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私の猜疑心

私の猜疑心

 悦啓にアルバイトを紹介した女の正体は、ありがたい偶然のおかげで分かった。ついでに、その名前も。そこまで分かれば、あとはそう難しい話じゃない。

 最近はSNSがかなり浸透してきていて、大学生ともなればそれを利用しているのはほぼ全てだ。そして、友人同士のやり取りも多いSNSには、その匿名性がかなり低いものもあった。

そんなSNSの一つに蟹沢という苗字を打ち込んでみると、見事にヒットした。珍しい苗字のおかげで、すぐにそれがあの女のものだと分かった。

 とはいっても、そのアカウント自体は大した発見にはならなかった。投稿がかなり少なかったからだ。他の投稿への反応くらいしか動きがなかったから、多分友人に始めるように言われて半ば見る専のような形で使っているんだろう。けど、それならそれで使い道がある。

 そのアカウントと繋がりのあるアカウントを見てみると、全て同年代の、特に女のアカウントだった。これが蟹沢の友好関係と見ていいだろう。それら一つ一つを見ていくと、あまり情報の掴めないアカウントもあれば、当然おしゃべりなアカウントもあって、そこから更に情報を得ることができた。大学名、フルネーム、在籍サークル、おおよその行動圏、交友関係。これだけ分かれば十分すぎる成果だった。

 あとは、本人の近くで調べればいい。

 とはいえ、どうやって近づこうか。私一人で動くと怪しまれやすくなる。なんとかして隠れ蓑を用意しておきたいところだった。

 少し考えた末、ふと思いついて蟹沢とその友人の一部がよく反応しているサークルの公式アカウントを見てみる。そこは『インターカレッジ』を謳っている他は至って普通のスポーツサークルだけど、その投稿を見る限り、実態は公然と遊ぶためにそれっぽい名前を名乗っているというだけの、これもある意味では普通のサークルらしかった。

 私はこれを使うことにした。

 私が籍を置いているサークルにも、これに似たサークルが幾つかあった。そこから何度か来た誘いは今のところほぼ全て断っているけど、私の方から誘いを出してみよう。あの連中に飽きるという概念はないだろうし、まず間違いなく釣れる。ついでに貢献度稼ぎにもなるだろうし、一石二鳥だ。

 サークルの部長に打診してみると、案の定すぐに食いついてきた。相手に連絡さえしてもらえれば幹事は私がやると言ったのも効いたのかもしれない。そして、それは向こうも同じだったようで、取り敢えず集まってワイワイやるということだけが確定すると、具体的な計画は私に一任された。こうなれば、あとは私の好きなように日程やメンバー、場所を取り纏めることができる。ここまで、驚くほど順調だった。


 八月も終わりが見えてきた土曜日の午後、私は蟹沢の大学の近くあるレストランにいた。ここが私が設定した『親睦会』の会場で、もうすぐ参加者が集まって来るはずだった。

 今日の参加者は二サークル合同というのもあってかなりの人数になる。けれど、その参加者名簿には蟹沢の名前はなかった。都合により不参加ということらしい。本人を直接探ることはできなくなったけど、それでこの集まりが無意味になるわけではない。蟹沢の友人が何人か来るであろうことはもう確認済みで、顔も把握している。まずはその友人に近づいてある程度の探りを入れるのが今日の目的だった。

「蛇沼さん。早いね」

 集合時刻の十五分前、二人組の男が席にやってきた。一人はうちのサークルの部長で、もう一人は相手方の部長だろう。立ち上がって出迎える。

「初めまして。今日の幹事をします、蛇沼です」

「こちらこそ。君は一年生だよね?それなのに幹事なんて、凄いね」

「いえいえ。最近は忙しくてなかなかこのサークルに参加できてなかったので、その埋め合わせです」

 愛想笑いを交えて軽く挨拶を済ませると、部長二人組を席に促して、他のメンバーが集まるのを待つ。定刻が近づくにつれて見知った顔と見知らぬ顔がぞろぞろとやって来て、席は定刻から五分も過ぎないうちに全て埋まった。あらかじめマークしてある顔がその中にあることも確認できた。

「それじゃあ、合同親睦会を始めます。まずは軽く挨拶を」

 店から借りておいたマイクが二人の部長の手に渡る。二人が似たような挨拶を終えると、そのマイクは私の手元にやってくる。

「今日はお集り頂きありがとうございます。私は幹事の蛇沼です。注文など、なにかあれば私にお声がけ下さい。それでは、大いに楽しんで、お互いに親睦を深めましょう!」

 この音頭で、銘々が勝手に動き出す。とはいっても、私が自分の目的のために動くのはまだだ。まずは幹事としての仕事をしながら様子を見る。特に見るのは、蟹沢の友人数人。話しかけるタイミングや切り口を計った。

