【コミカライズ】世界を滅ぼす伝説の邪竜が、前世で溺愛していた愛犬だった場合の悪役令嬢の末路
「貴様との婚約を破棄する!!」
どうして、このタイミングで……と、マリエッタは途方に暮れた。
お決まりのアカデミーの卒業パーティー、とんでもなく目立つ場所で大声で婚約破棄を突き付ける王子とその腕に抱かれているヒロイン、その仲間達。一瞬にして好奇の目線に晒された私、悪役令嬢マリエッタ・カッシーナは、この瞬間唐突に前世の記憶を思い出した。
私の前世は日本人の加科マリエ。
平凡に生まれ育った普通の大学生だった。人に自慢できることがあるとすれば、自他共に認める超ド級の愛犬家だったことくらい。
前世での死因も、愛犬と散歩中にトラックに撥ねられたこと。その時は愛犬が私を庇おうとしてくれて、私も愛犬を庇うように抱き締めて結局一緒に死んでしまった。
最後に抱き締めたあの柔らかい感触、真っ黒な毛に愛らしい瞳。助けられなくてごめんね……と涙ぐんだところで、王子の罵声が響く。
「今更泣いても容赦はしない!お前は俺の愛するミアが平民だからと、嫉妬にかられて嫌がらせをし、怪我を負わせた!王子の名にかけてお前を断罪する!」
意気揚々と叫ぶ婚約者……いや、元婚約者に私の涙は引っ込んだ。
このタイミングで前世の記憶を思い出したのは最悪だけれど、この馬鹿王子とおさらばできるのは喜ばしいことね。記憶が戻ると、これまで散々尽くしてきた目の前の王子がただのジャガイモに見えてきた。
多少顔が整ってはいるけれど、前世で見たアイドルに比べれば王子は凡人ね。更には人でなしだわ。先程の発言。明らかに"俺の愛するミア"と言った。それって婚約者がいながら浮気をしてたってことでしょう?
それに嫌がらせとは?私はそんな面倒なこと、した覚えがないんだけど。そもそも、そのミアさん?の存在自体、今初めて知ったわ。
いや、ちょっと待って……よく考えたら、この場面見覚えがある気が……
そうして私は、二度目の衝撃を受ける。ここは前世でプレイした乙女ゲームの世界だと気付いたから。
「おい!聞いているのかっ!」
大声で怒鳴る王子にハッとして、私は慌てて頭を下げた。
「はい。私は国外追放ですよね。今までお世話になりました。これから大変だと思いますけど頑張って下さい。それじゃあ、さようなら」
ポカーンと、間抜けな顔で口を開けた王子に向けてそれだけ言い残し、私はその場を去った。
王子の腕の中でメソメソしてるヒロインと、その周りを囲む愉快な仲間達……もとい、宰相の息子に騎士団長の息子、あとなんかミアの取り巻き数人……。どう見ても、前世でプレイした乙女ゲーム中盤の断罪イベントだ。
この後の展開を考えて、私はブルリと震えた。
このゲームは難易度が半端なく高くて、99%バッドエンドになるという恐ろしい無理ゲーだったのだ。その諸悪の根源が、この世界に存在する伝説の邪竜ディアベル。
中盤で断罪された悪役令嬢マリエッタは、国外追放の護送中、ディアベルの襲撃にあい生きたまま食べられてしまう。
無駄に魔力の強かったマリエッタを取り込んだことで覚醒したディアベルは、破竹の勢いで王国を襲いあっという間に世界を滅ぼしてしまうラスボスとなるのだ。
ヒロインや攻略対象達はディアベルに立ち向かうが、一瞬にして吹き飛ばされてバッドエンド。乙女ゲームで最後に登場人物達のお墓スチルが表示されるのを初めて見た時は、衝撃を受けたものだ。
何通りも試してみて一度もハッピーエンドになったことはないけれど、動画の配信サイトで見たゲーム実況で、たった一つのハッピーエンドを見た事がある。
それは、攻略対象の好感度を全員カンストさせた後に発生する隠れイベントで隠しキャラの王太子を攻略し、好感度カンストさせた状態で全員でディアベルに挑み勝利するという、これでもかというほど難易度の高い展開だった。
これを見た瞬間、私には無理だと諦めた。
何せ、隠れキャラの王太子……これがまた強敵なのだ。出会いイベントまで何とか辿り着いた私は、王太子ルートの冒頭だけプレイした事がある。
その時の選択肢、1番良いのを選んでも好感度は0.1%しかUPしないにも関わらず、悪い選択肢を選んでしまうとゲームの進行度合いに関係なく一気に好感度が0に戻るのだ。早々に諦めた私は、その後このゲームをプレイする事はなかった。
取り敢えず、ドラゴンに食べられるのだけは御免だ。こう言う時は逃げるが勝ち。そう思い、急いでパーティー会場を抜け出し、家へ帰ろうとしたところで。
慌てて追って来たらしい、元婚約者の兵士に捕まってしまった。
「お、お前……逃げられると思ったのか!」
ハァハァ言いながらも追いかけて来た元婚約者は、逃げる隙も与えず私を護送用の馬車に押し込み、私はそのままゲーム通りに国外へと追放されることになってしまった。
両手を縛られ、馬車に揺られながら。私は、今後の展開を必死に考えた。取り敢えずドラゴンと鉢合わせする前に脱出したいところだけど……護送兵は屈強そうな見た目で、とても私が敵う相手じゃなかった。
