界弦さんと三人アカン女
このお話は第十一章~第十三章付近を読んでおくと、よりわかりやすいと思います。
陰陽五行説を起源に、この国で神話、自然崇拝、密教、仏教、儒教、修験道、古神道と、多種多様な呪術・占術を体系化し研鑽されたのが、陰陽道である。
この陰陽道に精通し、その起源たる五行の術をそれぞれ得意とする五家を、特に『五頂家』と呼び、各家でもっとも呪的能力の高いものが、代表として住む御殿を霊慰殿と言った。
霊慰殿に住まう者は、各家の代表に違いないが、その選考基準は、経歴や血筋、知性や人間性などを一切含まない完全な呪的能力、すなわち、霊力の強さ、霊力量の多さ、呪術発動の速度、適応能力、対応能力である。
当然、世を霊障から守るという役目から考えれば、選考基準は至極当然ではあるのだが、この極端な実力重視の選考は、大きな問題を内包していた。
五頂家の筆頭術者となれば、その多くが先代とつながりがあることが多くなる。
先代の霊魂が転生してその身に宿った者、あるいは先代の眷属であった精霊や神霊に守護された者と、その形は様々であるが、それ故に、先代の影を感じ、自然と周囲の者は敬い奉るようになるのは実に自然な事であった。
「翔……なんで取り込んだ洗濯物をたたまないのですか!」
「私は畳み方など知らない!」
きっぱりと言い放った翔に、こめかみに浮かんだ血管の存在を感じながら、私は努めて冷静に説く。
「知らなければ、困ります。一人で暮らすことになったらどうするのですか!」
「ホテルに頼めば、袋詰めまでしてくれるぞ!」
その答えの迷いの無さは、常々考えているからだろうと察しが付くものの、しかし私はあえて踏み込む。
「年頃の娘が、自らの衣服を年長の男に洗濯させ畳ませて何とも思わないのですか!」
「思わないぞ」
でしょうね、でしょうとも、そうじゃなきゃ、無造作に洗濯籠に汚れ物を投入しませんよね!と私は脳内で吠える。
「界弦こそ、何をいまさらそんな話をしてるんだ?」
翔が不思議そうな顔で私を見た。
そこで盛大に溜息を零してから私は、何度目になるかわからない事情を伝える。
「近く、火の葛葉、木の西蓮寺から、こちらに新たな代表者が移り住んでくると言ったでしょう?」
「ああ、緋魅子さまと蓮舞さまだな」
私の言葉に頷く翔に、一つ訂正を加えつつ頷いた。
「緋魅子さまはそのまま初代の名前を継いでますが、蓮舞さまは今世では舞衣というお名前です」
「ああ、うん、そうだったそうだった」
適当に頷いた翔に、私は湧き上がるものを堪えながら言葉を続ける。
「お二人とも、まだ小学生ですから、大人がしっかりと手本を見せねばなりません」
「そうだな。生まれ変わりとはいえ、今の世を知らしめるのは大事だな」
ようやく理解したかと、大きく息を吐いた私の耳に、その耳を疑う一言が突き刺さった。
「頑張れよ、界弦!」
「頑張るのは翔だよっ!!!」
こうして、まるで翔の理解も協力も取り付けられず、迎え入れることになった緋魅子さまと舞衣だったのだが、私は本来のお勤めの外で頭を悩ますこととなった。
緋魅子さまは、早い子なら恋愛に興味を示しそうな年齢にもかかわらず、中身は少年……いやアホな男子だった。
先代緋魅子さまに関して伝え聞いた話では、美しい銀糸の様な長い髪をなびかせ、猛烈な炎を苦も無く操り、キツネさながらのしなやかさで戦場を駆け巡り、人々を守ったとても美しい女人であったとされている。
が、しかし、よく思い出せば、なぜか容姿に関することとその絶大な力に関してしか伝わっていなかったのだ。
そして私は、目にしている緋魅子様のありようを見て、一つの真理に思い至る。
あ、修正不可能な奴だと、かつての記録者は性格のアレっぷりを伏せたのだと悟った。
しかし、私はこれでも年長者である。
幼子を教え導くことだって大事なお役目だと思っているのだ。
そこで、多少は大人しくなることを願って可愛い服を着せてみれば、たった数時間で、まるで気にもせずに泥だらけにしたり、肌が露出するほどに破くのである。
挙句、スカートだろうとワンピースだろうと、平気で木登りはするし、屋根の上を走り回る。
現代ではどこにカメラが仕込まれているのかもわからないというのにその無防備さに、胃が痛くなった。
結果、私服で通える小学校であったために、緋魅子さまの衣服はズボン系に偏ることとなった。
緋魅子さまが衣服にこだわりがなく、動き易さを重視すれば不満も言わない子だったので、実に的確な作戦だった。
まあ、恥じらいの芽を育てられない時点で、何の解決にもなっていないのだが……。
それでも、緋魅子さまの下着が晒されるよりは、いいだろうと、この時の私は未来の私に責任を放り投げた。
恥じらいは年頃になれば自然と育つものですと回答をくれた子育て支援センターの大久保さんに言っておきたい。
例外はあるんですよ……と。
順調に任務をこなし、誰一人欠けることなく、四人での生活も3年を数えたころ、新たな大問題が私の前に現れた。
いや、現れたというか、正確には直視せざるを得なくなった。
つまりは緋魅子様にスカートを履かせなければいけない……中学校への進学である。
中学校には制服がある。
そして、緋魅子様は当然ながら女子生徒である。
つまるところ、野生児にして男子並みの粗野な脳みそでスカートを履くのである。
さすがに多少人前を意識するようになってはいるが、しかし、興味を引かれれば簡単にタガが外れる。
傍付きでもある舞衣は、緋魅子に限りなく甘いので、止めに入ることはあっても、所作などで叱りはしない。
平気で湯上りに薄着でうろつく翔の悪影響で、緋魅子様ほどではないが、舞衣も大概鈍い。
同居人で家事がこなせるのが私だけなのもあって、私に身に着けた服をすべて洗濯させても平気なのだから、かなり駄目だと思う。
というか、三人とも洗濯は畳み終えたものをもってくだけである。
三者ともに、腕に覚えがあり、事実、力だけの相手など簡単に倒してしまえるだけの実力があるせいで、下手をすれば、私が一番危機意識を持っている可能性だってないとは言いきれない。
そんな悩める私に、緋魅子様と舞衣の制服を仕立ててくれた制服屋が囁いた。
「スカートが気になるようでしたら、このような商品をお勧めしてますよ」
「おお……このようなものが……」
こうして私は下着見え対策アイテムとして、緋魅子さまと舞衣用に各自10枚ほどスパッツを購入した。
願わくば、羞恥心が早く育ってほしいと思いながら、私は『アヤカシ』のマネージメントをしてくれている榊原グループに、願わずにはいられなかった。
「形状記憶合金的な何かで、現実にも鉄壁スカートを生み出してください」と。