続きからコンティニュー
一回死んだ。一回死んだよ俺。寝ている間に一回死んだ。殺人鬼を縛り付け、ソファに放置して安心安全。ベッドに倒れこんでグースカピー。俺がそんなのんきな行動やった後、殺人鬼は目を覚ました。そして、俺が全部使って頑丈にグルグルと巻き付けておいたガムテープからどうやってか抜け出した。俺はその間もずっと眠りこけてた。
はい、一回死亡。コンティニュー。どうやら俺は知らん間に人生という名のアーケードゲームにコインを追加投入していたらしい。でないとここで生きている今がおかしい。なんで生きてるんだ?
俺を昨晩遊び感覚で追い回していた殺人鬼は今、俺の家のキッチンで俺を殺さずに優雅に朝飯を拵えてる。鼻歌交じりに上機嫌に。昨日俺が治療した頭の包帯もそのままで。俺がこっそりとキッチン覗いているのは気づいているんだろうか。
その時俺らはバチッと目が合った。
殺人鬼がコショウ取るついでにちらっとこっちに視線をやった時に、めちゃくちゃ目が合った。
しかし、殺人鬼は気にせずに朝飯を作り続ける。なんだ?何の風の吹き回しだ?次の瞬間には俺の首をちょん切って、ケチャップ代わりに血を振りかけるつもりか?
だが、いつまで経ってもアイツはこっちに手を出してこない。もしかして改心でもしたのか?その可能性は大いにある。俺の策に敗れて気絶したアイツは絶体絶命。目が覚めたら刑務所だったなんてのを想像していたかもしれない。しかし、目が覚めるとそこはオンボロアパートの中。拘束されてはいるものの、頭の傷は手当てをされていて自分は警察に捕まっていない。ああ、コイツはもしかして自分を許してくれたのではないかと、それならば自分も心を入れ替えていい人になろうと、殺人鬼は改心したんだ。
ひゅー。俺の狂った行動が、一人の人間の狂った人生を正しちまったか。そいつは最高にクールだ。ならば俺たちの間にいつまでもこんなしけた空気は要らないな。どれ、一つ声でもかけてやるか。
「よお、調子はどうだ?ブラザー」
俺の最初の挨拶は片手をあげて軽快に。そして笑顔も添えて友好的だ。これから最高の仲になるかもしれないんだ。明るく行こうぜ。
返事は帰ってこなかった。殺人鬼の男は炒めている肉の色を確認すると火を止めて皿に移す。そして、俺の冷蔵庫を勝手に漁ると卵をを取り出して、フライパンに割り入れて続けて炒め始めた。
聞こえてなかった訳じゃないだろうな。俺は身に着けているゴーグルの根本を指でかきながら、ちょっと目立つ位置に移動した。そして軽く咳払い。
殺人鬼は全くこっちに視線を向けない。俺は空気か?あ、もしかして死んでるのか?今コイツとコミュニケーションが取れないのは、俺がとっくに殺されているからか?一番可能性あるよな。だって相手は殺人鬼だぞ。普通死んだらコンティニューなんてできるわけないだろ。
俺は自分のほっぺを優しくつねった。いてぇよ。霊体でも痛みってあるんだな。知らなかった。ふと、近くのカレンダーを捲ってみる。問題なく捲れる。へー、俺ってポルターガイストの才があるんだな。これで嫌な奴の家の皿でも割りに行くか。
「邪魔だ」
うおっ、心臓が止まるかと思った。いや、いいか止まってるんだからな。
殺人鬼は出来上がった料理を手にしながら俺を体で押しのけると、そのまま食卓に飯を運んだ。
見えてるじゃねぇか。
なんだ?霊能力者か?殺人鬼で霊能力者ってお前、被害者の魂見放題だな。バードウォッチングならぬソウルウォッチングを趣味にしていそうだ。楽しそうだな。
そろそろ現実逃避をやめるか。俺は生きてる。紛れもなく。
殺人鬼はキッチンに戻るとまるで最初から位置を知っていたかのように棚から即席スープを取り出す。そして、瞬間湯沸かし器のスイッチを入れて器に注ぎ始めた。即席スープを中に入れてかき混ぜると、そのまま鼻歌交じりに俺の横を通って食卓に運ぶ。
俺はコイツのペットの犬かなんかだったか?扱いがソレとしか思えないほどスルーされる。へぇ、二足歩行の犬か。俺って珍しいな。
だから現実逃避はやめるんだって。
殺人鬼は気づけば食卓の席に着いて飯を食い始めている。ほんとマイペースだな。ここはお前の家か?家主を無視して勝手に朝飯作って勝手に食ってんじゃねぇよ。
「冷めるぞ」
え?何がだ?俺は食卓の上を見に行く。そこには二人分の食器が並べられていて、二人分の朝飯が用意されていた。
