婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。
「レティシア お前との婚約は破棄することとする!」
突然の怒鳴り声。気がつけば目の前に男の人が立っている。金髪に青い目。まるで絵本で見た王子様のような姿に驚いた。その横にはピンク色のピラピラしたフリルのついたドレスを着ている若い女性がいる。
(あれ?もしかして、これって悪役令嬢の断罪シーンじゃない?)
ゲームとかラノベとかでよく出てくる悪役令嬢の断罪。パーティとか人が多数集まる場所で一方的に悪役令嬢の婚約者が話し出しちゃうアレだ。でも何で私の目の前でそれが行われるんだろう?
確か三連休前の金曜日で、ビールを飲みながら私はネット小説を読んでいたんだった。そうか、寝落ちしちゃって夢を見ているんだ。そう思ったら、好き勝手に動いて構わないだろう。
「聞いているのか!」
目の前の王子が怒鳴る。無視されて怒っているのだろう。なんて自分勝手な奴。だからこそ、おかしな女に入れ上げているのだろう。そう思ったらムカついてきた。姿勢を正して王子を睨みつける。
「聞こえておりませんでしたわ!」
腹の底から声を出したら、思いのほか大きな声が出た。しかもなかなかドスのきいた声だ。悪役令嬢ならではの声と思う。
「な・・・」
王子は明らかに狼狽した。この程度でと言うことはビビり確定である。
「もう一度、大きな声で、はっきりと、おっしゃっていただけます?」
私がわざとゆっくりした口調で滑舌よく言うと、近くにいるギャラリーが注目したのがわかる。おそらくは貴族の令息や令嬢だろう。
「いいだろう」
注目されたことに戸惑いはしたようだが、王子はニヤリと笑った。婚約破棄と隣で腕にしがみついている女との仲を公にしたくてうずうずしているのだろう。
「レティシア・フォン・ド・カレール・シュチュー・ドリアード。お前との婚約を破棄し、愛する女性ミアとの婚約をここに宣言する」
私の正式名はずいぶん長いのだな、よく噛まずに言えたもんだと感心した。ギャラリーからざわめきが聞こえる。
「お前との婚約は国が決めたもの。俺は本当の愛を見つけたのだ」
ほらきた、本当の愛とやら。愛に本当も嘘もあるとは思えん。だが、王子はうっとりと横にいる女性を見つめている。オエーって気分だ。
「殿下ぁ・・・」
ミアとやらも殿下を見つめ返している。バカップルとはうまく言ったもんだと感心した。
「婚約破棄って・・・」
「こんなやり方でいいのか?」
ギャラリーたちの声が聞こえてきた。いいわけないだろうが、王子はそんなことには気づいていない。
「国で定められた婚約を正式な手順も踏まず破棄できるものでしょうか?」
私はあえて事務的に淡々と言ってやる。
「俺はこの国の第一王子。いずれは王太子となり、国王となる身だ。その俺が決めたことだ。問題はない」
第一王子ではあるが、まだ王太子になっていないし決まってもいない。にも関わらずそんなことをいうことに問題があるとは気付いてもいない。バカ丸出しである。
「大体お前はいずれ王妃となるこのミアに文句ばかり言っていたようだな、それもつまらないことで」
結婚もしていないのに王妃って、と思ったがそれが断罪シーンでのお約束というモノであろう。気にしても仕方ないのでスルーしておこう。今は王子にきちんと教えて差し上げなくては。
「えぇ、本当につまらないことですわね」
私の言葉に満足したように王子はうなづいた。
「お前は婚約者である自分が俺に構われないからと僻んで、ミアに注意することで溜飲を下げていたのだろう。所詮はお前はその程度の女なのだ」
殿下が私を指差しそんなことを言い出したが、私は待たずにしゃべり始める。
「廊下を走らない、ゴミはゴミ箱へ、机に座らない、机に足を乗せない」
私の言葉にギャラリーから「は?」「どういうことだ?」という声が聞こえる。男性の声である。「本当ですのよ」「いつもそうでしたわ」男性に答えるように女性の声も聞こえてきた。
唖然とした様子になった王子を見ながら、なおも私は続ける。
