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その後のアフタータイム

 気まずい食事を終えると、殺人鬼は何も言わずに俺の分の食器まで片付け始めた。キッチンに皿を運ぶと無表情で鼻歌を交えて全部綺麗に後片付けを始める。洗い終わった食器は綺麗に拭いて食器棚へ。何でも自動化のこの時代に、文句一つ言うことなく家事をこなす。

 恋人だったら最高だが、所詮コイツは殺人鬼。俺は今、コイツの全ての行動に理解ができない。なんでこれから殺すつもりの俺の機嫌を取る必要がある?わざわざ後片付けまでやって、二度と使われないであろうキッチンはピッカピカだ。やっぱり殺す気はないんじゃないか?そうだ。そうに違いない。

 俺はキッチンを掃除し終えてこちらに向かってくる殺人鬼に問いかけた。

「なあ、俺の首はいつ切り落とすつもりなんだ?」

「気が向いたらだな」


 こええ。

 今からだとか、明日なとか、そういう答えよりもよっぽどこええ。そうですか、気が向いたらですか。じゃあいつ俺を殺すかなんて天の神様ですら知らないんですね。

 とんだロシアンルーレットだ。俺がコイツの不機嫌ゾーンに足を踏み入れた瞬間爆発する。俺はコイツの存在に怯えながら地雷原を歩き回らなきゃいけない。歩きたくなければこのまま置物のように椅子に座ったままの余生を過ごすか、さっさとタップダンスを踊って死ぬしかない。俺はそのどっちもごめんだ。早く誰かこの地雷原から俺を救い出してくれ。


 いつの間にか俺はソファに座っていた。


 ほんとにいつの間にだ?コイツは手品でも使ったか?俺を瞬間移動させるとはよくできた超能力者だ。

「どうやって俺をどけた?」

「掃除の邪魔だから手で運んだ」

 どうやら俺は知らないうちに二度目の死を迎えていたらしい。コイツの行動が俺を運ぶじゃなくて俺の首を切り落とすだったら、俺は地雷原の妄想をしたままいつの間にか天に登っていた。

 こええ。もう無理だ。今、恐怖の元凶は食事を終えた後の机と椅子とその足元を綺麗に拭いているが、いつ襲い掛かってくるかもわからない。空腹のライオンと一緒の檻の中に入れられた気分っていうのはまさにこの状況通りだ。デッドオアデッド。待っている未来は死しか見えない。緊張で死にそうだ。


 もうやめよう。こんな人生。

 諦めだ諦め。こんな奴にいつ殺されるかわからない状況に怯えて一生を過ごすくらいなら、好きなように地雷原を歩き回ってやろうじゃねぇか。爆発したらそこで終わりだ。俺は満足。よし、それで行こう。

 俺はテレビのリモコンを取るとニュースをつけた。ニュースでは見知った事件が報道されている。

『……の合成食品店の路地裏にて、ごみ箱の中から首が切断された遺体が発見されました。警備ロボの調べによりますと、事件発覚前に一人の男性が付近を通過していたと判明していて』

 ちょっと記憶と食い違う所があるが間違いない。昨日の現場だ。

 だけど俺が見た死体は、殺人鬼が俺と追いかけっこを始める直前までその場で放置していたはずだ。その後、殺人鬼は俺とのチェイスに敗れて気絶。ごみ箱に入れる暇なんてない。

「なあ、お前協力者でもいるのか?昨日の事件現場を片してくれるような奴」

 俺は振り向いてソファの背もたれに腕をかけながら、後ろで掃除をしている殺人鬼に問いかけた。

「いない。俺が目を覚ました後に片付けに行った」

 事件現場からここまで距離あんぞ。きっと俺が眠ってすぐに目が覚めたんだろうな。もし風呂に入っていたら起きたコイツと鉢合わせていたかもしれないってわけか。多分その時俺はホラー映画よろしく叫んでいたな。

 そういえば風呂に入っていないのに、俺の体は清涼感で満たされている。この後にでも入ろうかとは思っていたんだが、どうして昨日風呂に入ったみたいに綺麗なんだろうか。


 ふと、俺は今朝パジャマを着ていたことを思い出す。俺は昨日は何度も言うが風呂に入らずそのまま寝た。着替えもせずにベッドに倒れこんで気絶するように寝た。

 おい、まさかとは思うぞ。

「お前さ、俺の事風呂に入れた?」

「入れといたぞ」

 そんな猫を風呂に入れたか入れてないかの会話じゃないんだが。気づけよ俺。どうして気づかない。気配があったかなかったかの以前の問題だろ。

「なんで風呂に入れたんだ?」

「風呂を沸かしたのはお前だ」

 だからって風呂に入れるまでやるのはなんかおかしくないか?せめて風呂沸きのボタンを止めるとか、寝ている俺を起こすとかあるだろ。散々俺を追い回した殺人鬼に起こされたら俺はショック死するけどな。