逃げる術を考えながらも何も思い付かずにいると、格子窓から見える雲行きがだんだん怪しくなってきた。黒い雲が重く空を覆い、遠くで雷の音もする。
嫌な予感に冷や汗を垂らしていると……
ずしゃん。
何が起こったのか、一瞬分からなかった。まるでカボチャを切るかのように呆気なく、馬車が真っ二つになっていた。
「ディアベルだ!逃げろ!」
叫んだ兵士の指差す空には、巨大な漆黒のドラゴンが鋭い牙と鉤爪をこちらに向けて雄叫びを上げていた。
縛られた私を残して、護送兵達が叫んで逃げて行く。その間に着地したドラゴンの鋭い目が、私を捉えた。詰んだわ。これもう、ゲーム通りに食べられるやつじゃない……
この世界に転生した私の人生は何だったのかしら……
ドシン、ドシン、と近付いてくるドラゴンに、私は死期を悟って目を閉じた。しかし。
「くぅ〜〜ん」
「……え?」
私の目の前までやってきたディアベルが、仔犬のような可愛い声を出したのだ。
思わず目を開けた私が見たのは。
ヘッ、ヘッ、と舌を出し。大きな尻尾を振り乱しながらお利口さんにお座りをするドラゴンの姿だった。更にはその鋭い牙で、私を縛っていた縄を噛み切ってくれている。
「きゃうん、わぅん!」
何かを訴えるように鳴くその声はまるで犬のようで、尻尾を振る姿も相まり愛犬家の私は思わず凶悪なはずのドラゴンが可愛く見えてしまった。特に瞳が可愛い。さっきまで瞳孔が細くて爬虫類のようだったその瞳は、今やまん丸な黒目をウルウルさせて私を見ている。
ちょっと待って……
その瞳を見ているうちに既視感を覚え、その姿が前世で何よりも大事だった存在と重なり、あり得ない考えが頭を過ぎった。まさか、そんな。でも、私だってこの世界に転生した。だったら、あの子が……私の可愛いあの子も、転生している可能性はないだろうか?
甘えるように鳴きながら、何かを必死に訴えるその瞳を見て。私は、無意識に呟いていた。
「……ベルちゃん?」
その瞬間。伝説の邪竜にしてこの世界を滅ぼすラスボスのドラゴン、ディアベルは。
「わぉん!」
私に飛び付き、ペロペロと大きな舌で私の顔中を舐めくりまわした。この反応。この感じ。間違いない。この子、私の愛するベルちゃんだわ!
「ベルちゃん!また会えて嬉しい!あぁ、ベルちゃん、あなたもこっちに来てたのね……」
涙を流して大きなドラゴンを精一杯抱き締めると。ベルちゃんは、嬉しさのあまりなのか……空に向かって遠吠えと共に火を吐いた。
「うぅ、立派になって……前世では蝉に驚いてテーブルの下に隠れてたあなたが……こんなに大きくて格好良くなるなんて」
「くぅん……」
涙を拭いながら撫で回すと、ベルちゃんは甘えながら顔を私に押し付けてきた。撫でられるのが好きだったベルちゃん。変わらず甘えん坊のベルちゃん。
再会に感涙を流しながら思う存分撫でていると……
「その令嬢から離れろっ!」
怒鳴り声と共に、大きな剣がこちらに飛んで来た。
「きゃあ!」
しかしその剣は、私に当たる前にベルちゃんの逞しい尻尾が跳ね返してくれた。
グォオオ、とすごい声でベルちゃんが吠える先に居たのは。鎧を身に纏い、仮面を付けた一人の男性だった。
騎士だろうか、みんな逃げ出した中で1人立ち向かうなんて、なかなか勇気のある人ね。でも、私のベルちゃんを攻撃しようだなんて、許せないわ。尚も剣を構えてこっちに向かってこようとする彼に、私は声を張り上げた。
「お待ちになって!この子は悪い事なんてしません!とってもいい子です!」
私の言葉を聞いた騎士は、拍子抜けしたように足を止めた。
「なに……?」
「ですから。この子はいい子なんです。今も私に甘えてスリスリしてただけで、私を襲っていたわけではありません。誤解なさらないで」
必死に訴えると、騎士様は信じられないとでも言うかのように絶句した。
「何だって?……聞き間違いか?君は、伝説の邪竜を手懐けたと言うのか?」
「手懐けたなんて、人聞きの悪い!ベルちゃんは最初からいい子です。ほら、ベルちゃん!おすわり!」
私の声に、賢いベルちゃんはドシンと重たい腰を下ろして完璧なおすわりポーズをした。
「お手、おかわり」
合図に合わせ、大きな鉤爪のある前足を交互に優しく私に差し出す。
「伏せ」
今度はコテンと頭を伏せ、上目遣いで私を見つめるベルちゃん。可愛い。可愛いの大渋滞だわ!外見が違ったって、この子は私のベルちゃん。何よりも愛すべき可愛い子。
「よくできたわね!!いい子よ、ベルちゃん!」
お利口な子を目一杯撫で回していると。呆然としていた騎士様が、動揺しながら口を開いた。
「き、君は……本当にこのディアベルを、自在に操れるのか?」
「操るだなんて!ベルちゃんは賢いだけですわ。撫でられるのが好きな子なので、ご褒美が欲しくて私の言う通りにしてくれてますの」
口を尖らせた私を見て、騎士様は急に笑い出した。
「ふ、ふははっ、そうか。全くもって理解不能だが。君が普通の令嬢でないことはよく分かった」
仮面で顔は見えないが、その声は本当に楽しそうだった。
「ところで、君のような令嬢がどうしてこんな場所に?」