「毎日毎日、私だけでなく先生やクラスメートもご注意申しましたのよ。でも一向に改めていただけない。こんなつまらないことを注意するのも申し訳ないと思いましたけど」
「本当に貴族なのか」という男性の声。「もともと庶民らしいのですが男爵に引き取られて」という声の後に「それにしたって・・・」という声が聞こえ、殿下は声の方をキッと睨みつけた。お約束の男爵家に引き取られた元庶民だったか。あまりに想定通りすぎて笑いそうになる。いけない、気を引き締めなくては。
「それから・・・」
私はここで言葉を止めた。否が応でも注目される。
「人のものを黙って持って行かない」
「人の婚約者とか?」誰かの声に下卑た笑い声がする。「本当に困りましたわ」「そうですわね」そんな声もちらほら聞こえてきた。
「ちょっと借りただけ、すぐ返したもん」
ミアはプクッと頬を膨らませる。見ていてイラッとするが、男はそう思わないのだろう。
「大袈裟な、借りただけと言っているだろう」
こういう一方の意見のみ鵜呑みにするから断罪は決行されてしまうのだ。将来本当に国王として国を統治するつもりであれば、きちんと調べて発言すべきである。
「黙って持って行くのは借りるとは言いませんし、1ヶ月はちょっとと言いません」
私の発言に「それって、ドロ・・・」という声が出た。しかしすぐに「しっ、未来の王妃様だぞ」という声でギャラリーは静かになる。未来の王妃様、は嫌味で言われた言葉である。当然それはわかるだろうと思ったが、王子は満足げにうなづいていた。本当に、本当にバカだった。
ギャラリーもそれを理解したのだろう。将来の自称国王陛下は、バカなのだと。
「いい加減にしろ!」
王子の近くにいた男がいきなり私に飛び掛かってきた。殴るつもりか拳を振り上げている。ギャラリーから悲鳴が上がった。私は彼を冷静によけ、持っていた扇子で彼の首元をチョンと当てる。
「無抵抗の女性に対してずいぶん乱暴なことをなさるのですね、騎士としていかがなものでしょうか」
あくまでも事務的に言ってやる。私は今断罪されている身なのだ。興奮したり感情的になってはいけない。私はクスッと笑ってやる。
「そういえば、騎士ではありませんね。騎士の位はお金で買ったのでしょう?」
「お、俺を侮辱するつもりか!」
騎士の男はワナワナと震え、目が血走っている。
「えぇ、お金で買うなんて侮辱されて当然でしょう?騎士として鍛錬する時間を全てどこかの女性との逢引に費やしてしまったんですもの。試合をしたって勝てるわけありませんわね」
逢引、という言葉が自然に出てくるとは思わなかった。しかしデートというより、逢引のほうが艶かしくて重々しい印象がある。
「レオバルト・ナッセルという方へ5000渡して、わざと負けてもらったのでしょう?」
誰だよ、レオバルト・ナッセルって。口から自然に出た名前だったが、目の前の騎士の男は顔面蒼白だし、ギャラリーは騒然としている。実在する人物らしい。
「お相手の女性に誘われたのでしょうけど、有名なカフェだの高級なレストランだの散々食べ歩いた上、宿屋にまで行かれてますわね」
「まぁ」「なんてこと」あちこちで女性の声が聞こえてきた。
「品のない」
吐き捨てるように王子が言ったので、押っ被せるように言う。
「本当に品のないことですわぁ。侯爵家のご令息が商売女を買ってるなんて」
扇子を広げて口元を隠した。ざわめきが大きくなる。
「き、貴様!ミアを愚弄するな!」
騎士の男が再度飛び掛かってきた。あちこちから悲鳴が聞こえる。が、やはりひらりと交わして閉じた扇子を今度は強めに彼の胸に当ててやった。
「私、ミア様のお話などしていませんわ」
涼しい顔をして答える。「おい、嘘だろ」「ミアって未来の王妃様?」「いくらなんでも別人だろ」ギャラリーの声が遠慮なしに聞こえてきた。
「宿屋のご主人も従業員の方も、出入りの業者や近隣の人たちまで、皆様ご存じなんですよ。お二人のこと。女性の顔もバッチリ覚えられてますわ」
さりげなくミアを見ると目を見開き小刻みに震えていた。王子は分かっているのかいないのか、ただ睨みつけるような目つきは変わっていない。
