全演植という人物②
全演植氏の企業グループ「さくらコマース」が大活躍してた70年代~90年代のJRAをちょっと振り返ってみましょう。
競馬においては牡馬クラシックと牝馬クラシック、
それに有馬記念と天皇賞春秋を加えた8大競争が最も盛り上がるレースなのですが、これらは出走するだけでも大変なのに、冠名「サクラ」の馬は何度も出走し、しかも結果を残してきました。
今の社台グループほどではありませんが、
70年代後半~90年代にかけての「さくらコマース」はJRA馬主の中心勢力であったことは間違いないでしょう。
ところで、冠名「サクラ」の名馬は数あれど、
人気が一番あった馬はどれかと言えば、意見の別れることでしょう。
熱狂的な「さくら軍団」ファンなら「サクラ」最初のダービーを1978年制した「サクラショウリ」でしょうか・・・?
はたまた1996年に有馬記念を制し、
当時まだ珍しかった欧州遠征に挑戦した「サクラローレル」をあげるのでしょうか・・・?
または競馬人気が頂点に達した80年代後半、
バブル景気と相まって、ミーハー人気を一手に集め、
馬女人気が急上昇してた1988年ダービーを制した
「サクラチヨノオー」を上げるのか(笑)・・・?
余談ですが、当時人気横綱「千代の富士」にあやかってつけられた、
この「サクラチヨノオー」馬名と実力で、
この年のダービの話題性は抜群でした。
また1985年に天皇賞(秋)を制した「サクラユタカオー」を挙げるのか?
はたまた1995年の天皇賞(秋)を制した「サクラチトセオー」も捨てがたい・・・
しかし、私があげるとすれば、
1987年「皐月賞」「菊花賞」を制し
「有馬記念」で骨折して散った悲劇の快速馬、
「サクラスターオー」を上げないわけにはいきません。
後年、サイレンススズカの悲劇が生まれるまでは、
このサクラスターオーこそが悲劇の名馬一番手でした。
そして、この1987年は「大韓航空機爆破事件」が起こっているのです。
やっと繋がりました陰謀論(笑)
あの蜂谷真由美こと金賢姫の連行VTRがテレビで流れた頃を時系列にすると、
1987年11月29日「大韓航空機爆破事件」
1987年12月1日 金賢姫自殺未遂
1987年12月15日 金賢姫ソウル連行
1987年12月23日 金賢姫自供
1987年12月27日「有馬記念」
競馬に詳しくない人にはわからないかもしれないが、
2冠を制した1番人気の3歳馬が「有馬記念」で骨折予後不良、
サクラスターオーの死の衝撃は大変なものでした。
この悲劇の名馬のオーナーが全演植氏なのです。
朝鮮総連の副議長であり北朝鮮最高人民会議議員、そして焼肉のたれモランボンの社長、府中近郊のスーパーマーケット、パチンコ屋チェーン「サクラコマース」の経営者etc.
偶然なのだろうけど、大韓航空爆破事件の時期に、サクラスターオーが死んだのは、これぞサイン馬券の真骨頂。
井崎脩五郎さんに聞いてみたい?
運命のいたずらでしょうか?と。
さてさて、全演植氏のJRA重賞56勝の馬主としての解説はこれぐらいにして、
総連副議長で北朝鮮国会議員であった全演植氏の政治家の顔方に焦点を当てていこう。
全演植氏は1993年12月に亡くなるのだが・・・この時期が問題である。
あまりにも、この頃、日朝間に様々なことが起きている。
まず1993年、金丸信が3月6日脱税で逮捕されるのである。
そして、北朝鮮が1993年3月12日NPT脱退表明をする。
北朝鮮が最初のノドンミサイル発射実験をする1993年5月29日。
宮沢内閣不信任案が可決されたのが1993年6月18日だ。
なんなんだ、このバタバタ感は。
全演植が死んでから半年の間にこれだけの事が起きている。
はっきり思う、たぶん米国が影で動いていたのだろう。
黒幕はアメリカだということだ。
金丸信について考えてみよう。
1990年10月、金丸は訪朝団を結成し、そして莫大な利権を抱えて帰ってきた。
パレロワイヤル永田町の金丸事務所で見つかった金インゴットには、99.99という刻印が打たれていなかった。
金の含有量を示すこの数値はどんな金製品にも必ず打ってあるものだ。
ここから、この金インゴットは北朝鮮製ではないかといわれ、金日成からの贈り物だと言われている。
そして佐川急便問題勃発したのが1991年。
そして1992年には金丸は副首相を辞任し、翌年、議員辞職までした。
小沢が承認喚問され、
竹下が続けて証人喚問された。
いったい何があったのか?
