人間は…。
城の奥深くの書庫で静かにほほ笑んでいた。




