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僕の新天地

僕の新天地

 大学生活では、自分から動かないと駄目だと言う。講義は自分でどれを受けるか選び、友達も自分から作ろうとしないといけないんだとか。そう聞いたときは不安でしかなかったけど、入学から約半年経った今、僕の大学生活は概ねうまくいってるんじゃないかと思う。といっても、

「よお、(えつ)(ひろ)

背中になにかがぶつかる。前につんのめりそうになるけど、肩に回された腕がそれを食い止めてくれた。金髪を小綺麗に整えた、いかにも大学生って感じの男が僕にもたれかかるように絡んでいた。

「わっ……なんだ、びっくりした。水仙か」

 水仙は、僕が大学生になって初めてできた友達だ。確か今日は僕と同じ授業を受けるはずで、だからこんな朝早くに大学まで来てるんだろう。彼は基本的に授業をサボる。来るのは、誰か友達がいるときだけ。それだって、遊びに誘うのが目的だ。僕も何度か誘われるけど、大抵女性絡みなので殆ど断っていた。女性は苦手だ。

「悦啓さ、今日は何限まである?」

「三限。ってか、同じ時間割でしょ」

「そうだっけ?」

 そういってわざとらしく頭を掻く。彼はいつも飄々とした態度を崩さない。いや、ただ単に馬鹿なのかもしれない。

「僕が授業あるって知ってたから来たんでしょ。じゃなきゃ、こんな朝早くに来るわけないし」

「バカお前、俺は皆勤だぞ」

「ダウト。昨日の二限にはいなかった」

「残念。あの授業は出欠を取らないから、公的には欠席じゃないんだな、これが」

「…………」

 真正の馬鹿なら、その授業が出欠をとるかなんて確認しないだろう。やっぱりただの馬鹿ではないのかもしれない。よくわからない。

「ところでさ、明日の土曜って空いてる?」

 やっぱり。彼の話はすぐに遊びの話に移った。

「空いてるけど、なんで?また女遊び?なら僕はパスだよ」

「違う違う。一緒に飯行こうぜ」

「ああ……それならいいよ。何時にどこ集合?」

「えっと……」

 彼はスマホを操作すると、時間と駅名を告げて、通りがかった別の友達に絡みに行った。

「……?」

 そんな水仙の様子に、微かに疑問を覚える。

 前に彼と二人で遊んだときは、二人で都合のいい時間を相談して決めていた。けど明日に関しては前々から時間が決まっていた様子だ。なんでだろう。聞いてみたいけど、彼はもう別の友達と話している。友達の友達というのはとても気まずい。僕にあの中に混ざるだけのコミュニケーション能力はなかった。


 次の日、指定の場所に指定の時間で待ち合わせると、僕は水仙に引っ張られるままにチェーンの飲食店に入った。示し合わせていたようにスムーズに通された席は六人掛けの大きな席で、男が一人で座っていた。どこかでみたことがあるような……あ、この人、昨日見かけた水仙の友達だ。けど、名前は知らない。話したこともない。なんでここに?けど、考えていることは向こうも同じらしく、曖昧に笑って会釈をしてきた。こちらもとりあえず会釈を返す。

「おい」

 全てを知っているであろう主催者に耳打ちする。

「ん?」

「これってなんの集まりなんだ?」

「なにって、合コンだよ、合コン」

「……は?」

 合コン。聞いたことはある。男女で集まって、なんかこう、色々ワーッてやるやつだ。その存在は確かに聞いたことがある。けれど、それが今日、僕も巻き込んで開かれることは聞いていない。

「聞いてないんだけど?」

「言ってないからな。知ってたら怖いわ」

「……いやいやいや」

 すっとぼけたことを抜かしてる場合じゃない。睨みつけて無言の圧力をかけると、水仙はいなすようにひらひらと手を振った。

「悪い悪い。ほんとはこんなことするつもりじゃなかったんだけど、先に声かけてた奴が急に来れなくなって、急いで穴を埋めなきゃならなかったんだよ。けど空いてる奴がお前しかいなくてさ。でも、普通に言ったらお前、絶対に断るだろ?」