不思議そうな騎士様が、パーティードレスを着たままの私を見て首を傾げる。その仕草に、私は自分が誤解していたことに気付いた。
「あら、てっきりあなたも私の護送兵の方だと思っておりました。と、いうことは通りすがりに気にかけて下さったのですね。ありがとうございます」
礼を伝えたところで、騎士様は再び固まった。
「……護送?護送だと?君は何か罪を犯したのか?」
「罪と言うか……冤罪ですわ。私の元婚約者が、新しい恋人可愛さに犯してもいない罪で私を国外追放にしたのです。その護送中にベルちゃんがやって来て、私を見張っていた兵士の皆さんは一目散に逃げて行かれました」
「……少し待ってくれ。色々と頭が痛い。冤罪に国外追放に……兵士の職務怠慢だと?一度整理させてくれ」
何がそんなに気になるのか分からなかったが、騎士様はとても沈痛な雰囲気で頭を悩ませつつ、状況を整理するように私に質問をしてきた。
「国外追放を言い渡す、と言うことは。君の元婚約者は王族か?」
「はい。パオロ第三王子殿下です」
「……あのアホめが。冤罪とは、具体的にどのような罪を犯したと言われたのだ?」
「私が第三王子殿下の恋人であるミアさんを嫉妬にかられて虐め、怪我を負わせたとか。……とてもお恥ずかしいお話なのですが、私は婚約破棄を言い渡されて断罪されるまでミアさんの存在すら知らず、何のことか本当に分からないのです。しかし、ミアさんがそう言うので真実だと王子殿下に決め付けられました」
「……愚かな。自分は浮気をしておいて、令嬢のみを悪者に仕立て上げるつもりか。そもそもその程度のことで貴族のご令嬢を国外追放とは、権力の濫用にも程があるだろう」
私もそう思う。恋は盲目と言うが、だからって責任ある王族がこんな事をしていいのだろうか。
「もう一つ疑問なのだが……君は何処へ護送される予定だった?」
「確か……ルキア王国に送られると聞きました」
「ここはルキア王国へ向かうルートから随分と外れている。この道の先にはディアベルの棲むアルパール山脈しかない」
「えっ!? それって……」
「最初から君を、ディアベルに襲わせて殺すつもりだったのかもしれない」
私は最後に見た元婚約者の顔を思い出した。あのジャガイモ野郎。自分が新しい恋人と何の謂れもなく過ごす為に元婚約者を殺そうとするなんて、最低最悪男じゃないの!
わなわなと震える私の怒りに呼応するかのように、ベルちゃんがソワソワと心配そうに私を見る。取り敢えずお利口なベルちゃんの頭を撫でつつ。私は復讐に燃えた。
「騎士様、ありがとうございます。お陰様で自分の為すべき事が分かりましたわ」
見知らぬこの騎士様がいなければ、私は元婚約者の非道な仕打ちを知らずベルちゃんと仲良く山に引きこもる所だった。お礼を言うと、騎士様はギョッとしたように飛び上がった。
「ま、待て。為すべき事とは……」
「決まっています。私をこんな目に遭わせた碌でなしの第三王子殿下への復讐です。ベルちゃん、あなたも手伝ってくれるわよね?」
ずっと私に撫でられていたベルちゃんは、お腹を見せて寝転んでいた"ヘソ天"状態から起き上がり、グォオオっと勢いよく空に向かって炎を吐いた。
「ありがとう、ベルちゃん!」
そんな私達のやり取りを見ていた騎士様は、ベルちゃんが吐き出した炎を見て狼狽え出した。
「待ってくれ!流石にディアベルを王宮に嗾けるのはマズい。下手をすれば王都が火の海と化す。いくら馬鹿な第三王子が令嬢を……すまん、失礼した、そう言えば令嬢の名を聞いていなかったな」
「まあ!こちらこそ大変失礼いたしました。私はマリエッタ・カッシーナと申します」
「そうか、マリエッタ嬢。君の気持ちは分かるが……ちょっと待ってくれ。カッシーナ?カッシーナとはまさか……君はカッシーナ侯爵のご令嬢か?あの魔塔の……」
「あら、父のことをご存知ですの?左様ですわ。私の父は現在、魔塔の主を務めております」
騎士様は文字通り頭を抱えた。
「ちなみに……カッシーナ侯爵には目に入れても痛くない程可愛がっているご令嬢がいて、そのご令嬢は高い魔力を誇るカッシーナ家の中でも桁外れの魔力を有していると聞いたのだが……」
「あ〜、多分。私の事ですわ。幼い頃に魔力測定器を破壊した事がありますの。本格的な魔法訓練は第三王子殿下に嫁ぐ予定だったので行ってませんが、親バカなお父様は私を魔塔主の後継者にしたいと常々仰ってますわ」
そういえば……急展開に頭が追いついていなかったが、お父様はこの事態をご存知なのかしら?娘命の親バカお父様が、私が冤罪を吹っ掛けられて一方的に婚約破棄された挙句に国外追放されたと知ったら、魔塔を指揮して王国を転覆させかねないわ。
ゲームではマリエッタがドラゴンに食べられた後は国を護るのに精一杯で、マリエッタの家族の描写は無かったけれど……あれ?そもそもゲームの中のドラゴン討伐に魔塔は参加してなかったわ。魔塔の仕事には国の結界や防護壁の役割もあるのに。もしかして!娘を殺された事で、お父様は本当にクーデターを起こしたとか?
