旧友と私
旧友と私
「かーれーんっ。久しぶりー!」
待ち合わせの時刻から十分後。私の待ち人は後ろから突然現れた。遠慮なく体重を預けて寄りかかられたせいで、体が前のめりになる。
「菜子ちゃん。久しぶりだね。っていっても、半年振りくらい?」
背中に張り付いた菜子ちゃんを引きはがして、正面から向き直る。半年振りに見た彼女は……あまり変わってない。流行をしっかり意識したフアッションに、距離感を意識しない振る舞い、あと待ち合わせに少し遅れてくるところも。
彼女とは高校生のときにバイト先で知り合って、時たま一緒に遊びに行ったりしていた。大学生になってからは連絡をとるだけになっていたけど、この前久しぶりに会わない?と連絡が来て今日に至る。なんでも、新しい服が欲しいらしい。
「それじゃ、行こっか」
菜子ちゃんと遊ぶときはいつも彼女が先導する。ただ、私としてはただそのあとについていくだけでいいから、その点楽だったりもする。今日も変わらず、菜子ちゃんは軽い足取りで歩きだした。
菜子ちゃん曰く、最近の流行りはちょっとだぼっとした感じの服らしい。ズボンスカートをあれこれ試着しながら、そう教えてくれた。菜子ちゃんには、高校生の頃からそういうファッションとか恋愛のことを教わることも多かった。菜子ちゃんがトレンドを教えて、私は定期テストの対策を教えるというトレードが成立していた。
「そういえば、なんで新しい服を探してるの?この前買ったって言ってなかった?」
新たな候補を前にうんうん唸る菜子ちゃんにふと沸いた疑問をぶつけてみる。つい一週間前、そんな報告をしてくれてたはずだった。
「あー、まあそうなんだけどさ。今度飲みに行く予定ができちゃって。あの服着て何度か会ってるメンツだからさ。同じ服着てくわけにもいかないじゃん?」
「飲みにって、合コン?」
「んや、高校の時の友達と。久し振りにみんなで集まろうってことになって」
「ふぅん……」
その友達というのは、おなじ高校に行ってた人たちのことだろう。話だけはきいたことがあるけど、一度も会ったことはないし、顔も分からない。紹介しようとしてくれたことはあったけど、断ってしまった。
なんでも、菜子ちゃんと彼女のグループは、同じクラスだった人をからかって遊んでいたらしいのだ。毎日のように絡んでは、色々やっていたようだ。バイトで顔を合わせれば、かなりの確率で一度はその話になった。今日はこんなことをしたとか、反応が面白くてやりがいがあるとか。
一度、どうしても気になってそれとなく確認したことがある。
「ねえ、それって……いじめじゃないの?」
かなり勇気を出しての質問だったけど、菜子ちゃんは気を悪くした素振りもなく、あっけからんと答えた。
「え?違う違う。全然いじめなんかじゃないよ。ちょっとからかって遊んでるだけだから」
私はその言葉を信じてる。いや、疑う勇気がないだけかもしれない。とにかく、それで菜子ちゃんと縁を切ったりはしなかった。けど、その一緒にからかって遊んでるという友達に会う気にはなれなかった。
「あ。ねえねえ、これどう思う?」
四回目の試着をしていた菜子ちゃんがカーテンの向こうから姿を現した。ちょっと首をひねって、持てる僅かな知識とセンスを総動員して考える。
「……うーん、いいと思う。けど、さっきのもよく似合ってたと思うよ」
「あ、やっぱり?どうしよっかな……」
菜子ちゃんは再び黙考タイムに入った。
……そういえば、大学生になってからあのからかわれてた人の話を聞いていない。大学はみんな別々になったようだけど、明日の集まりには呼んでいるのだろうか。一緒に遊んでたというなら、呼んでもよさそうなものだけど。
「……よし、両方買っちゃお!」
結論が出たらしい。レジに向かっていく菜子ちゃんを見送りながら、今湧き出た疑問をそっと脇に捨てた。
なにもわざわざ藪をつつく必要はない。私にとっては顔も名前も知らない他人なんだから。
かなりの時間をかけての買い物になったので、お昼にしようという流れになった。フードコートに向かい、ちょうど空いた二人席を確保する。
