第1章第6話 ダンジョンにて③
べオは暗闇の中で目覚めた。
今まで記憶が高速で展開する。
気が付けば野原に立っていた。
最初にインディゴと出会った場所だ。
あの時と同じように、馬車の残骸がある。
ゆっくりと歩いて残骸をのぞき込む。
そこには怯えているべオがいた。
頭に手を置こうとするが、すり抜けてしまう。
また違う場所へと来ていた。
金の円陣が視界を覆っている。
その中心では、ジャックとインディゴが決闘していた。
まだ、グレースは来ていないらしい。
べオは茫然とインディゴを見つめる。
あの時からべオは幾ばくか強くなった。
だから理解できた。
インディゴの強さは、魔力操作の精密さだ。
彼女が魔力で作ったサーベルは、
何度攻撃を受けようとも刃こぼれしない。
戦いながら魔力を巡らしているのだ。
また場面が変わる。
ペレオディナがべオの魔力を吸収している。
彼女の全身から血が流れだす。
「ペレオディナさんっ!」
べオは駆けよるが、やはりすり抜けてしまう。
「何なんだ、ここは…?」
更に違う場所に移る。
あの部屋だ。
今、まさにレドールに向かって蛭が迫っている。
べオは駆けだすが、近づけない。
立ち止まる。
その間にも蛭はレドールへと近づいていた。
見えない壁がある。
その先へと行けない。
べオはその壁へと拳を打ち付けた。
どうしようもない。
その実感が胸を刺す。
…何かが見ている。
べオが振り向くと、そこには
光を身にまとった何かがいた。
顔は光に包まれて見えないが、
体は羽に覆われている。
炎を吹くハープを持っていた。
だが片腕がなく、ぞの体は傷だらけであり
血だらけで、だがそれは確かに凛と立っていた。
見えない眼差しが、べオを貫く。
それの感情がべオに流れ込んできた。
後悔、怨念、罪悪感、恨み、無力感、そして…戦いきれなかった無念。
その全てにべオは覚えがある。
べオの中に流れたのは、深い同情であった。
べオの中で、何かが爆ぜた。
左目が熱を持つ。
右腕に金の翼の紋様が刻まれる。
「あなたは…。」
べオは熱風に包まれる。
そうしてそれは消えた。
だがべオは、”それ”が消える直前に
少し微笑んだような気がした。
べオは振り返って、壁を殴る。
見えない壁は、パリンと音を立て
割れていった。
べオは躊躇せずに全力で駆けだす。
暗闇は晴れていった。
レドールは死を覚悟していた。
蛭が近づいてくる。
その時べオの体から、熱風が吹く。
syurururuururururuurururururuaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!
熱風は蛭にぶつかり、蛭の体が蒸発していく。
本能で危機を察知した蛭は逃れようと壁にぶつかり始めた。
べオが立ち上がる。
腹の傷は癒えており、
右腕には金の翼が彫られている。
その左目は、燃え盛る火に似た赤色になっていた。
べオは蛭に向けて、右腕を振りながら
何かを呟く。
瞬間、蛭は蒸発して消えた。
「大丈夫!?レドール君!」
べオはいつもの慌てた顔でレドールに駆け寄る。
「手を出して!今すぐ直すから!」
そこでべオは、レドールの左腕がないことに気付く。
「っそんな…。」
「べオ君…これは直せない…。
だからクレマンの方を先に…。」
「…!わかった!」
クレマンは奥で横たわっている。
無い腕は生やせないが、血液なら
本人の魔力を媒介にすることで、再生することができる。
クレマンの顔色は悪く、
自分で傷口を押さえている。
べオが治癒しようとすると、その手をクレマンが押さえた。
「っ駄目です…私ではなくレドール様に!
もう…私は間に合わない…。」
べオの手を抑える力も弱弱しい。
もう血がほとんどないのだろう。
「でも…レドール君の腕は…。」
べオが言うとクレマンは鎧を脱ぎ始める。
「あの…何をしているんですか?」
「…使ってください。」
「…え?」
「私の心臓をレドール様の腕に使ってください!
まだ等価は釣り合っています!