ぐるぐる考え込んでいると、急に私の前に出た騎士様が声を張り上げた。
「マリエッタ嬢、この通りだ」
「騎士様!?」
そのまま跪き、私に向かって頭を下げる。
「愚弟の行いについては誠心誠意詫びる。だから私に免じて、王都への襲撃は考え直してくれないだろうか」
そうして仮面を取った彼の顔を見て、私は息を呑んだ。
「レオナルド王太子、殿下……!?」
そこに居たのは、ゲームの中で難易度MAXだった隠れキャラにして、唯一ディアベルによる世界滅亡の危機を救う鍵となる人物、黒髪碧眼の超絶イケメン王太子だった。
「私の顔を知っていたのか?」
顔を見た瞬間声が出た私に、訝しげな目線を向ける王太子。当然、前世で見た事があるだなんて言えないので、慌てて誤魔化した。
「いつだったか、遠くからご尊顔を拝見した事があったような……」
「そうか。まあ、それはいい。そんなことより、第三王子パオロの件に関して……マリエッタ嬢には本当に申し訳ない事をした。言い訳になるが、現在父上は療養中で秘密裏に王都を離れられており、王太子である私もディアベル討伐の為この地に滞在していたので奴の愚行については知らなかったのだ。王都に残っている第二王子は病弱で、体を壊しがちだ。おそらく一時的に権限を得た愚弟が馬鹿な事をしでかしたのだろう」
なるほど。だからあの男、あんなに急いで私を追放したのね。そして自分の行いが明るみになる前に私を処分するつもりだった……と。
「本当に、見下げ果てた最低野郎だわ」
「君の言う通りだ。返す言葉も無い。アイツにはそれ相応の罰を与え罪を償わせると約束する」
そして王太子は、切実に私に訴えた。
「だからどうか、ディアベルを王宮に放つのだけは考え直して欲しい。そして、もし可能であれば……今頃怒り狂っているであろう、カッシーナ侯爵を宥めて頂けないだろうか」
まあ、王族としては正しい判断よね。身内だからってあんな最低王子を擁護するよりも、私やお父様の機嫌を取る方が国の為よ。弟と違って分かってるじゃない。流石は王太子なだけあるわ。
「王太子殿下に免じて、今回のことは穏便に済ませようと思います。ですのでどうか、お顔をお上げ下さい」
「ありがとう、マリエッタ嬢」
「!?」
ここに来て突然のキラキラスマイルは反則だわ!クール系美男子の笑顔とか、心臓が撃ち抜かれちゃうやつじゃない。ドキドキ鳴る心臓をなんとか落ち着かせて、私は王太子を立ち上がらせた。
「とにかく、どちらにしろ王都に戻りましょう?今頃お父様を筆頭に魔塔が何をしているか分かりませんもの。第三王子のイモ野郎が権力を恣にして調子に乗っているのも気に入りません」
「あ、ああ、そうだな。しかし……馬は逃げ出してしまっている。どうやって帰るつもりだ?」
王太子の疑問は、私達の後ろから吠え声と共に上がった炎によって解決された。
「まさか、ディアベルに乗って飛ぶ日が来ようとは……」
「風が気持ちいいですね!」
私と王太子は、ベルちゃんの背中に乗って空の旅を楽しんでいた。落ちないようにと王太子の腕を掴まされた手。
自然と距離が近くなり、気付けば私達は世間話に花を咲かせていた。
「余談だが、実は私は……無類の犬好きなのだ」
「まあ!本当ですか!?私もなんです!」
そんな中、話の流れで王太子から告げられた驚きの新事実。これには同じ愛犬家として王太子への好感度が一気に爆上がりした。
「やはりそうか!ディアベルの扱いを見て君もそうなのではないかと思った。君とは気が合うな」
