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私と悦啓

私と悦啓

 悦啓から話を聞いてすぐ、悦啓を合コンに連れ出した下手人を探すことにした。悦啓は個人名は出さなかったけど、そんなことをする奴には心当たりがある。何故ならそいつは私が悦啓に紹介したんだから。その性格は私がよく知っている。そして行動パターンも。

スマホを起動し、インストール済みのSNSを全て起動する。今日あいつは大学に来ていないだろう。出なきゃいけない講義もないし、なら当然遊び歩いているはず。そしてあいつはSNSをよく使う。大してフォロワーもいないのに、報告書のように律儀に自分が今なにをしているのかをアップする。このうちのどれかになにかしら投稿してるはずで……いた。つい三分前、タピオカの写真を投稿している。ご丁寧に場所の説明付きで。隣駅なら、今すぐ行けば捕まるだろう。

次は授業があるけど、こちらが優先だ。駅に小走りで向かう。


果たして、水仙は駅前ロータリーのベンチに座っていた。最早黄色にも見える髪色はやっぱり目立つ。多分、近くの露店でタピオカを買ったあと、そのまま飲み始めたんだろう。あわよくばインスタ映えを狙う女子達をナンパしようとでもしてるのかも知れない。なまじっか顔がいいせいか、あいつのナンパはそこそこ成功率が高い。

「……あ、水仙(すいせん)じゃん。なにしてんの、こんなところで」

 さすがに探してきたとなると怪しまれそうなので、偶然を装って声をかける。水仙は私を認めると驚いたのか少し目を丸くした。咥えたストローがズゴッと音を立てる。

「蛇沼。なにしてんのはこっちの質問だよ。今講義の時間だろ?」

「ちょっと急ぎの買い物にね。あんたはタピオカ?よく飽きないね」

「いや、ちょっと飽きつつある」

 そういう水仙の顔は僅かに歪んでいて、どうやら本当に飽きているらしい。

「じゃあなんでまだ飲んでるのよ」

「いや、あんだけ並んでたらちょっと興味出ちゃうじゃん?」

 そういって目をやった先の露店には、平日の日中だというのに長蛇の列ができている。あれが流行ったのはもう何か月も前だった気がするけど、まだあれだけの人気があるのは不思議だ。そんなに美味しい?

「……そういえばさ、悦啓を合コンに連れ出したんだって?」

 しばらく二人して列を眺めた後、それとなく本題を切り出す。

「ん?……ああ、もしかしてその話しにきた?」

「えっ」

 見透かしたような一言に一瞬思考が止まる。こいつ、こんなに鋭かったっけ。

「……別に。たまたま思い出しただけよ。で、どうなの?」

「確かに連れ出したよ。それがどうかした?」

「今後、ああいうことは二度としないで」

「なんで?」

 かなり語気を強めて重々しく言ったはずだけど、隣に座る水仙にこの雰囲気が伝わった気配はない。口に咥えたストローを唇で上下に動かし、あらぬ方向を見ている。こんな奴に、どこまで悦啓のことを話していいんだろう。……でも、なにも話さないという訳にもいかないのかもしれない。

「悦啓は……昔色々あって、女性が苦手なの。だから、無理に女性と会わせるようなことしないで。女性恐怖症みたいなものなの」

「女性恐怖症、ねえ……」

 相変わらず水仙の語気には緊張感がない。どころか、どこか揶揄するような気配すら感じる。

「ちょっと、ちゃんと聞いて、」

 思わず向き直ると、こちらを見ていた水仙と目が合う。その目は初めて見る目で……なに、この目は。

 ただならぬ雰囲気を纏ったまま、水仙が口を開く。

「その割に、蛇沼とは普通に話せてるみたいだけど?」

「私は大丈夫だけど、他の人はダメなの」

「なんだそれ」

 明らかに、水仙の口調に笑いが混ざった。そう感じた途端、そうとしか聞こえなくなった。無責任に一方的な呆れを含んだ嗤いが私の中をこだまする。

 なにその笑い。。こっちの事情なんてなにも知らないのに。なにもできない、なにもする気がない外野の癖に。なのになのになんでなんで、

「あんたには分からないわよ!」

 瞬間、周りの空気が変わった。それに気づいて初めて、自分が立ち上がって怒鳴ったんだと分かる。周囲の視線も集めているようで、一旦冷静になってしまうと静かに座りなおすしかなくなってしまう。

 突然怒鳴り散らした私を水仙はなにも言わずに見つめている。けど、私はもう彼の顔を見ることができなかった。俯いて、言い訳がましく呟く。

「……あなたには分からないのよ。あなたにも、他の人にも」

 そう、誰にも分からない。私のことも、悦啓のことも、私たちの関係性も、私たち二人にしか分からない。理解者なんていないし、要らない。悦啓は味方や、理解者を求めていたようだけど、私はそんなものとうの昔に諦めていた。