無くなった物の価値は、
時間とともに、増えていく…。
今しかないのです!お願いします…。」
クレマンの呼吸はだんだんと弱くなっていく。
そばにレドールが歩いてくる。
「…クレマンよ、私になってくれるか?」
「喜んで…もともとは私が招いた事態。
この体で払えるのならば…。」
「…べオ君…頼む。」
レドールが頭を下げる。
べオは意を決して、魔力で2人を包む。
クレマンの心臓を真似したものとレドールの左腕を真似したものを作った。
何をすべきかは感覚でわかる。
先ほど貰った力を使えば、こんなこともできるのだ、と。
べオは魔力で天秤を作り、
心臓と左腕を乗せる。
天秤は釣り合った。
両者は光に包まれ、レドールの腕が元に戻っていく。
そしてクレマンは治った腕を見て
微笑みながら息絶えた。
「行こう…早くここを出なくては…。」
レドールはクレマンの腕章をちぎり、
ゆっくりと立ち上がる。
その時、ゴゴゴ!と城が崩壊する音が響いた。
レドールは蛭の死体に駆け寄り、
何かをつかむ。
「これで用は済んだ!
早く行こう!」
「うぐ…。」
兵士から声が漏れる。
腹を割かれてもなお、生きていたのだ。
「…!」
「駄目だ!僕たちが間に合わない!」
「レドール君は先に行ってて!」
「戻れ!べオ!駄目だ!」
べオは兵士に向かって走る。
べオが兵士を肩に担いだその時、
城の崩壊が激化した。
岩が上から落ち始め、
地面が崩れていく。
「はっ…はっ…道は…どこだ!」
べオは懸命に走るが、とても間に合いそうにない。
岩の落ちる数も増していく。
「…うがっ…。」
べオの頭に岩が当たった。
意識が薄れる。
その時耳元で声がした。
「まったく…その無鉄砲さは師匠譲りじゃの。
少しは、自分の命の事を考えなさい。」
その声を最後に、べオの意識は暗転した…。
・
「…オ!…せべオ!目を覚ましてくれ!べオ!」
レドールの声がする。
べオは目を開け、立ち上がった。
「よかった!べオ君!助けてくれたんだ!
先生が!来てくれたんだ!」
周りを見渡すと、『賢者』ゴッフェが
岩の上で本を読んでいる。
草原が広がっていた。
あのダンジョンから、脱出できたのだ。
べオはゴッフェに駆け寄る。
「あの…ゴッフェさん、ありがとうございます!
あなたがいなければ…。」
「いや、よい。
坊の腕のお礼と考えてくれ。
ゆくゆくはエルドラドの王となるのだ。
まだ足りないぐらいじゃ。」
ゴッフェはべオの後ろに指さす。
そこには包帯を腹に巻き、眠っている兵士がいた。
「そやつは50年前の人間じゃ。
ダンジョンに囚われていたのじゃろう。
紋章からみて、徴兵されたんじゃろうな。
お前が助けんかったら一生あのままだったろう。
こやつは許されないことをした…。
だがお前は助けた、素晴らしい事じゃ。」
「いえ、ただ放っておけなかっただけなので。」
ぱからっぱからっ、と音が鳴り、
ジョナサンが兵を引き連れてやってきた。
「レドール様!ご無事ですか!」
「ああ。なんとかな。
べオのおかげだよ。」
「なんと…ひとます王城へと戻りましょう。
アッシュ様が待っておられます。」
「ああ、わかった!べオ!」
馬に乗りながら、レドールはべオに指輪を渡した。
「今日の事は忘れない!
一生残る恩だ!その指輪をつけていてくれ!
そうすれば、危機が訪れた時に僕が助けに行く!」
そう言い残し、レドールは首都へと馬で駆けて行った。
そのあとをジョナサン達が追う。
ゴッフェも立ち上がり何処かへ消えて行った。
べオも、インディゴに教えられた移動魔法で
首都へと飛んでいく。
草原にはただ少女が一人立っていた。
「…満足したのね。
西の炎神よ、あなたの力
…あの子に使いこなせるかしら?」
そう呟き、少女も草原に紛れて消えていった。