「あのなあ……」

 いわんとすることは分かるけど、それが騙して連れ出すことを正当化できるわけがない。

「あ、そろそろ女子達が来る頃だ。ほら、席に戻って。今度飯でも奢るから」

 不穏な気配を察したのか、これ見よがしに時計を確認すると、有無を言わさず僕を席に押し戻す。果たして女性三人が連れ立ってやってきて、これ以上糾弾できなくなってしまった。


 今日の合コンは、男三人と女三人の計六人で、女性陣は全員他所の大学の人ということだった。自己紹介のときに言ってくれていたはずだけど、名前すら覚えていない。自分がちゃんと名乗れたのかさえも。

 女性は苦手だ。はっきり言って、恐怖しているとさえいっていい。いや、授業の中でディスカッションするとか、そういうのならいい。ビジネスライクに徹するなら、まだどうにかなる。けど、世間話だとか、談笑するとなるともう駄目だ。

 多分、僕が本当に恐れているのは、女性そのものよりその笑顔だ。態度だ。距離感だ。僕は確かに憶病で、人付き合いも得意ではないけど、別に僕じゃなくたって、得体の知れないものは怖いはずだ。僕が恐れているのは、その得体の知れなさだ。

 僕には分からない。その笑顔の意味も、何気ない一言に込められた真意も、当たり前のようにする行動の理由も、なにを感じて、なにを考えているのか。それは女心が分からないとか、そんな生易しいものじゃない。

 僕には、殆どの女性が同じ人間には見えない。

 こんな集まりにくるくらいだから、女性たちは三人ともよく喋った。まだ序盤で、品定めの意味もあるのか、僕たち三人に順番に話を振っている。水仙は流石に慣れているようで、適度にジョークを織り交ぜて小気味よくトークを盛り上げる。それだけの技量があるなら、わざわざ人数合わせに僕を連れ出さなくてもいいだろうに。一人分くらいの穴ならどうとでもなりそうだ。けど、その隣に座る水仙の友達はそうもいかないらしい。中途半端に笑顔を浮かべてはいるけど、口は出さない。わずかに唇を動かしては、愛想笑いを張り付け直している。彼も、こういう場には不慣れなのだろう。そんな彼にも、とうとう御鉢が回ってくる。当事者でもないのに、彼の緊張が伝播して僕の体まで強張る。

 どうしよう。どうしよう。助けて。

 水仙の友達の不慣れなトークは、そう長くは続かない。女性たちの相槌からどんどん熱が失われていく。あの冷気を次に浴びることになるのは僕だ。

 なにか。なにかないか。この先の惨劇を止める方法は。

 辺りを見回す。そういえば、自己紹介からここまでとんとん拍子で来たせいで、テーブルの上には最初に配られたお冷しかない。どうやらこの店は完全セルフサービスのようで、なにを飲むにも食べるにも自分で取りに行かなくてはならない。これだ。

 水仙の友達が口をつぐみ、みんなの視線が僕に向けられようとしたまさにその瞬間、機先を制するように口を開いた。

 肉を切らせて骨を断つ。

「そういえば、まだなにも頼んでないね。僕がなにか持ってくるよ。……なにか飲みたいものとか、ありますか?」

 敢えてこちらから仕掛ける。ペースをつかまれる前に僕のペースに持ち込む。多少他人行儀にはなるけど、こうしてしまえば全く話せなくなるなんてことはないんだから。

「あ……えっと、じゃあ……」

 女性たちは若干戸惑っていたけど、無事オーダーを聞き出すことに成功した。誰かに横やりを入れられる前に素早く席を立つ。通路側の席で本当によかった。あとは、なるべくゆっくり給仕をして、時間を稼ぐ。沈黙に耐えかねて誰かが別の話題を出すまで。そう時間はかからないだろう。あとは、水仙の友達のように空気になっていればいい。時々給仕に席を立てば、この場はしのげるはずだ。

