仲介人と私
仲介人と私
水仙くんに枷下くんの紹介を頼んだあと、彼からはしばらく返事がなかった。既読はついていたし、どうしたのかなと少し不思議に思っていると、二日後に唐突に返信が来た。けど、内容は紹介の可否でもなければ、日取りの打ち合わせでもなかった。
『話したいことがあるので二人で会えませんか』
まさかこんな返事が返ってくるとは思わなかった。けど文面から伝わってくる水仙くんの様子は明らかにこの前会った時と違っていて、それが気になったから会ってみることにした。
指定された待ち合わせ場所に行くと、水仙くんがもう来ていることはすぐに分かった。初対面のときから思っていたことだけど、金というより黄色に近い髪色はやっぱりすごくよく目立つ。最初は、ミュージシャンなのかな?と思ったりもしたけど、歌は苦手らしい。
「あ、花恋ちゃん。こっちこっち」
近づく私にいち早く気づいた水仙くんは、笑顔を浮かべて私を手招く。けど、この前会った問のような陽気な感じはしない。
「ごめんなさい。待った?」
「いやいや、気にしないで。会いたいって言ったのはこっちだから。……それじゃ、どこか落ち着ける所で話したいんだけど、あそこでいいかな?」
そう言って水仙くんが指さしたのは、どこの駅前にもありそうなチェーンの喫茶店。私は入ったことがないけど、特に敷居が高そうな感じはしない。頷くと、水仙くんは先導するように私の半歩先を歩き出した。
こういうお店は、どこも基本的に先に商品を受け取ってから席に座るものらしい。店内は平日の昼間とはいっても結構人がいて、席に着くまでには少し待つ必要があった。
席についても、水仙くんはすぐには口を開かない。窓の外に目を逸らして、コーヒーを一口飲む。それで唇を湿したのか、こちらに向き直る。その目は、ついこの間私たち相手に饒舌に喋っていた人とは思えないくらいに鋭い。
「花恋ちゃん。芥原とは、いつから知り合い?」
開口一番に私を菜子ちゃんの話になって、少し面食らう。てっきり枷下くんか菜子ちゃんの話になると勝手に思っていたから。けど、真剣な目を前にそんなことは言えない。
「えっと……高校二年生の時かな。バイト先で知り合って」
「バイト先?じゃあ、学校は一緒じゃないんだ?」
「うん」
「なら、芥原から学校の話を聞いたりは?」
水仙くんは、尋問でもしてるかのように矢継ぎ早に質問をくりだす。私は完全にその勢いに飲まれてしまって、ただ答えるしかできない。
「時々、してた」
「どんな話?例えば、芥原のクラスでの話は聞いたことある?」
「クラスの話……」
これは、いってもいいものなのだろうか。クラスの人をからかっていた、なんて話。本人のいない所で話すべきことじゃない気がする。
けど、悩んでいたその間が、水仙くんになにかを気づかせてしまったらしい。さっきまでの語気から一転、探るように、慎重に口を開く。
「……誰かを虐めてた話?」
「いや、そんな、いじめてたなんてほどじゃない、けど……」
けど、つまりはそういうことだ。菜子ちゃん本人は違うと言っていたけど。水仙くんの方から先回りでそういう表現が出てくるってことは、菜子ちゃんがしていたという「からかい」をいじめとして受け取っていた人がいるということ。私自身ですら、完全に信じられていたわけじゃない。
「……そっか」
水仙くんの口調からは完全に勢いが消えていた。背もたれに深く寄りかかって、カップに口をつける。なにかを観念したような水仙くんと、目を逸らしていた事実に気づいた私の中に、仄暗い沈黙が降りかかった。
「……突然ごめん」
沈黙の中で、水仙くんが先に口を開く。それが今日ここへ呼び出したことへのか、こんな話をしたことへの「ごめん」なのかは分からない。
「芥原が枷下と同じ高校だったのは知ってるんだよね。実は、俺も同じ高校だったんだ」
