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双葉の奇妙な体験:西海双葉は騙されない

 私の名前は西海双葉(ふたば)

 早速だけど、私は榊原穂乃香が大嫌いだ。

 榊原穂乃香は、私のお母さん、西海純子がずっと働いているお屋敷のお嬢様で、私よりも年下の女の子だ。

 お母さんがなかなかうちに帰れなくなったのも、その穂乃香が生まれてからだ。

 さらに最近では、プリッチとかいう番組にも出てて、私の小学校でも人気で、お母さんのことを知った友達から、穂乃香についてよく聞かれる。

 会ったこともないって言うのに、すごく迷惑。

 ちゃんとわかってくれる子はもちろんたくさんいるけど、私が隠してるって決めつける子も多くて、私は迷惑しか受けていない。

 それなのに、一応、私のお兄ちゃんの一葉(いちよう)君まで最近裏切った。

 前までは、私と同じように穂乃香が嫌いって言ってたのに、最近は可愛いとか、カッコいいとか言い出して、私の友達であるナオちゃんからプリッチの録画を借りてみたり、お母さんにお願いしてそのナオちゃんとプリッチのコンサートに行ったりしたのだ。

 そんな風に、お母さんと一葉君を、私から取った穂乃香が私は絶対に許せない。

 だから、大嫌いだ。


「あんたら、わかってると思うけど、調子に乗らないようにね」

 お母さんの言葉に、一葉君が馬鹿みたいに緊張して「もちろんだよ」って答えた。

 ガッチガチに緊張してて、すごくダサい。

 私が黙って、そんな一葉君を見てたら、お母さんがこっちを向いてもう一度同じことを言う。

「双葉も調子に乗らないようにね」

 私はその言い方が、穂乃香の方を優先してるんだと言ってるように聞こえて、ムカッとして思わず口走る。

「そんなに心配なら連れてこなくてよかったのに!」

 嘘だ。

 場所が何処でも、お母さんに誘われただけで嬉しかった。

 ウチはお父さんが病気で死んじゃっていないから、三人で家族全員だ。

 だから、このお出かけはすごく嬉しかった。

 本当に本当に行き先が穂乃香のところじゃなければって思う。

「双葉!」

 お母さんが手を振りあげる。ぶたれるんだと思って、私はぎゅっと目をつぶった。

 でも、ぶたれる代わりにお母さんに抱きしめられた。

「ふぇ?」

 私の口から変な声が出た。だって、驚いたから……。

「おかあ……さん?」

「ごめんね、私はさ、馬鹿だから、あんたが寂しいなんて思わなかったんだよ」

 そう言ってギュウッてお母さんはしてくれる。

 あっだめだ……。

 私はそう思った。

 鼻の先がツーンと痛い。白い雲がプカリと浮かんだ空がフルフルと揺れ出した。瞬きしたら涙がこぼれると思って、私は必死に堪える。

 でも、お母さんの言葉で、私は涙を無事ひっこめることができた。

「穂乃香お嬢様が言ってくれなかったら、お母さん気付かなかったよ」

 …………。

 お母さんが自分で気付いてくれたんじゃなくて、穂乃香に言われて……なんか、すごくがっかりした。

 それで、より一層、ムカついた……穂乃香に。

 私はそんな気分で、お正月の挨拶って奴をやらされに、穂乃香のお屋敷に行くことになった。


 ネットのストリートビューでは、興味本位で見たことがあったけど、実際目の当たりにすると、その大きさにビックリする。

 まあ、お母さんの職場だし、みすぼらしいよりは断然いいけど、より穂乃香に対して腹が立った。

 さらにその上、屋敷に入るなり、たくさんのメイドさんが並んでお出迎えをしてくれたんだけど、思わずドラマかよ!と思ってしまった。

 とりあえず、なんか、言おうと思って私はお母さんに声を掛けた。

「あー、お母さんもメイド服着るの?」

「まあ、制服だしね……動きやすい格好に着替えたりもするけどね」

「ふーーーん」

 そう言って私がメイドさん達に注目していると、お母さんから予想外の質問が飛んできた。