 人数がこうも多いと、幹事の仕事はかなり大変になる。始まった以上主な仕事は注文の取り纏めくらいになるけれど、そもそも纏まらないから、ばらばらと注文がやってきて、その度に動き回る羽目になる。このラッシュが収まるまでには十五分くらいかかって、その頃になってようやく自由に動けるようになってきた。

「蛇沼さん。こっちに来ない?」

 私の手が空くのを待っていたのか、相手方の部長を中心にした男たちが声を掛けてきた。

「すいません、先にあっちで約束してしまって。あとでご一緒させて下さい」

 なにを考えるまでもなく口から勝手に断り文句が出てくる。大学生になってこういう場に加わるようになってから、こんなしょうもない能力ばっかり身についてしまった。けど、ここで下手に男の、それも相手方の男の輪に混ざるわけにはいかない。これで蟹沢の友人たちにあらぬ嫉妬を抱かれると、この後やりにくくなる可能性があった。

 その女たちは、男組とは少し離れたテーブルに固まっていた。見たところ同じサークルの人はいない。あそこに入るとすると完全にアウェイになるけど、案外その方がやりやすいかもしれない。

「皆さん。飲み物とか足りてますか?」

 まずは気遣いの体で声を掛ける。勿論、テーブルの上にあるグラスが一つも空になっていないことは分かっていた。

「いえ、大丈夫です」

「そうですか。ところで、ちょっとお邪魔してもいいですか?」

「あ、いいですよー」

 どうせ面と向かって断ることはできないだろうと分かってはいたけど、すっと席を空けてもらえた。それに、嫌われているわけでもないだろう。ここまでの私に、嫌われる要素はない。

「ありがとうございます。さっきから動きっぱなしで、疲れちゃって」

 あはは、と困ったように笑って見せると、何人かは表情に同情の色を滲ませて飲み物を手渡してきた。

「人数が多いから大変だよね。ごめんね、バタバタさせちゃって」

 そう思っているならもう少し手を煩わせないようにすればいいのに。この席で一番注文にてこずったのはこのグループだ。

「いえいえ、私も楽しんでますから」

「蛇沼さんって何年生?」

 蟹沢の友人その一が尋ねてくる。SNSでもこの女が蟹沢とのやり取りを頻繁にしていた。話をしておきたい筆頭だ。

「一年です。皆さんも一年生ですか?」

「そうそう。あ、じゃあいつまでも敬語ってのもなんかヘンじゃない?ため口でいいじゃん」

 ノーマークな女の一人がそう言うと、蟹沢の友人その二も賛同した。

「そうですね……あ、いや、そうだね」

 私としては、今までの口調の方がやりやすい。けど一旦そういう流れになってしまったら、それに逆らうのは悪手でしかない。想定の範囲内でもあるし、ここは流れに乗っかっておくことにする。

「そういえば、この集まりって蛇沼さんが提案したの?」

 蟹沢の友人その一が再び口を開く。臆面もなくやってきた部外者に興味があるのかもしれないけど、これはチャンスだ。

「実は、知り合いがここに入ってて。だから、これもなにかの縁かなって思って提案したの」

 友達がここにいる、といった途端、周りの顔色が変わった。闖入者との意外な共通の話題の気配を察知したのか、若干前のめりになって食いついてきた。

「え、そうなの?誰誰?」

「蟹沢さん。といっても、そこまで頻繁に会えてるわけじゃないから、今日会えないかなって思ったんだけど……」

「そうなんだ!え、じゃあ今日は凄く残念だね。よりにもよって今日来てないなんて」

「そうなんですよ……」

 ええ、本当に。

「あれ、花恋って今日はなんで不参加なんだっけ?」

 蟹沢の下の名前はかれんというのか。

 蟹沢の友人その二が、その一に尋ねる。その一は少しの間思い出すような仕草をしたあとにこう言った。

「えっと、ただ都合が悪いとしか言ってなかったけど……誰かと遊びに行ってるんじゃない?ほら、あの高校で仲が良かったって人と」

 そのとき、私の脳内には蟹沢があの喫茶店にいる様子が頭に浮かんだ。悦啓は今日もアルバイトに行っている。けど、それよりも高校で仲が良かった人という言葉が気になった。私がまだ把握していない交友関係があるなら、押さえておくに越したことはない。

 友人その一が私の代わりに反応してくれる。

「あー、芥原さんだっけ」

「あの」

「うん?……なに、蛇沼さん、どうしたの……」

「詳しく教えて下さい。その、芥原について」

 芥原菜子。

 まさかこんなところで、こんなときに名前を聞くことになるなんて。

 私の胸騒ぎは間違ってなかった。

 芥原菜子。それと、蟹沢花恋。

 高校のときのあれでは飽き足らず、まだ悦啓に手を出すつもりなのだろうか。

 出せると、思っているのだろうか。


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