「そうなの?」
「うん。っても、枷下は知らないだろうけどな。一度も同じクラスになったことがないから。けど、芥原なら知ってるだろうし、少なくとも俺は知ってる。有名だったから。あいつらのやってたことは」
あいつ「ら」。その「ら」に含まれているのは、菜子ちゃんが言っていた今度会う予定の友達のことだろうか。だとするなら、彼らがやっていたということで私が知っているのは一つしかない。クラスの人をからかって、
「芥原があの取り巻き共と虐めて遊んでたのが、枷下なんだ」
「……」
自分のことながら、いい加減往生際が悪い。いつまで「からかう」なんて表現に逃げるつもりだろう。しかも、「クラスの人」って。枷下くんと菜子ちゃんが引き金でこんな話が出てきた時点で、こうなることは分かってもいいだろうに。いや、絶対に分かってる。
そして、水仙くんがわざわざ会ってこんなデリケートな話をした理由も、一つしかない。
「……じゃあ、枷下くんのことは私から断って、」
気を回したつもりだったけど、水仙くんは心外だと言わんばかりに首を振った。
「あ、いやいや。断って欲しいわけじゃないんだ」
「え?」
「実は、この話には続きがあって。……結論から言うと、俺は枷下に芥原を会わせた方がいいんじゃないかと思ってるんだ」
あのとき。ふとした気まぐれで枷下くんに声を掛けたとき。彼は誰が見ても明らかな程に狼狽していて、私とどう接すればいいのかに困っていた。けど、水仙くんから見た枷下くんは、また違った人らしい。
「あいつ、授業とかでは普通に喋ってるんだよ。あいつは女性恐怖症だなんて言うやつもいるけど、女性だから話せないわけじゃないはずなんだ」
水仙くんは、そんなふうに言っていた。曰く、ビジネスライクに割り切れない、距離の近い会話が苦手なだけで、それはきっと高校時代の出来事がきっかけだろう、と。
そして、こう続けた。
「あいつの女性嫌いは克服できるし、した方がいい。そのために、一回芥原と会わせてみたい……と、思ってるんだけど、どう思う?」
最後の一言だけ、水仙くんは自信なさげだった。今日ずっと弱った様子だったのも、返事に時間がかかったのも、そのことを悩んでいたかららしい。その葛藤の現れなのか、水仙くんは私にその案をどう思うかを聞いてきた。今日わざわざ待ち合わせて、あんな話をしたのはこれが聞きたかったからか。
水仙くんが私に意見を聞いてきたのは、私が菜子ちゃんのことをよく知っていると目したからだろうけど、正直私はなにも知らない。枷下くんのことも、菜子ちゃんのことすら、よく知ってるかと言われればそんなことは全くないのに。
「それで枷下くんのためになるなら、それがいいと思う」
けど、私はこう答えた。
なんで?
なんでだろう。
きっと、枷下くんのためじゃない。それよりも、菜子ちゃんが高校時代のことをどう思ってるのかを知りたいからというのが大きい。だから私は、二人を引き合わせる場に同席させてもらうことにした。水仙くんも同席するつもりだったようで、結論としては私、水仙くん、菜子ちゃん、枷下くんで集まることになった。日時は未定。水仙くんが都合のいい日を見繕って、私がその日に菜子ちゃんを呼ぶという手筈。念のためと、菜子ちゃんの連絡先も伝えた。
夜、ベッドで横になっていると、菜子ちゃんから連絡がきた。
『やほー。どんな感じ?』
どんな感じ、というのは枷下くんの紹介のことに違いない。打ち合わせ通りに返す。
『今調整してくれてるみたい。ちょっと待ってて』
それだけ送ってアプリを閉じる。いつもはもう少し話すし、菜子ちゃんもそのつもりだったみたいだけど、今はその気にはなれそうもない。
今まで通り菜子ちゃんと話す時が来るとしたら、それは四人の面会が終わってからだろう。