嬉しそうな楽しそうな王太子は、ベルちゃんを見て眉を下げた。
「闘っている間は気付かなかったが、マリエッタ嬢と戯れるディアベルの姿は仔犬そのもの。うっかり可愛く見えてしまって仕方がない。……このままでは二度とディアベルと闘えなくなってしまう」
「二度と闘わないで下さい!こんなに可愛いベルちゃんを殺す気ですか!?」
「くぅーん……」
「うっ、」
絶妙のタイミングでベルちゃんが悲しげに鳴いた事で、王太子は相当なダメージを受けたらしい。胸を抑えて下を向いたかと思うと、今度は勢いよく顔を上げた。
「そうだな。危険じゃないとさえ分かれば、誰も討伐だなどと言い出さないだろう。それどころか、味方だと分かれば国の守護竜として丁重にもてなされて然るべきだ」
「まあ、それは素敵だわ!ベルちゃんが国を守ってみんなと仲良く暮らすだなんて。ねぇベルちゃん、賢くて優しいあなたなら、きっとやれるわよね?」
「わんっ!」
褒められて嬉しいのか、張り切るように弾む巨体の上で、私と王太子はデレデレに目尻を下げた。可愛い。嬉しそう。可愛い。喜んでる。それを全身で表現してる。可愛い。
「きゃっ」
しかし、その揺れによって私は体勢を崩してしまった。
「大丈夫か?」
そんな私を支えてくれたのは、王太子の力強い腕だった。半分抱き締められているような体勢になって、顔に熱が溜まる。盗み見た王太子の耳も真っ赤で、鼓動が大きくなって困ってしまう。
「ありがとうございます……」
恥じらいながらお礼を言うと、王太子も照れ臭そうに目を逸らした。
「その体勢は辛いだろう。何ならもう少し寄り掛かってもいい」
「はい……」
更に抱き寄せられて、私の心臓が飛び出しそうになる。それでも全く嫌じゃなくて、むしろ彼の体に触れられて安心する自分がいた。
「……マリエッタ嬢。こんな目に遭った君に言うのは気が引けるのだが……一緒にいてこんなにも心の落ち着く女性は初めてなんだ。もし良ければ俺と……」
「あの、"マリエ"と呼んで下さいませんか?」
彼の腕に安心して、つい無意識に言ってしまった。前世を思い出して最愛の愛犬に再会できたこともあり、前世の名前が急に恋しくなったのだ。王太子の少しハスキーなその声で呼んで欲しいと思ってしまい、お強請りしてしまった私に対して。王太子は、顔を真っ赤にして狼狽え出した。
「なっ、本気で言っているのか!? 私達はまだ出逢ったばかりで! 確かに私も君のことを……しかし、それはいくら何でも。いや、それでも私は君を……でも君は弟の元婚約者で、だが……」
「? ……あ!!」
何をそんなに慌てているのだろうかと考えて、ふと思い出した。この世界のこの国では、愛称で呼ぶのは家族のみ。つまり、男女間で愛称で呼んで欲しいと言うのは、告白を通り越してプロポーズのようなものなのだ。私は今、王太子相手に求婚まがいのことを言ってしまった事になる。
今のは忘れて下さい!と私が叫ぼうとしたその時。
「マリエ」
先程まで躊躇していた彼が、急に意を決したようにそう呼んだ。そして真剣な顔で、私を見る。
「俺のことも、レオと呼んで欲しい」
これはまさか……私のプロポーズを、受け入れると言うこと……?
「レ、レオ……?」
「ああ、こんな気持ちは初めてだ……マリエ、一生大切にする」
そうして今度こそ、私は思い切り強く彼に抱き締められた。嘘でしょう!?難攻不落の王太子を、こんなにあっさり攻略しちゃったの!?
それも、空飛ぶベルちゃんの背中の上で!?