え?俺の挨拶は無視したのに、俺の分の朝飯は用意してくれたのか?やっぱり改心したのか?あー、なるほど。コイツはつまりあれか。クールでシャイなこんちくしょうってことか。コミュニケーションが苦手なんだな。しょうがない奴だな。俺の話術でお喋りしてやるか。
ご丁寧に普段使いの椅子は俺に残して、殺人鬼は俺が普段デスクワーク用に使用している椅子を引っ張り出してきてそれに座って飯を食っていた。礼儀がなっているかどうかは別だが、どっちも同じような椅子だから気にはしない。
俺も席に着くと飯を食い始める。よく見るとこの肉は俺が昨日貰ってきた一口チキンか。よく炒められていて歯ごたえが生まれている。くー、こりゃビールが欲しいな。
「うまいなこれ。コショウも効いてて最高だぜ」
「そりゃどうも」
お、ようやく俺の言葉に返してくれたな。一応コミュニケーションをとることは出来るようだ。よし、何か話題でも見つけて話してみるか。えーっと、何を話すかなと、そうそう。
「なあ、なんで俺を殺さないんだ?」
改心したってなったらこれだろ。俺は陽気に殺人鬼に声をかける。いやー、どんな返事が返ってくるかね。あなたの行いを見て自分を見つめなおしましたとか言われちゃうのかね俺。
「ああ、殺したいな」
助けてください。
まさかまだ殺す気だったとは思わないだろ流石に。殺す気だったならこの食事は何?俺を陥れるための罠?食べてる最中にスパンッと行く気だったのかコイツは。せめて表情を変えて喋ってくれ。冗談か冗談じゃないのか全く分からん。
思わず俺は食事の手を止めてゴーグルを調節する。別に見えにくくなったから調節しているわけじゃないが、食事の手を止めた言い訳代わりにいじった。いや、見えにくくはなったかな。俺の未来。
「冷めるぞ」
はいはい、言われなくてもわかってますよ。さっきの殺したい発言で食欲が失せたんだよこちとら。なんなんだ俺。試されているのか?なんで?俺なんか特別なことをした?ああ、殺人鬼を家に持ち帰っちゃったよな。そのせいで今のこの変な状況が生まれているのか。誰か助けてくれ。
「だから冷めるぞ」
「わかってんだよそれは」
ついつい俺は怒り口調で返してしまった。だってコイツがやかましいんだ。俺は悪くねぇ。そもそも俺はコイツのせいで日常をひっくり返されちまった訳で、コイツがいなければ今頃普通に過ごしていたはずなんだ。
「早く食え」
「はい、すいません」
直に命令しないでくれ。全て脅しに聞こえる。命を人質に取った脅しに。いや、間違いではないか。この殺人鬼の身体能力だったら今手にしているバターナイフでも俺を殺せそうだもんな。俺は圧力に屈すると食事の続きを始めた。
「うまいか?」
めっちゃ話しかけてくる。
なんで俺の最初の挨拶はスルーしたんだ。何がいけなかったんだ。陽気な挨拶が嫌いだったのか?ブラザー呼びが嫌だったのか?どれだよ教えてくれ。俺が悪かったならちゃんと直すから。
「うまい、っす」
「歯切れが悪いな。本当はまずいのか?」
歯切れが悪いのはお前の全ての言動が理解しがたいせいだ。なんで殺したいのに飯食わせてんだよ。なんで挨拶を返さずに話しかけてくんだよ。なんでさも当たり前のように俺の家で生活してんだよ。
もう言ってやるか?どうせコイツにいつ殺されるかもわからないんだろ。だったら最後に一言くらい物申してもいいじゃないか。やれ。言ってやれ。
「いや、なんでお前俺の家で普通に家事してんだよ」
言ってやった。言ってやったぞ。これで殺人鬼の怒りを買って死ぬんだったら終わりだ。コンティニューは無し。さようなら。だが、理由がわかるんだったら冥土の土産に教えてくれたっていいだろ。さあ、なんでだ?俺を不意打ちで殺すためか?それとも肥えさせてから殺すためか?後者のはなんか食うみたいでいやだな。
「腹が減ったからだ。お前も腹が減っただろ」
お、おう。おう。そうだな。腹減ってたよ。昨日の晩飯食い損ねたからな。
「ちげぇんだよ。そういう理由じゃなくてだな。俺様が言いたいのはなんで殺そうと思っている対象と一緒に飯食ってんだって聞いてんだよ。何が目的だ?」
もう一回、この訳の分からん殺人鬼にわかるように質問した。頼むからもう俺の脳内を頓珍漢な答えで埋めないでくれ。俺の質問の理由を理解してくれ。頼むから。
「腹が減ったからだ」
もうだめだ。俺にはこの先、このゲームを続ける自身がねぇ。