「菜子ちゃん、先に買ってきていいよ」
そう送り出して数分、予想通り菜子ちゃんは野菜多めで炭水化物少なめの、いかにも女性誌に紹介されていそうな料理を運んできた。彼女はこういうところでも気を抜かない。敢えて先に行ってもらって正解だった。これで私が先に行って好きなものを頼んでいたら、窮屈な思いをするところだった。
「それじゃ、行ってくるね」
席を立ってすぐ、居並ぶ店に目を走らせる……菜子ちゃんが選んだのはあそこか。女性客が何人も並んでいるから分かりやすい。
しかし、なんでみんなこういう店を好むんだろう。ベジタリアンでもないのに。カロリーとか足りてるのかな。そんなことを思いつつ、私もその女性客の列に並んだ。
長いものには巻かれよ。
菜子ちゃんが注文していたのは、「たっぷり野菜とフルーツのヘルシープレート」というものだった。私もそれを頼んで、席に戻る。菜子ちゃんはもう食べ始めていた。
「お待たせ」
「んー。あ、花恋もそれにしたんだ」
「うん。見てたら美味しそうだったから」
「そうそう、ここの店美味しいって有名なんだよ」
「そうなんだ」
……うん、食べてみれば確かに美味しい。足りる気はしないけど。
しばらくお互い無言で箸を動かす。けど菜子ちゃんは先に食べ始めていたから、私よりも先に食べ終えてしまう。後片付けも済ませると暇になったのか、話しかけてきた。
「そういえばさ、花恋は遊んだりしないの?」
ここでいう「遊ぶ」というのは今しているような遊びとは違うもののことだろう。
「あー……そういえば、最近友達に誘われて合コンみたいなのには行ったよ」
誘われた、というよりほぼほぼ拉致だったけど。なんでも、人数が足りなかったとか。二人がかりで謀って私を連行した彼女らを、私はまだ許していない。
「え、マジ⁈いい人いた?」
「うーん……」
正直、そんな冷静に相手を見れてなかった。お互い三人ずつで、主催らしい人は随分こなれた感じがした。話も上手くて、私を連れてきた二人もずっとその人と話していた。もう一人は私と同じくドギマギしているのが手に取るように分かった。拙く話すさまを親近感を抱きながら見ていたのを覚えている。もう一人は……。
「いい人、とはちょっと違うと思うけど、不思議な人はいた」
あの人は、思えばあの場で殆ど話していなかった。僅かに聞いた声といえば、名前と大学名だけの自己紹介と、「なにか飲みたいものはありますか?」の一言くらい。そのあとは、私たちが話を振ろうとするたびに逃げられていた。気になって席を外したときに声をかけてみたけど、その時も殆ど話せなかったし。
なにが変って、あの人は、話さないことを意識的に隠しているように見えた。給仕をする振りをして。それを指摘してみたら動揺していたし、意識にやっていたのは間違いない。もう一人の不慣れだった人や私は、曖昧に笑って相槌を打つことで誤魔化していたし、それが普通だと思っていたのに。
「えーなにそれ、珍しい」
こういうのに慣れてるはずの菜子ちゃんにとっても、やっぱりこれは普通じゃないらしい。あの場にいた人は誰も気にしてなかったみたいだけど……いや、それは単に私が暇を持て余していたからより目についた、ということなのかもしれない。
「やっぱり変だと思う?」
「禄に話せない奴は偶にいるけど、そんな奴はそもそもなに飲むかとか聞いてこないし、なんかちぐはぐな感じ。話せるのか話せないのか」
「私もそう思って気にしてたんだけど、その人二次会にも来ないですぐ帰っちゃって、結局なにも分かんなかった」
「その人、名前はなんていうの?」
「えっとね……」
あの人は名前も印象的で、聞いたことのない名前だった。確か……、
「枷下……悦啓くん、だったかな」
「え?枷下?」
菜子ちゃんの表情が一瞬で変わった。
「もしかして知り合い?」
「知り合いもなにも、」
菜子ちゃんは、まるで何か楽しいことを思い出しているかのような笑顔で続ける。
「前にも話したことあるじゃん。高校で遊んでた奴だよ。枷下って」