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仕事中のワーク

 何故だ。


 俺は今、殺人鬼と一緒に通勤の道を歩いている。

 何故こいつは俺の隣で白昼堂々と歩いているんだ。昨日一人殺しておいて、なんでそんなに涼しい顔をして表に出られるんだよ。というか何故ついてくる?ついてこないでくれ。俺の保護者じゃねぇんだから。

「あんたは何か目的があんのかい?」

 俺はとりあえず殺人鬼に問い合わせた。

「何もないが」

 などと供述しており。何もないなら俺の家で大人しくしていてくれ。いや、できれば出ていってくれ。散歩目的にしろ、俺の隣を歩く必要はないだろ。帰れ。どっかの巣に。ほら、そこの木の上におあつらえ向きのがあるぞ。

「良い天気だな」

 突然お天気を褒めるな。って思ったがなんだ?俺とお話がしたいのか?ああ、つまり俺についてくるのは寂しいからが理由か。殺人鬼でも人の声が恋しくなる時もあるんだな。だとしたら可愛いもんだ。どれ、相手をしてやろう。

「おう、こんな日は河原でBBQでもやってみたいもんだぜ。お前も興味あるか?」

「いや、別に」


 会話が終わったが?

 なんだよ、俺様との会話がそんなにいやか?ならなぜ天気の話をした。今のは独り言か?

 あ、さては話下手だな?俺と会話はしたいが、どう返せば話が続くかわかってねぇと見受けられる。だったら親切なこの俺が、こいつの大事なコミュニケーション能力を養ってやろうじゃないか。

「つれないこと言うなよ。面白いぜ?お前、何が好きとかあるか?食い物で」




 答えてくれ。

 せめて反応を示してくれ。ガン無視かよ。俺の何が嫌だったんだ。BBQがそんなに興味なかったのか。俺の話題提供が圧倒的にお気に召さなかったのか。俺の予定では好きな食べ物を答えてもらって、それ焼いてやるから一緒にやりに行くか?からの返答次第でまた分岐してってな感じで広げようとしたんだが。


 気まずい。

 無言の時間が続く。コイツが俺の発言に無視を決め込んだ時点で、俺からコイツに話しかける機会は消滅した。俺が喋れない以上、あとはコイツが俺に声をかけることでしか会話は発生しない。

 だが、さっき天気の話をしたということは、いずれはアイツもまた何か言うだろ。その時がセカンドチャンスだ。今度はコイツが気に入りそうな話題でも出してやって話を広げる。それで行こう。

 殺人鬼の好む話題っていうのはなんだ?おすすめの殺害スポットか?効率的な死体処理法か?殺人をするときのこだわりとか?

 こんな町中の大勢の人が行きかう場所でそんな話が出来るか。特にこの辺は昨日の事件現場が近いんだぞ。そんな話題をしていると警察に通報される。良くて精神が疑われるだけで済むが、こっちには殺人鬼張本人がいるんだぞ。下手に注目を集める真似はしたくない。

 仕方ない。コイツの動きを待つか。会話に飢えているなら向こうから会話を切り出してくるだろう。俺はそれを待てばいい。どうせすぐにボソッと何か喋るさ。




 職場に着いたんだが。

 結局あの後、ひとっことも喋らずに歩いてきた。まるで離婚寸前の夫婦並の心の距離すら感じた。俺は会話ができずに心細いというかただひたすら悲しかった。なんで殺人鬼とコミュニケーションが取れないことを嘆くことになるんだ。むしろ安心させろ。

「よぉ、今日も早いな」

 おっと、いつものように上司が声をかけてくる。俺はいつも通り挨拶をして事務所に入る。相変わらずの合成嗜好品の香り。使っていないこっちの身からするとちょっと甘ったるくて不思議な気分になる。別にアダルティな意味じゃないぜ?気が抜けるって意味だ。

 事務所はいつも俺が来るまでに荒らされている。強盗でも入ったか?ってくらいには散らかり放題だ。俺は奥のロッカールームで作業着に着替えてから仕事が始まるまで事務所の整理整頓をする。それが日課だ。

 よし、俺専用の作業着にも着替え、俺の大事なゴーグルちゃんも磨き、右足の義足も軽く点検した。問題なし。さて、じゃあ片づけをしますかっと。


 殺人鬼どこ行った?


 すんごいさらっと消えたな。

 試しに事務所の外を覗いたが既に影も形も無かった。上司が気にしていないってことは俺と上司が会話したタイミングで既に消えていた可能性が高い。野生動物かよ。立派な警戒心だ。アイツなら野に放っても十分生きていけるだろう。おそらく在来種は全て淘汰されるだろうが。

 まあいないんだったらそれでいい。むしろ変に気を使わないで済む。俺は床に落ちたファイルやら出しっぱなしの工具やらを拾い集め、普段通りの場所に戻した。俺がせっせと片付けている横で上司はご機嫌に合成嗜好品を湯に溶かして飲んでいた。部屋中にキツイ甘い香りが充満する。俺はさっぱりした香りの奴の方が好きなんだがな。そもそも合成嗜好品を好んでいないって話は置いといて。