「きゃうん、きゅうん、」
心なしか祝福してくれているような声を発しながら、ベルちゃんの体が再びうねる。それに合わせて私達の距離も更に近くなって、見つめ合った拍子にキスをされた。
「……!?」
今世、前世含めて、初めてのキス。しかも相手は超絶イケメン王太子。トキメかないわけがない。私の強張りを解かすように何度でも降り注ぐキスの雨。
「あ、お待ちに……ンン、!?」
「マリエ、口を開けて?」
耳元でそう囁かれた瞬間、私の心臓はとっくに限界を突破した。
「こ、これ以上はおやめになって!」
「うわっ!?」
限界突破の羞恥により彼の肩を思い切り押し返す。と、ちょうど旋回したベルちゃんのお陰で大きくグラついた彼がベルちゃんのゴツゴツした鱗で手を切ってしまった。
「きゃあ!ごめんなさいっ!」
「いや、私の方こそすまない……嫌だったか?」
慌てて血の出る手を取り謝罪すると、彼は自分の手など気にせず私を気に掛けてくれた。そんな彼に不安げな顔をさせているのが申し訳なくて、顔が赤いのを自覚しつつ、私は正直に告白した。
「いいえ……ただ、初めてでしたので、恥ずかしくてどうにかなりそうで……」
「! そ、そうか……それは本当にすまなかった」
彼も同じように真っ赤になって、何なのこの恥ずかし過ぎる空気は……ドキドキが止まらず本当にどうにかなりそう。どうしよう、これが初恋だろうか。確かに甘酸っぱい。
「きゃう?」
そんな中、とてもとても愛らしい声でこっちを振り向いたベルちゃん。
「ん?どうしたの、ベルちゃん?」
「わおん!」
「……え?」
「は?」
その光景に、私も王太子も目を疑った。何やら得意げに尻尾を動かしたベルちゃんは、尻尾から魔法のようなものを繰り出して王太子に向けたかと思うと、彼の手にできていた切り傷が一瞬にして治ってしまったのだ。
意味がわからず数秒。ハッと思い出した。そう言えばゲームの中でディアベルは、何度斬り付けようとも回復魔法を使って瞬時に回復してしまったのだ。だからヒロイン達は苦戦して、その結果の99%バッドエンドだった。
「ベルちゃん!あなた、回復魔法も使えるのね!」
「きゃぅん!」
「そんな、まさか……私の怪我を治してくれたのか?」
「くうん!」
「「か、かわいい……」」
これでもかって言うくらい得意げなドヤ顔をするベルちゃんに、私と王太子の声が重なる。
「ありがとう、ベル。君は本当に可愛いな。君を討伐しようだなんて、私はどうかしていたに違いない」
微笑んでベルちゃんを撫でる王太子に、ベルちゃんも『お互い様だよ』とでも言うかのように頭を寄せた。
イケメンとベルちゃん……尊い。なんだあの美男子と可愛いドラゴンは。私のファーストキスの相手と世界一愛しい愛犬です。最早思考が溶け始めた私は、二人をひたすらに拝みまくった。
「そうだ!ベルの能力があれば、強力な助っ人を得られるじゃないか!マリエ、寄り道しても構わないか?」
「え?はい、良いですよ。でも、どちらに?」
「父上の療養先だ。私と父上でパオロを懲らしめた方が、君も胸が空くだろう?」
「! なるほど、確かにその通りですわ!ベルちゃん、レオの言う通りにしてくれる?」
「きゃうん!」
こうして私達は、国王陛下が療養中だと言う離宮へ向かった。
「ディアベルの襲来だあー!!」
「陛下をお護りしろっ!」
「矢を構えろぉ!」
当然のことながら、空から邪竜が舞い降りてきたらこうなるわよね。
城壁で武器を構える兵士達、その中央で療養中にもかかわらず、毅然と指示を出す国王陛下へ向けて、王太子がベルちゃんの横から顔を出して声を上げた。
「父上!私です!」
「レオナルド!?」
王太子に気付いた国王陛下は、騎士たちの武装を解除させた。
「これはいったい、どういうことだ……?」
「話せば長いのですが……こちらはマリエッタ・カッシーナ嬢です。マリエ、頼む」
「はい。国王陛下、略式でのご挨拶にて失礼致します。ベルちゃん、お願い」
「わふん!」
何が何だか解らないといった顔の国王陛下が口を挟む前に、私に合図されたベルちゃんが尻尾から魔法を繰り出す。それに驚いた騎士達が剣を構えようとするけれど、他でもない国王陛下に手で制止されていた。
「これは……何ということだ!嘘の様に呼吸が楽になったぞ!胸の痛みも消えた!長年悩まされた病から解放された気分だ!」
「ディアベルの回復魔法です。こちらのマリエッタ嬢は、ディアベルの心を開き、我々の仲間として招き入れたのです。このディアベルには今や凶暴性はなく、忠犬のようにマリエッタ嬢に懐いています」
「なんと……そのような事が可能なのか!素晴らしいご令嬢だ。……ん?マリエッタ・カッシーナ嬢と言えば、確かパオロの婚約者ではなかったか?」
その名を聞いた瞬間、私の眉間に皺が寄る。同時に王太子も、不快そうに青筋を浮かべた。そんな私達の反応を見て何かを悟ったらしい国王陛下は、第三王子の愚行について説明した私達の話を聞いて激怒した。
「けしからん!そのような者が私の息子とは、実に嘆かわしい!マリエッタ嬢、そなたはあの愚息の為に今まで散々尽くしてくれたと言うのに。本当に申し訳なかった」
「そういうわけですので、マリエは私が幸せにします。結婚の許可を頂けますか?」
スルッと言い足した王太子に、国王陛下が咽せた。
「ゲホっ、ゴホっ、い、いったいなにがどうしてそうなるのだ……!? いや、令嬢やカッシーナ家に対する補償としては悪くない案だが……まさか縁談を断りまくり、女の影すら無かったお前がそんなことを言い出すとは驚いたぞ、レオナルド!そなたの結婚がどれほど急務な課題であったことか。それをこうもあっさりと……と言うか、既に愛称で呼び合う仲とな!? 本当に何があったのだ!」
「ちょっとした一目惚れです」
しれっと言い切った王太子に、私は顔が真っ赤になる。そんな話、聞いてないけど!?