私には米国の竹下派潰しがあったように見える。
その理由は、いったい何なのか?
ソビエト崩壊や湾岸戦争に由来する変動のようにも見える。
佐川急便による賄賂問題だったようにも見える。
しかし、パレロワイヤル永田町の金丸事務所で見つかった裏金には、30億円のワリシンがあった。
これらはゼネコン献金だったと言われている。
ゼネコンがこの時期に何故金丸にこんなに裏献金するのか?
金丸は何の利権のキーパーソンだったか?
見えてくる答えは北朝鮮だろう。
もしそうなら、そのゼネコン裏献金の目的は、北朝鮮利権ではなかったのか?
今でも言われているが、北朝鮮との国交回復がなったら、莫大なインフラ予算が組まれるという。
戦後補償をからめ70兆円といわれている。
ちまたではそれを北朝鮮復興バブルと言う。
それを見越したゼネコンからの献金ではなかったのか?
つい最近でも、トランプ金正恩のシンガポール会談のあと、もし平和条約がなったら総額170兆円の投資が見込めると書かれていた。
ジムロジャースのような投資家が盛んに北朝鮮投資を有望視している。
私は今、朝鮮半島情勢が落ち着かないのは、この復興バブルの利権の取り合いを欧州と米国と中国と韓国と日本で行っているからではないのか?
特に米国はトランプ派とヒラリー派に代表されるユダヤの内部抗争が朝鮮和平を阻んでいるように見える。
さて、この1993年を第一次北朝鮮ミサイル危機と呼んでいるが、
日本では竹下派が内部分裂を起こした。
原因は、ズバリ金丸が握っていた北朝鮮の利権の取り合いだろう。
梶山と小沢の確執だろう。
その裏には米国がいたのだろう。
そこで、朝鮮総連が出てくる。
当時の朝銀は、朝鮮総連から北朝鮮に多額の献金を送っていた。
それこそミサイルも核も日本の送金で作られたようなものだ。
そこには具次龍がおり、全演植がいた。
そこには自民党の竹下登がおり、金丸信がいた。
アメリカは日朝の資金システムをまず潰そうとして、竹下派に圧力をかけ、金丸信を潰し、具次龍を殺した、全演植は本当に病死だったのか?