 一通り片付け終わると先輩たちも職場に到着。俺の毎日洗っている服と違って体臭が染みついた作業服に着替える。おかげで事務所の匂いは余計に悪臭と呼べるものに近づいた。俺はこの匂いが大っ嫌いだ。

 だが、先輩も上司も嫌いじゃない。匂いを気にしないという欠点はあるが、人柄は俺の望むものぴったり。よく喋り、よく笑い、よく働く。時に厳しく、時に優しく。

 そして一番重要なこと。俺の欠点を誰も馬鹿にしたことはない。この職場は、俺の天国だ。


 さて、今日の業務は南区でドローン量産工場のレーン修理作業。終わったらその後は事務所で事務作業だ。出発前によく準備体操をして体をほぐしておく。到着後もやるだろうが、準備っていうのは念入りにやっておくに限る。

「昼飯食ったか?栄養補給ゼリーがあるぞ」

 おっと、いつものだな。先輩が配る粉を受け取って、事務所の冷蔵庫の中にあったペットボトル飲料の中に注ぎ込む。後は振って飲めば腹はパンパンだ。満腹感がないと体は動かない。

「じゃ、行ってくるぜ。今日も土産楽しみにしてな」

 俺は軽快に挨拶をすると個人飛行用ドローンを足につけて事務所を飛び出す。飛行用ドローンは立ち止まった姿勢で飛ぶ奴がほとんどだが、俺は違うね。高出力と停止を繰り返し、空中を走るように移動する。こうすると早いんだ。それに爽快感もある。俺みたいに飛行用ドローンを使おうとすると怪我する奴も多いしな。


 こうして俺は作業場に到着して仕事を始める。今日は俺一人しか呼ばれなかったから一人で作業だ。故障した個所を特定、原因の究明、修理方法がわかったら後はちょちょいのちょいで修理完了。

 こう見えても俺はあの事務所トップの整備士だ。機械関係ならなんでもお任せ。おかげで整備点検会社なのに今回みたいな修理依頼も舞い込んでくる。他の有名どころに頼むよりも俺様に頼んだ方が早いし安いし上手い。

 俺を気に入った客は帰り際に決まって土産を持たせてくれる。大体はその工場で作った食品のサンプルだが、今回のドローン工場じゃそうもいかない。鉄なんて齧ったら歯が欠けちまう。今回は雑貨共通券をもらった。数は全員に配るには一枚足りないな。俺はパスするか。特に欲しいもんもない。

 こうしてちゃちゃっと仕事を済ませたら、飛行用ドローンですいすい事務所に帰宅。この短時間でまた事務所は散らかっているから片付ける。

 さて、こっからは事務作業だ。と言っても俺がやるのは片っ端から俺を売り込んで仕事を持ってくること。今日中に追加の仕事が増えることもしょっちゅうある。点検要りますか、整備会社にお困りではないですか、と。


「おーい、また南区の工場だ。今度は菓子が貰えるぞ」

 おっと、ご指名があったらしい。早速俺は事務所を飛び出す。ああ、たまんねぇな。人に求められる感覚。自分のスキルを余りなく使える環境。そして、仕事の合間の仲間との何気ない会話。

 俺の生きがいだ。このために俺は空を走り回る。このために俺は生きている。誰にも邪魔なんかさせねぇ。俺の幸せがここにはある。




「おい、アイツお前の知り合いか?」


 一通り作業が終わり、事務所で休憩中の俺を上司が呼び出す。

 俺が水分補給をしながら上司の見ている方を向くと奴がいた。


 あの殺人鬼が事務所の中でくつろいでやがる。

 なんで中に入ってきた。野生をいきなり失うな。昼間は立派に発動していた野生センサーはどこに行ったんだよ。俺のオアシスを血に汚れた体で汚すんじゃない。ここは俺の縄張りだ。でていけ。

 だが、俺の知り合いには変わりない。上司に一言謝る。

「気にするな。アイツのおかげで書類仕事が結構片付いたぞ」

 いつから居たんだよお前。というか仕事手伝ってたのか。ありがたいけど何しれっと紛れ込んでんだ。この会社、異物が混入しているって訴えられるぞ。異物の中でも特級の害虫が。殺人鬼を働かせてるなんてバレたら全員お縄になるかもしれないんだぞ。やめろ。俺の生きがいを潰すな。


 俺は殺人鬼に近寄ると耳打ちをする。

「頼む。職場には来ないでくれ。何でもするから」

 伝われ、俺の必死さ。仮に俺がお前の共犯者として捕まるのはいいが、ここの人たちに迷惑はかけたくねぇんだよ。頼む、帰ってくれ。


 何も言わずに出ていった。

 出ていけとは言ったがせめて上司に何か言っていけ。

「アイツ帰ったのか?せっかくバイト代用意したんだがな」

 ほら、上司がシュンってなっただろうが。ガラスのハートなんだぞ俺の上司。かみさんに結婚記念日忘れられてすっぽかされて、予約していた店に代わりに俺を呼んだ時に泣きつかれたからな。

 俺はアイツがシャイということにして、バイト代を渡しておくと約束した。もう今日の業務もあと少しなんだ。もう戻ってくるなよ。

 俺は背伸びをすると自分の席に戻った。

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