 我ながらあっぱれな機転だ。

 計画は上手くいっている。僕はこの場で殆ど口を開いていないけど、話を振られるでもなく、かといって露骨に疎まれることもなく、いい感じに空気になれている。僕が何度も席を立つせいで話しかける機会を失えば、誰も僕に話しかけようとはしない。それに、僕がいなくても場の空気は凍らない。いつのまにか六人の役割ははっきりと分かれていて、会話を弾ませる四人、それを半歩下がって見守る一人、半歩後ろと蚊帳の外を行ったり来たりする一人の構図が出来上がっていた。そして、行ったり来たりしながら四人の話を盗み聞く限り、この場はあと一時間程でお開きになるようだ。あと一時間の辛抱。このままいけば、そう長い時間でもない。また何度目かの給仕のために席を立つ。

「あ、ごめん、ちょっといい?」

 僕が席を立ったタイミングを見計らったように、談笑に興じていたはずの一人も動き出した……何故?まさか、目をつけられた?

 背筋に汗を垂らしながら、気づかないふりで席を離れる。思わず足が速くなった。

 いや、大丈夫だ。落ち着け。多分トイレだ。このまま歩いていけば、通路は二手に分かれる。トイレならそこで曲がるはずだ。数歩後ろの気配を背中で感じながら、声を掛けられないよう祈りながら歩く……果たして、気配は分かれ道のところで消えた。

「……ふぅ」

 バイキング形式で料理が並ぶ一角まで来て、肩をなでおろした。危なかった……まさかあと少しで乗り切れるというところで、こんなにヒヤヒヤさせられるなんて。心臓に悪い。

 僕がここにきたのはつまめる軽食がなくなったからで、その補充はすぐにできるけど、しばらくはここにいるほうがよさそうだ。帰りがけにまた出くわしてしまったら、今度こそ乗り切れる気がしない。盛り付け終わったお皿を持ったまま、意味もなくウロウロと歩き回る。バイキング形式を取っているだけあって、ラインナップは豊富だ。僕の好きなものもかなりある。ナポリタン、水餃子、鰹のたたき、豆腐のお味噌汁、鶏の唐揚げ、トマトとチーズのピザ、デザートコーナーにはチョコ、苺、そしてまっ、

「あ、あの抹茶のケーキ、美味しそうだね」

「⁉」

 すぐ耳元で声がした。僕の横からにゅっと伸びた手が、今まさに僕が見ていた抹茶のケーキを指している。

枷下(はさした)くん、だっけ。あれも持っていかない?」

 誰だ。

「あー、でもこれも美味しそう」

 三人いた女性のうちの一人だ。

「悩むなぁ……全部貰ってっちゃおうかなぁ」

 なんでここに。四人で盛り上がってたはずじゃないのか。

「よし、貰っちゃお」

 さっきトイレに立った人か?

「あ、一応言っとくけど、全部一人で食べるわけじゃないよ?その辺はちゃんと……枷下くん?」

 分からない。どうしよう。どうすればいい。あと少しだったのに。逃げる?逃げられない。誤魔化す。なにか言わないと。なんて言えば、

「もしもし?枷下くん?大丈夫?」

 目の前でひらひらと手が躍っていた。いつの間にか迷走していた焦点がその手に定まる。その人は怪訝そうに僕の顔をのぞき込んでいた。

「……あ」

「そんなに緊張しないでよ。私だってちょっと緊張してるのに」

 その人はそう言って笑うと、僕の手からお皿を取り上げる。落としそうだとでも思われたのかもしれない。

「あ……ありがとう、ござい、ます」

「なんか、さっきと全然口調違うね。ちょっと違和感」

 彼女はくすっと笑うと席に戻っていく。僕はこれ以上時間稼ぎもできなくて、仕方なくその二歩くらい後ろをついていく。

「……そういえば、」

 もうすぐ席というところで、彼女は突然立ち止まる。

「枷下くん、今日ずっと私たちのこと避けてない?料理取りに行くふりして」

「え……」

 ばれていた。いや、傍から見ればわかりやすかったのか。完璧だと思っていた計画は、今しがた破綻した。けれど、彼女は怒るつもりはないようで、「当たりだ」と呟くと席に戻っていった。

「あ、やっと戻ってきたー。どこ行ってたの?」

「ごめんごめん。美味しそうなケーキがあってさ。みんなで食べない?」

 やっぱり、彼女はあの時トイレに向かっていた人で間違いないようだった。


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