全演植氏が病死したのは1993年12月9日
具次龍氏が殺されたのが1994年4月22日。
何度も言うが、具次龍氏は総連の影の金庫番、送金王、NO.2、と言われていた、在日朝鮮人の大物です。
1986年、総連商工連感謝団の北朝鮮訪問は北朝鮮訪問をし金日成と面会した。
その時、最低でも1人1億円献金をし、総額50億円の献金を持っていった。
そして、全演植氏は勲章受勲し「2・28マルスム」と言われる教示を受けた。
それが、北朝鮮核兵器製造への資金協力命令だったと言われている。
故にその後、朝鮮総連からの在日への集金圧力は増していった。
その先頭に立ったのが許宗萬であり、
その集金力により彼は総連議長に成り上がった。
一方、1967年の同和信組事件で在日朝鮮人の納税額を大幅に減額させる
「五ヶ条の御誓文」を国税局に飲ませた具次龍は、
その頃には在日世界では半ば伝説化された存在になっていたであろう。
平河町にある龍伸ビルは政界工作に使われており、
パレロワイヤル永田町は政界工作に盛んに使われていた、
特に金丸信と具次龍は強い繋がりがあったと思われる。
その金丸信が逮捕されたのが、1993年3月6日。
これ以降、具次龍氏の周辺はどうなったのであろうか、
具次龍氏が殺されたのが1994年4月22日である。
1年ほどタイムラグがある。
残念ながら、いくらネットでこの期間の具次龍氏のことを調べても、
どこにもその辺の情報はのっていない。
先述した女詐欺師岩合直美の高島屋利益供与事件で800億円騙し取られたのが1991年~1992年頃だったのは確かなのだ。
しかし、それすら今はもうネットには詳しくは出ていない。
どういうわけか、裏がとれないのだ。
恐らくネットの情報は次々に消されているのだろう。
国会図書館へ行けば当時の週刊紙は閲覧できると思うが、ちょっと遠い。
興味がある人は調べてみるといい。
ただ、業界的には、「もう、探るな」ということなのだろう。
ただ、龍伸ビルにおける菅直人の政治団体が寄付をした北朝鮮系の政治団体はネットにも詳しく載っている。
「市民の党」発起人は田英夫、横路孝弘、八代栄太(代表 酒井剛)
この党の事務所が平河町1ー3ー6龍伸ビル2Fにあった。
菅直人首相が拉致実行犯として指名手配されている容疑者の長男が所属する極左政党の関連団体に多額の献金をしていた。
首相の資金管理団体が平成19~21年に6250万円を「政権交代をめざす市民の会」に献金し、同時期に民主党から1億2300万円を受け取っていた。
めざす会は極左政党「市民の党」(酒井剛代表)の政治団体だということである。
よど号ハイジャック事件というのがあった。
犯元リーダーを田宮高麿という。
そして欧州で松木薫さんと石岡亨さんを拉致した森順子という人物がいる。
この二人の子供が森大志氏という。
「市民の会」はこの森氏を三鷹市議選挙に擁立した政党である。
ただ私は思う。
リベラル勢力の北朝鮮との繋がりは、このようにネット世界でさらされている。
でも保守系の情報は遮断されている。
ましてや自民党系の北朝鮮との繋がりに関しては、かなり入念に情報統制が行われている。
具次龍氏、全演植氏などに関しての情報は、その最たるものであろう。
しかし私のような高島屋事件当時の事をリアルで覚えている人もいる。
国会図書館には週刊紙もある。
まあ、週刊紙の取材も私に言わせれば甘いものだったが、それでも十分興味を引く記事だった。
当時売りに出された不動産物件情報などを覚えている人は、今ではそうは多くあるまい。
私は覚えている。
具次龍氏が詐欺にあった800億円の穴埋めのため、すごい高額物件を売りに出していたことを。
そこは政治家の利権にまみれた土地だったとだけ言っておこう。
とにかくこの頃から金丸信は凋落し、竹下派も分裂した。
そして北朝鮮NPT脱退、ミサイル実験とも時期が重なる。
そして事態は進んでいき1993年12月9日、全演植氏は病死した。
そして、具次龍氏も殺された1994年4月22日、
そして、1994年6月北朝鮮はIAEAからの脱退を表明した、
そして、金日成が死んだ、1994年7月8日のことだった。
近年、小池百合子が週刊誌に喋っていたが、細川内閣が倒れたのは武村正義が北朝鮮と通じていたのが原因だったとか・・・
細川総理が米国訪問したとき、
時の米国政権に武村を切れとねじ込まれたらしい。
細川内閣が倒れたのは1994年4月28日。
具次龍氏が死んだのが1994年4月22日である。
この死と米国からの竹村正義への圧力、どうも関連してる気がしてならない。
具次龍氏への仕業はCIAの仕事ではなかったのか?
新宿須賀町の路上で同じ銃創にピストル2発打ち込まれてたらしい。
どうもこういう殺し方が、アメリカの関与の噂を呼んだらしい。
私は思う、具次龍氏の死と細川内閣の崩壊が、同じ組織の仕業だと。
たぶん米国が関わっているのではないかと。