「そもそも、お部屋に入ったら窓を閉められたらよろしいのに。開けたままにしておくから、覗かれてしまうのですわ」
私の発言に室内から大きな悲鳴が上がった。「開けたまま?」「そういう趣味だったんじゃね?」「なぁなぁ、どこの宿屋だろ?」騎士の男はブルブルと震えている。怒りなのか恥ずかしさからなのかわからない。
「そんな派手なことされるから、どこかのゴロツキにお金を払うハメになるのですわ。最初は8000、次は15000。ついに20000になって、自由に使えるお金は無くなってしまったのでしょう?」
とどめを刺すように言ってやると、騎士の男は叫び声を上げてしゃがみ込んでしまった。ついには立っていられなくなったのだ。
これって、私の断罪ではないのではないかと思ってきた。でも言うべきことは言っておくべきである。こんな男が騎士として殿下の取り巻きにいるのだから、質がわかると言うもの。
「こんなことして、何が楽しいんだ!」
そこへまた別の男が乗り込んできた。
「楽しい?」
私はその男をゆっくりと見てやる。足の先から頭の上まで、ゆっくりと視線を動かす。公爵家で宰相の息子だ、と直感でわかる。
「お前のやっていることはイジメだ。そういう心の持ち主だから、殿下はお前を見限ったのだ」
「そうだ、ミアは天使のような清らかな心を持っているからな。お前とは違って」
そもそも人が大勢集まる場所で婚約破棄を一方的に告げるのはイジメではないのか。卑怯にも男3人で私のやってもいない罪を告発するつもりだったくせに。そう思ったら私は徹底的にやるべきだと決意する。
「お尋ねしたいことがございますのよ」
私はニンマリと笑う。
「公爵家所有の建国史のことですの」
男の顔色が変わる。
「国王陛下から公爵家に拝領された御本でございますわ。どうして手放されたのでしょうか?」
「嘘だろ?」「それって謀反・・・」「国王への忠誠は・・・」流石に大声で言わない方がいいと思ったのか、ギャラリーの声が急にヒソヒソ話に変わった。はっきりとは聞き取れないが、言っている内容は想像がつく。
「ドレスや宝石をお買い求めになられたようですけど、ご自分が着られるわけではないですしねぇ」
「まさかまた未来の王妃?」「いい加減にしろよ」「あいつら何やってんだ?」ギャラリーからの声に私も苦笑する。
「お返事、聞かせていただけます?」
男の目の前に扇子をひらひらとさせて、私は声をかけた。が、男の目は私を捉えてはいなかった。チキンすぎないか?もう少し根性見せると思ったけど。
仕方がないので目の前でいまだに偉そうにしている王子を見る。相変わらず睨みつけてくるが、全く怖くない。これ、どうなるんだろう。婚約破棄はいいけど、慰謝料と損害賠償の請求ってどこにしたらいいのかな?王子に請求しても王子の個人財産は税金だよね。じゃあ、ミアの家か。でも男爵家は金があると思えないよな。
そんなことを考えていたら、突然室内の様子が変わった。どこか緊張感が伝わってくる。
思わず頭を下げた。国王陛下だ!断罪シーンでは時々国王陛下が登場するものがある。王子サイドか悪役令嬢サイドか。こっちサイドならいいな。まさかあのバカの味方だったら困る。でも息子だし。
「何の騒ぎだ!」
「そ、それは・・・」
陛下は王子に聞いたようである。頭を下げているから様子がわからない。
「誰が頭を上げていいと言った!」
陛下は威厳のある声で怒鳴りつけている。話しかけられたので頭をあげてしまったのだろう。普通に怒られているので安心した。陛下まで王子レベルだったら目も当てられない。
「そこの女、なぜ頭をあげているのだ!」
え?ミアったら頭下げていないの?この状況でボケっと突っ立ってられるってやっぱ凄いわ。何かが抜けてるんだろうな、と私はほのぼのと考えていた。
「レティシアが皆の前でテリー・レインバーツを侮辱したので諌めておりました」
テリーってどっちだ?騎士か?宰相か?というより、侮辱?何言ってるの?文句を言いたいが、発言を許されていない。黙っているしかない。あんのヤロー、自分のこと棚にあげて何やってやがんだ。と、心の中で悪態をついた。
「侮辱、何故レティシアがそのような真似を?」