 小学二年生の時に知り合った頃から、悦啓は気が弱かった。クラスの男子たちにからかわれることもしょっちゅうだった。からかわれる度、悦啓は確かに傷ついていた。

 でも、傷ついて、それで泣いたりできるなら、まだそっちの方がよかったのかもしれない。悦啓は、中途半端に強かった。毎日のようにからかわれても、自分の中にある小さなプライドと、お父さんやお母さん、先生のような周囲の大人への気遣いから平気な振りをしてしまえる程には。そのことに気づいたときには、幼いながらにも尋常ならざる危機感と不安を覚えた。彼が傷ついていることに、誰も気づいていない。せめて私だけは彼を守らないと、すぐに壊れてしまう。そう決意したのは、小学四年生の頃だったと思う。

 幸いなことに、その幼い決意は小学生の内は通用した。幼馴染の出てくるラブコメの回想シーンにあるように、悦啓がいじめっ子に囲まれている所に大声をあげながら突っ込んでいじめっ子達を蹴散らして、邪魔された彼らは捨て台詞を吐きながら逃げていって──そんな素直なやり方で来てくれるのなら、私さえしっかりしていればどうとでもなった。

 それが通用しなくなったのは、高校生になってから。中学生の頃は案外平和だったけど、クラスの中でも比較的分別のついていた子が名のある高校に進学して、あとに残された連中は、コンプレックスがあったのか知らないけど、とにかく地獄絵図になってしまった。私が怒鳴り込んでも解決しないタイプのいじめに、悦啓は巻き込まれてしまった。

 その中で音頭を取っていて、一番積極的だったのが、とある女子グループだった。あの連中は、声を上げられない悦啓の足元をしっかり見定めて、尚且つ私も手出しができないような手段とタイミングで確実に悦啓をいたぶっていった。私が隠されたせいで提出できなかったプリントについて担任に釈明している間に、悦啓は教室の角に追い込まれ、囲まれ、囃し立てられ、連中のなすがままになっていた。しかも、その女子グループには悦啓が中学生の頃に時たま話していた女子も加わっていた。それが悦啓へのダメージを一層強くしていた。

 こんなことが三年も続いた。そして悦啓は、それを三年間耐えてしまった。両親にも、担任にも、私にも相談せずに。

 一体何回、「他の人に相談しよう」といいかけたことだろう。でも言えなかった。悦啓の望まないことを言って、あの連中と同じ悦啓の敵だと見られるのが怖かった。悦啓も悦啓との仲も両方失いたくなくて、明らかに悦啓は弱ってるのになんで周りの大人は全く気付かないんだと悦啓の両親や担任を自分を棚に上げて恨んだりもした。

 結局、私達にできたのはお互いの惨状に目を瞑って、身を寄せ合いながら嵐が過ぎ去るのを待つことだけだった。高校三年になってからは、あの連中の来ないような大学に行って環境を変えるため、お互い授業ノートを紛失した状態で受験勉強をした。

 そして二人共無事に新天地に来れた以上、二度と悦啓を前のような状態に陥らせないよう私はできる限りのことをした。すっかり他人、特に女性に怯えるようになってしまった悦啓の分まで人脈を広げて、私を介して少しずつ人間関係を築けるようにした。あの連中や、それに似たタイプの人間が悦啓に近づかないよう四方にアンテナを張り巡らせた。

 水仙を悦啓に紹介したのは、彼がチャラいからだった。彼は交友関係も広いし、なにより大学生活の第一目標を女遊びに掲げていた。だから悦啓一人に必要以上に興味を持たないんじゃないかと思って引き合わせたけど、まさかそれが裏目に出るなんて。

「……なあ、」

 おずおずとした調子で水仙が口を開く。その声で我に返った。

そうだ、今は悩んでる場合じゃない。こうなってしまったのなら、これ以上悦啓が苦しまないようにするのが先決だ。

「……ごめん。怒鳴ったりして」

「おい、蛇沼?」

 仕切り直しの意味も込めて、勢いよく立ち上がる。見下ろした水仙の目は、もうさっきの不思議な目ではなくなっている。けれど、私の脳内にはさっきの見透かすような目や取り乱してしまったことが思い出されてしまう。

「とにかく、悦啓にこういうことするのはもうやめて。それじゃ」

 仕方なく一方的にそうまくしたてると、水仙がなにか言い返す前に逃げるように立ち去る。これ以上ここで水仙と問答してると、また取り乱してしまう気がした。


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