 もうこいつの行動原理がわからない。どこのスイッチ押したら何を行動するかなんてわからねぇんだ。なんで殺人鬼が俺の家にいるんだよ。俺が運んできたからだよ。どうやら一番おかしいのは俺の頭らしい。いや、おかしかったのは昨日の俺の頭だ。今の俺は正常だ。


 軽快なインターホンの音が聞こえた。来客だ。

 俺は玄関へと向かおうとしたが、ハッと殺人鬼に目を向ける。殺人鬼は俺を止めるでもなく、じっとこっちを見つめている。お?なんだ?恋か?

「早く行け」

 うっす。いいのか?俺が玄関先の人物に泣きついて、お前の行いを暴露する可能性は考えないのか?いや、考えている目だこれは。コイツは俺が玄関に出て助けを求めても、自分には何も問題ないという顔をしている。それはつまり、俺がどんなに足掻こうとも次の瞬間には助けを求めた相手ごとミンチに出来るという自信の表れだ。

 二度目のインターホン。急かさないでくれ。俺は今、理解不能な男の思考を理解して、危険な爆弾の解除をしようと試みているところなんだ。だが、コイツが行けと言ったならもういいか。それが殺すぞの合図だろうが知ったこっちゃねぇ。俺は玄関の扉を開けた。


『家宅捜索許可が出ています。捜査を開始します』

 家の前で待機していたのは警官ロボだった。ふよふよと浮かびながら俺の部屋に雪崩れ込んでくる。おいおいまじかよ。いくら自分たちが巷で噂の殺人鬼に首を絞められているからって、ノータイムで家宅捜索か。しかも俺は事件現場付近を通りかかっただけだぜ?いや、めっちゃ犯人に関与しているけどな。

 しかし、これはラッキーかもしれない。警官ロボは滅多に壊れない頑丈な兵士だ。ナイフも刃が通らないし、人体改造の馬鹿力で殴ろうが蹴ろうが綺麗に無傷。いくらアイツでも逃げられない。警官ロボは俺の部屋をひっくり返す勢いで捜索する。

 俺は出口に残った一匹に事情聴取された。昨日何か見たか?何かやったか?事件現場付近に不審な物は?どうやって帰った?全てが全て、俺を疑う内容。俺は当たり前に答えた。


 全て殺人鬼のことを伏せて、なるべく矛盾が無いように。


 こええんだもん。

 だってアイツが普通の同居人として振る舞い、警官ロボに何の疑いも持たれずに待機していたら俺の証言一つで牙を剥く。もしもアイツが殺人鬼として取り押さえられたのなら、全部コイツに脅されて言ったで済む話。逃げ道はいくらでも確保しておく。それが俺の生き方だ。

 しかし、一向に犯人発見のサイレンが鳴らない。警官ロボはご丁寧にひっくり返した家具は綺麗に戻しておいてくれる。スキャンもしているはずだが、アイツの髪の毛くらい落ちているだろ?なんで不審サインが点灯しないんだ?というか、なんでアイツの姿が見当たらないんだ?

『住民一名。不審な点無し。ご協力ありがとうございました』

 警官ロボたちは再び雪崩のように出ていくと、捜査協力の菓子を手渡して嵐のように去っていった。住民一名?それって俺の事だけか?それとも中に居たアイツのことか?いや、見つかってたらアイツも事情聴取されるだろ。頭の傷とかどうやってごまかした?どうやって乗り切った?

「うまいなこれ」


 急に出てきていつの間にか菓子奪って食うのやめてくれ。

「え、うまいのか?」

「コロッケビスケット。自然の芋の甘みがいい」

 思わず俺も一口貰う。うん、うまいな。これもまたビールに合いそうだ。


 打ち解けてる場合じゃなく。

「お前、どこに隠れてた?」

「お前が玄関向かった後、一旦外を散歩してきた」

 ベランダ開ける音も何もしなかったけど?忍者?俺は忍者好きだったけど、コイツが忍者なんなら即憧れを捨てるわ。

 殺人鬼は俺の貰った菓子を我が物顔で持って行った。返してくれ。お前の存在のせいで貰った菓子だからお前のもんと言いたいのかもしれないが、返してくれ。

 いつの間にか頭のガーゼと包帯も外している。コイツはほんとに目を外した隙に何でもかんでもやっている。俺も二回とは言わず五千回は死んでいるのかもしれない。

 とりあえず俺も部屋の中に戻ろう。と、思って家の中の時計を見たらいつの間にかこんな時間だ。家宅捜索に結構な時間を使われたらしい。

 俺は仕事へ行く支度を始めた。

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