「はっ、レティシアは神聖なる騎士の」
「お前に聞いておらん!」
王子が張り切って喋り出したところ、陛下が怒鳴った。テリーは騎士の方だったか。見えていないが、王子はきっとビビっているに違いない。泣いちゃってるかもしれない。へへっ、ザマアミロ。
「レティシア様はぁ、テリーだけじゃなくってぇ、アーロンのこともバカにしたんですぅ」
宰相の息子のほうはアーロンか。しかし何故ミアが喋っているんだ。しかも陛下の前でもバカな話し方だし。もっと利口な話し方をするかと思ったが、そうではなかった。そしてこの場にいるギャラリーも全て思っただろう。お前に聞いておらん、と。
「レティ、どう言うことか?」
陛下が私に向かって聞く。
「はい」
返事をすると、「頭を上げ」と言われたので静かに頭を上げた。そして陛下をまっすぐに見る。陛下の後ろには数人の男性がいる。1人は私の父だとすぐに分かった。そしておそらくテリーの父とアーロンの父もだ。他にも王子の執事役の人と思わしき人物などもいた。
「殿下から私との婚約を破棄し、ミア嬢と婚約をされると言われました」
「は?何故だ?婚約は国で定めたこと。王子が破棄できることではなかろう」
ほらね、でも本当の愛とやらに目覚めちゃったわけだから、私と結婚したくないわけですよ。いやこっちだってさ、王子と結婚なんて面倒なことこの上ないんです。妃教育に比べたら、学校のテストで100点満点取る方が簡単なわけよ。お辞儀ひとつでやいこら言われるのよ。角度が違うとか指先にも神経使えとか。正解がホントわからないのよ。と、愚痴がこぼれ出そうになる。あれ?夢の中なのにリアルに思えるわ。
「で、テリーを侮辱とは?」
「はい」
陛下に聞かれたら、先ほどの話を再度言わないといけないよね。隠し事できないよね。いや、聞かれてるわけだし。最高権力者には従わないとね。私が仕方なく口を開こうとしたら。
「陛下、よろしいでしょうか」
と、口を開いた男がいた。騎士の男、テリーの父である。
「ふむ、よかろう」
陛下の返事を確認し、テリーの父は言った。
「我愚息、テリーは騎士の名を汚しました。騎士団も追放処分とし、レインバーツ家からも除籍と相成りました。手続きはすでに済んでおります」
そう言って書類を陛下に渡した。
「え、な・・・に?ち、父上・・・」
いきなりのことにテリーはしどろもどろになっている。
「私もよろしいでしょうか」
アーロンの父も断りを入れる。
「我が家もここにいるアーロンはすでに除籍としております。また陛下より拝領いたしました御本はすでに買い戻しております。が、此度の愚息のしでかしたことはとてもそれで済まされることではございません。かくなるうえは私は引退し、我がサンマール家も私の弟の第二子に譲る所存でございます」
「ち、父上!」
何だか無茶苦茶なことになってきた。よく考えたら婚約破棄を宣言されたけど、私は断罪されてはいない。こっちが断罪したことになっている。
「わかった」
陛下は静かにうなづいている。で、婚約はどうなるのだろうか。
「父上、私は真実の愛、誠の愛に気づきました。ここにいるミアを心の底から愛しております。レティシアと結婚することはもはや不可能です」
「殿下ぁ」
この状態で何故ミアは王子にしがみつき、呆けた姿を見せることができるのかわからない。ミアは王子をうっとりと見つめ、王子の方もミアを熱のこもった目で見ている。
「レティシアは冷たく、とても将来妃となれる人物とは思えません。ミアが私のために用意したプレゼントも捨てろと言ったのですよ」
王子はそう言って私を睨む。当然私も睨み返した。
「レティ、どう言うことか説明できるか?」
「はい」
陛下に言われ、私はこの場にいる全員を見渡した。王子にしがみつくミアも私を睨んでいる。まぁいいけど。
「ミア嬢は手作りのクッキーを殿下に差し上げようとしたからです」
王族の人には専属の料理人がいる。王族の方が料理を口にされる前、必ず毒味役の人が安全かどうか確認する。当然だが料理人以外、ましてや素人が作った手作りのものを直接お渡しすることはできない。どんなものでも必ず毒味役が確認する決まりになっている。