堂々としたレオと恥じらう私を見て、国王陛下は開いて塞がらなかった口を徐々に笑みの形に変えた。
「いいだろう!邪竜を意のままにする乙女とは、正しく戦場の悪夢と称される王太子の妃に相応しい!パオロのような小者には勿体なさすぎる。マリエッタ嬢、パオロに未練が無いのであれば、是非ともこのレオナルドと結婚してやってくれ」
「え、えっと、……未練はこれっぽっちもありませんけれど……」
「ならば問題ないな!結婚式はなるべく急がせよう!王都に戻り次第、式場と神父を用意せねば!いや、その前に馬鹿者を処分せねば。マリエッタ嬢、式はパオロの処分が済み次第進めるとしよう!」
「は、はい……?」
体が回復したからか、テンション高めの国王陛下に気圧されてしまい、私はついつい頷いてしまった。けれど、いくらなんでも展開が早過ぎやしないだろうか。私の戸惑いなど知らずに、国王陛下は私達と一緒にベルちゃんの背中に乗ってきて、レオの指示でベルちゃんはいつの間にか再び王都へ向けて出発していた。
寄り道を経て、漸く辿り着いた王都は殺伐としていた。と言うのも、私の処遇を聞いたお父様が予想以上にお怒りになったようで。親バカなお父様を筆頭にシスコンのお兄様、魔力が異常値を突破した私をお姫様のように崇める魔法使いの皆様方……が集まる魔塔の奇襲により、既に王宮は半壊。泣きべそをかいていた第三王子と恋人のミア、その他取り巻き達は、そんな状況で現れた邪竜の姿に絶望的な表情を浮かべていた。
「お父様!」
怒り狂う父に声を掛けると、ベルちゃんに乗った私を見たお父様は目を見開いた。
「マリエッタ!無事だったか!どれほど心配したことか!お前の後を追跡させた部下から、ディアベルと遭遇した痕跡を残し行方不明と聞いた時は、二度と会えぬものとばかり……」
「ベルちゃんはこの通り、とっても良い子です。問題ありませんわ。ですからここからは私に任せて下さい。お父様ばかりお楽しみで狡いですわ!」
ベルちゃんから降りて笑顔で答えると、隅で怯えていた第三王子が急に私を指差した。
「貴様!ついに本性を現したな!俺の愛しのミアを怪我させただけでなく、邪竜を操り王都を襲うなど、魔女に違いないっ!更には王宮を襲った侯爵の娘だ!誰かアイツを殺せ!」
しかし、その声に従う者はいなかった。何故なら、私の隣には王太子のレオがいたからだ。
「私のマリエを殺すだと?正気かパオロ。私と決闘する気か?」
「あ、兄上!? 何故兄上が、その女と!?」
「学園の成績は下の下。剣も持てず、目下の者に対する行き過ぎた言動。どうしようもない愚弟だとは思っていたが、ここまでとは。このディアベルはマリエの手腕により我が国の友となった。今後は国の為に尽力してくれるだろう。そんなマリエを一方的に断罪し魔女扱いして殺そうなど、お前こそ国を裏切る反逆者ではないか。更には侯爵家を蔑ろにしたことで魔塔のクーデターまで引き起こし、国内の混乱を招いた。父上や私が居ないのをいいことに、好き勝手やってくれたようだがお前はもう終わりだ」
やれやれと肩をすくめるレオを見て、第三王子は声を張り上げた。
「あ、兄上はその女に騙されてますっ!」
しかし、今度は兄の王太子に続き、父の国王までもがベルちゃんの背中から降りてくる。
「この痴れ者が!」
「ち、父上まで!?」
第三王子は驚愕に両目を見開いてワナワナと震え出した。
「お前のような奴は息子でも何でもない。文武どちらもパッとせず、何の取り柄もないお前の為に家柄・学業・礼儀作法・魔力、全てにおいて優秀なマリエッタ嬢との婚約を決めてやったと言うのに。お前にマリエッタ嬢は勿体ない。二人の婚約破棄を認めマリエッタ嬢は王太子レオナルドの正妃とし、第三王子パオロは廃嫡し平民へと降格させることとする。これで"愛しのミア"とやらと身分も釣り合い、誰にも文句を言われず結婚できようぞ。後は勝手にするがいい」
「そんな!? あのマリエッタが、兄上の妃に!? 俺が廃嫡!? 平民に降格!? 父上、あんまりです!お考え直し下さい!」
恐怖に悲鳴をあげた第三王子は、父のマントに縋り付いた。
「考えを改める気は毛頭ない。真実の愛があればいかなる苦境も乗り越えられよう。今後お前の姓は取り上げ、王族を名乗れば不敬罪で死罪とする」
縋る息子を振り払い、国王陛下はキッパリと断言した。
「ひっ!? し、死罪!? 私が悪かったです!反省します! だからどうかお許し下さい、父上!」
