第1章第9話 『狼王』シュバルツと西の果ての国
「まあ、こんなものしかないが、ゆっくりしていってくれ。」
そう言ってシュバルツは、
エルドラドでは見かけないような、
銀製の食器に乗せたパンをふるまう。
「…うまいな。
どうやって作ったんだ?」
「発酵させたんだ。
この塔の最深部には、
光が届かないからな。
材料などは、狼たちに取ってもらった。」
「ふうむ…西の調子はどうだ?」
「あまりよくないな。
どうも、あちらでは、
覇を握る奴らが現れたらしい。
陶姜といったかな…こっちに兵を向けてきたりしている。」
「で、それを返り討ちにして、
皿などの生活品を奪っていると。
いい生活じゃないか。」
「遠慮してくれ。
最初の3年は何の動きもなかったからな。
ひたすら地平線を睨みつけることしかできなかったから
気が狂いかけたぞ。」
「シュバルツさんって、ここで何をしているんですか?」
べオが尋ねる。
「べオ君、君は西の果てには何があると思う?」
「…わかりません。
考えたこともなかったです。」
「西の果てには、
群雄割拠の戦国が広がっている。
いつ、ここに攻め込んでくるかわからないから
俺はずっと見張っているんだ。」
「…その国の西には何があるんですか?」
「また国だろう。
もう何千年と争いを続けている。」
「…シュバルツさんは、そんなに長い間生きているんですか?」
「いや、この記憶は長老からもらった。
俺の魔王としての能力は『記憶』だ。
1度でも話をしたものが死んだら、
その記憶が引き継がれる。
引き継がれた記憶が何処かへと行ってしまうまで
俺は消えることを許されない。」
「言うて、シュバルツは60歳ぐらいだぞ。
まだまだ若造だ。」
「ははは…君みたいに長くは生きたくないな。」
「んだとぉ?」
「そ、それよりも師匠!
シュバルツさんにあの話をしなきゃ!」
「ああそうだったな。
シュバルツよ、ちょっと聞いてくれ。」
インディゴは、今までの事を説明する。
「…という訳で手を貸してくれないか?」
「…ふむ、質問が二つ。
1つ、お前たちを襲った影についてだが、
そいつらは味方にできないのか?」
「…さあな。
あの2人はもうどこかに雲隠れしている。
グレースが匿ってるからな。」
「いや、そっちじゃない。
後から来た3人の方だ。」
「…え?
それは無理じゃないですか?
あっちは明確な殺意があったわけですし…」
「…実は今、ゼファー…あの白い狼に、交渉に行かせているんだ。
あの影達の長と俺は個人的な知り合いでね、
今からだったら、まだ引き入れることができる。」
「でも、僕たちを殺す依頼を引き受けたんじゃ…。」
「あそこのスタイルは、信用できると踏んだ相手に
影を貸し出す形なんだ。
だから、契約にない事までさせられていると
知らない可能性がある。」
「…それだったらあるかもしれない!」
「いやぁ…望み薄だと思うがなぁ…。」
「ゼファーだったら、すぐに帰ってくるだろう。
あと数時間、ここで待っていなさい。」
そう言ってシュバルツは、お茶を持ってくる。
「それで、もう一つだが…。」
その時、ドドド、と音がして、塔が激しく揺れた。
「うわ!何だ!?」
「…また攻めてきたか!」
そう叫んでシュバルツは、窓から飛び降りる。
外には、大量の騎馬が押し寄せてきていた。
「私たちも急ぐぞ!」
・
シュバルツは地面に降り立ち
先頭の馬に跨る人物を無い目で睨む。
「またお前か…!
俺もついていないものだ!
豚将軍は少し瘦せた様じゃないか!」
「こっちのセリフだ!
…って、おい!誰が豚将軍だ!
この獣俗が!」
べオ達が塔から出てくる。
「…おや、今日は客人がいるようじゃないか。
どうせ辺鄙な田舎者だろうがな。」
「無礼も大概にしろ。
こちらはアッシュ殿の使いだぞ!
この国の代理にも等しい!」
「であれば我らも、李勇大将軍様の使いであられるぞ!」
「…なんだこいつは?」
インディゴが問う。
「ふん、我を知らぬとは
ずいぶんな田舎者と見える!
とくと聞くがいい!
我こそは李勇大将軍が4番槍、豚通鵜将軍である!」
おおおおおお!と後ろで歓声が上がる。
「…それで今日は何の用で?
こちらも忙しいのですが。」
「ふむ、そこの小娘は最低限の礼節はあるらしい!
我が来たのは、李勇大将軍の言葉を伝えに来たからだ!
(おおお!?)
な、
(おおおおお!)
なな、
(おおおおおおおお!!)
なななんと!
(おおおおおおおおおおおおおおお!!!!)
大将軍は貴様らに慈悲をくれてやるそうだ!
こう書かれてある!
『汝らの9百年間の平定には敬意を表する。
よって、建国祭の閉会と共に、降伏を宣言させてやろう。
これを受け入れるならば、一摘の血も流れぬことを約束しよう』
…どうだ!大将軍の寛大さに、恐れ戦くがいい!!」
インディゴは鼻を掻く。
「謹んでお断りいたします。」
(えええええええ!?)
「な、なんだと!
き、貴様らは馬鹿なのか!
死ぬぞ!エルドラド人が大勢死ぬんだぞ!」
「いや…お前らぐらいなら私たちだけで全員殺せるぞ、
なあ、シュバルツ。」
「まったくだ。
どうもそちらの大将軍は、
俺たちの力を見誤っておられるらしい。」
「な、何だと!?
くそっ!兵たちよ、こいつらを血祭りにあげろ!」
豚通鵜の一声で、軍が一斉に突撃してくる。
インディゴとシュバルツは、
同時に両腕を挙げて詠唱を始める。
『我が脳漿に記憶は宿る…
白狼の長老グシオンよ
ここに目覚めたまえ…』
『鬼は此処に宿る。
瘴気をまき散らせ…
運命魔法「瘴鬼」』!
突如、地面が隆起して
巨大な狼が姿を現す。
インディゴの後ろからも、
巨大な鬼の腕が、太刀を持って現れる。
狼は咆哮を上げる。
馬は一斉に怯えて、
突撃の陣形は崩れた。
そこに大きく振りかざした太刀の一撃が襲い掛かる。
その一撃で軍はバラバラに散って行った。
だが豚通鵜の後ろから、さらに軍が押し寄せる。
「インディゴ、先に行け!」
シュバルツが前に出た。
「もう建国祭まで1日しかない!
伝えておきたいことは紙にしたためておいた!早く首都に戻るんだ!」
地面の下から、さらに狼が出てきた。
「…賢者ゴッフェには気をつけろ!」
行きに乗った黒い狼が、インディゴとべオを咥えて走る。
シュバルツの姿はすぐに見えなくなっていった。
「…大丈夫でしょうか?
それに…最後の言葉は…。」
「シュバルツは大丈夫だ。
…あいつは強い。
もう後は、成り行きに任せるしかないな…。」
そうしてインディゴとべオは首都を目指す。
建国祭まで、残り一日。