「それはどうしたのだ?」
「捨てるわけないじゃないですかぁ。悔しいから隠しておいてサプライズであげたんですぅ。レティシア様ってぇ、殿下から嫌われてるしぃ、意地悪ばっか言うしぃ、サイアクなんですけどぉ」
いや、こっちの方が最悪だけど。で、あげちゃったのか。
「当然、毒味させたのだな」
「まさか、毒味役に食べさせるわけないですよ。ミアの手作りですよ。当然独占するに決まってるじゃないですか」
王子、ほんとにバカなんだな。王子のために毒味役の人は命かけてるんだよ。食べたくて食べてるわけじゃないんだよ。
「陛下、よろしいでしょうか」
王子専属の執事が厳かに話し出した。
「それは先月のことではないでしょうか」
「あぁ、そうだな」
王子は朗らかに答えている。執事は沈痛な面持ちで話を続けた。
「覚えておられないでしょうか。殿下が夕食後腹痛を訴えられたこと」
「あ、そうだったな」
「何度か殿下に毒味役を通していないものはないかお尋ねしました。殿下は、ないときっぱりお答えくださいました」
「あ・・・」
「殿下のお食事にだけ何かが混入した可能性を考え、毒味役、調理をした料理人、配膳した者、料理を運んだメイド、その他厨房に出入りした出入り業者など、全てを尋問し解雇いたしました」
執事の目に涙が浮かんでいた。
「何故、何故仰ってくださらなかったのですか?あれだけ大変なことになっているのを殿下も見ていらしたでしょう?」
殿下は黙って執事を見ている。何か言うだろうか。せめて謝ってくれるだろう。そう期待したが。
「トーマス、真実の愛を失いたくなかったんだ。わかってくれるだろう?」
王子の口から出た言葉に愕然とした。
「もう良い!」
陛下が怒鳴ると、王子は首をすくめて黙った。真実の愛を口にする前にもう一度一般常識を学び直せ。王太子になり国王になるつもりがあるなら尚更だ。と心の中で私は怒鳴る。だが、なるつもりがあってもなれるかどうかはわからないけど。
「真実の愛を失いたくないのなら、それでいい。婚約破棄を許可しよう」
陛下の言葉に王子とミアは抱き合って喜んでいる。私も今更こんな王子とどうこうしたくはない。さっさとおさらばしたいものだ。
「同時に王位継承権と爵位も破棄することとする。真実の愛を貫いてすぐにここから立ち去れ!」
陛下の発言にミアはギョッとした顔をした。が、王子は嬉しそうな顔を崩さずミアを抱き上げくるくると回り出した。え?あまりのことにどうかなっちゃった?
「聞いたか、ミア。これで何も気にせず暮らしていけるぞ」
確かに国を統治するという責任を負わずに済んだんだろうけどさ、爵位も無くなったんだから平民だよ。それも無職。出来の悪い王子だから手に職もないし。できることってあるのかな。
「ハハハハハ、真実の愛は無敵だ!」
何人もの騎士に囲まれて、王子とミアはどこかへ連れて行かれた。いつの間にかテリーもアーロンもいなくなっている。
「レティ、すまなかった」
誰もいなくなってから陛下が私に頭を下げた。いやいやいや、ダメでしょ。国王陛下たるもの、未成年の女に頭を下げたら権威消失じゃないの。それに陛下に頭を下げさせた傲慢女、不敬の塊なんて烙印押されたくないわ。
「おやめください、私如きにそんな・・・」
「いや、あやつは幼少期から出来損ないであった。それがわかっていたのに、そなたと婚約すればいいように変われると夢を見てしまった」
確かに出来損ないだ。だからと言って素直に、そっすねぇなんて言うわけにいかない。でも否定したら陛下に異を唱えたことになる。こういう場合どうするのが正解だろうか。と、考えるが正解を知らないのでわからない。とりあえず、今猛烈に思っていることは、早く夢から覚めてほしいということだけだった。
そして・・・。私はようやく家に戻った。公爵令嬢の住む家はお城のように豪華絢爛だった。そこの一室の天蓋付きのキングサイズのふわふわベッドに潜り込んだ。眠ったらきっと元の世界に戻れるはずだ。多分、きっと・・・。
そうして私は眠りに落ちた。目覚める場所はどこかはわからないまま。