「ふん。パオロ、お前は断罪の際、マリエッタ嬢の言葉に耳を傾けたか?一方的に罪を突き付け断罪したのではないか?」
「……っ!」
第三王子が固まる。何も言えないでしょうね。私の話なんて、一言も聞こうともしなかったものね。弁解の余地すら与えず国外追放の馬車に押し込んだんですものね。
「他者に対し行った行為は、いずれ己へと返ってくるものだ。父の最後の教えとして心に刻んでおけ」
それきり国王陛下は、王子でなくなった息子が泣こうが喚こうが二度と目を向けることは無かった。パオロは住む家と当面の生活費のみを渡されて本当に放逐されることとなった。
「ミ、ミア!これからは君だけが頼りだ!幸せにするから心配するな、俺についておいで」
そんなパオロが追い縋るように駆け寄ると、か弱い乙女を演じていたミアは途端にパオロを突き飛ばした。
「顔も並、頭は悪くて愚鈍、性格も悪いアンタの良いところなんて、王子の肩書きぐらいしか無かったのにそれすら失ったのよ!? 誰がそんな男について行くもんですか! マリエッタを追放したところまでは珍しく上手くやったと思ってたのに、この役立たずっ!」
「ミ、ミア……?」
「レオ様ぁ〜」
ミアは小さく咳払いをして髪を整えたかと思うと、ビックリするくらい鼻に掛かった猫撫で声でレオに擦り寄った。
「私ぃ、パオロ様に付き纏われて困ってたんですぅ〜!助けて下さぁい!私、前からレオ様のことが気になってたんですぅ」
しかしレオは、そんなミアに冷めた目を向けた。
「勝手に私のことを愛称で呼ぶとは。どうやら不敬罪で捕らえられたいらしい」
「え……?」
「衛兵!この女を引っ捕らえろ!」
「ちょっと、なんで!?私はヒロインなのよ!全員の好感度カンストさせたんだから、王太子ルートに突入するはずでしょ!? なんで私に靡かないの!? おかしいでしょ!?」
「妙な事を口走っている。薬物使用の可能性も含めて徹底的にこの女を調べ上げろ!場合によっては拷問も許可する!まったく、こんな女に誑かされた者がいるとは。パオロをはじめ、この女に入れ上げた愚か者どもも調査の対象とする」
レオの指揮で、ミアは一瞬にして捕まってしまった。
「嘘!嘘よこんなの!誰か、早く助けなさいよ!」
ミアが取り巻きに向かって叫ぶが、動く者は1人もいなかった。何せ国王陛下と王太子、魔塔の主であるお父様、そして伝説の邪竜を操る私の前なのだ。下手に歯向かえば命が無いのは勿論、自身の家門まで潰しかねない状況。そんなリスクを負ってまで助けようとするほどにミアを愛している者は、1人もいなかったということだ。
「どうして誰も助けてくれないの!?」
「ミア!俺を捨てるのか!? 散々尽くしてやったのに、なんて女だ!」
「うるさいわね!アンタがもっとイケメンで頭が良ければこんな事にはならなかったわよ!」
「なんだと!?この尻軽女が!」
それぞれに連行されながら、まだ喚き合い続けているお馬鹿な方達のことは徹底的に無視をして。レオが、改めて私の手を取った。
「マリエ、カッシーナ侯爵が王宮を壊してくれたお陰で改修もしやすくなった。私達の寝室は一緒でいいだろうか?」
「きゃ、レオったら。気が早いですわ」
「ダメか?ベルも入れるように特大の窓を付ける。ベル用のベッドも置こう」
「本当ですか!?ベルちゃんと一緒に寝起きができるだなんて、最高です!」
「では寝室は一つでいいな?」
「はい!」
「きゃうん!」
いつの間にか寝室の計画までもが決まり、混乱の最中で私達の結婚は確定していた。ベルちゃんが嬉しそうに炎を吐き、邪竜と呼ばれていた事なんて感じさせない愛らしさで尻尾を振り乱す。
国王陛下はお父様に謝罪し、お父様も王宮を半壊させたことを陳謝した。全てはパオロの愚行が原因という事で、魔塔の所業については不問となった。
その後、パオロが貧民街で物乞いをしているだとか、ミアが国外追放の護送中に獣に襲われ死んだだとか、様々な噂が流れたが真偽は定かではない。何はともあれ、私を断罪した元婚約者パオロとその恋人ミアはそれぞれに不幸となり、ミアに傾倒していた宰相の息子や騎士団長の息子、その他の取り巻き達は出世の道を断たれて家門の中で肩身の狭い思いをしてるとか。
そして私はというと。護国竜となったベルちゃんと、国王に即位した夫のレオと共に、可愛い子供達も授かり幸せな人生を送ったのだった。
世界を滅ぼす伝説の邪竜が、前世で溺愛していた愛犬だった場合の悪役令嬢の末路 完