「そうだ、双葉、着てみたいかい?」

「へ?」


 なにこれ。

 第一印象というか、私の感想はその一言だった。

 半ば強引にお母さんにメイド服を着せられた私は、メイド見習いだという女の子たちに囲まれていた。

 お出迎えしてくれたメイドさん達も美人ぞろいだったけど、今、私を囲んでる三人は、芸能人だと言われても頷けるレベルの美少女だと思う。

 外国人風のアリサさん、真面目で厳しそうな茉莉さん、その二人よりも私と年が近いんだろうなって感じのクルミさん、三人ともが滅茶苦茶美少女だった。

 別に私は普通だと思うけど、こんな可愛い子たちをメイドにしてる穂乃香がますます嫌な奴に思えてきた。

「双葉、今日はお客様も多いので、先輩方はそちらに回っています。私達は穂乃香お嬢様につくことになっていますので、一緒に行きましょう」

 アリサさんがとても綺麗な日本語でそう言ってくれた。

 英語しか、アリサさんが喋れなかったらどうしようとか思ってたけど、そんなことなくて安心した。

「穂乃香お嬢様、失礼します」

 先頭に立っていた茉莉さんが、コンコンと大きな扉をノックした。


「あ、アリサお姉ちゃん、茉莉お姉ちゃん、クルミお姉ちゃん!」

 すっごく嬉しそうな声で、部屋の中にいた女の子が声を掛けてきた。

 一葉君のお陰……せいで、顔は知っているので、すぐにそれが穂乃香だとわかった。

 で、その穂乃香の目が私に向く。

「えーと……」

 穂乃香はそこで言葉を切ると、私に向かって手を差し出した。

「初めまして、多分だけど、西海双葉さん」

「なん……で?」

 頭の中でお母さんが教えたのかなと考えてる間に、穂乃香から答えが返ってきた。

「えーと、一応、メイド見習いになる人は、事前に報告があるから、メイド体験だろうなと思って……」

 穂乃香はそう言いながら顎に指をあてる。

 仕草がイチイチ可愛いのが気になる。

「そうすると、家族に双葉さんくらいの女の子がいるのって、純子さんしか思い浮かばなかったから」

 だから、最後は勘でと結ぶ穂乃香は悔しいけど、すごく可愛かった。

 一葉君を魅了するのも頷ける可愛さだ。

 油断すると私もやばいと思って、首を振った。

「あれ、双葉さんじゃなかったですか?」

 私の反応を否定と取ったらしい穂乃香が、下から覗き込むようにして首を振った私を見た。

 上目づかいで向けられる穂乃香の目は、めちゃくちゃ綺麗で、思わず私は後退った。

「合ってる、合ってるから! 私は、西海双葉!」

「あ、良かった」

 にへらと急に無防備な笑みを浮かべる穂乃香は可愛い。

 しかも、テレビで見たなんか神様みたいな役をやってる時と違って、感情に素直に振る舞ってるみたいだから、破壊力がヤバイ。

 こんなに可愛い子を見たことがない私は慌てて周りを見れば、アリサさんも茉莉さんもクルミさんも平然としていた。

 正直、何の反応もしないこの人たちもヤバいし、穂乃香もヤバいし、私はもう訳が分からなくなってた。

 そんなタイミングで、穂乃香に手を包み込むように握られた。

「じゃあ、双葉さん。いろいろご迷惑をおかけするとは思いますが、メイドさん頑張ってくださいね」

 そう言って微笑まれては、私もそこまで意地悪じゃないので、穂乃香から穂乃香ちゃんぐらいにしてあげてもいいと思った。

「よろしく……穂乃香……ちゃん」

「はい!」

 眩しい笑みで頷かないで欲しいと思った私は、ほんの少しだけ、一葉君が穂乃香ちゃんが好きだっていう理由が分かった気がした。


「今日はありがとう!」

 そう言って穂乃香ちゃんは私の手に小さな和紙でできた袋をのせた。

「これは?」

「私が作ったの、今日のお礼」

 そう言って穂乃香ちゃんは屈託なく笑う。

「え……えーと……」

 戸惑いながら袋を開けて口を開くと、銀色のアクセサリーが転がり出てきた。

 私はそれを見て、穂乃香ちゃんがお金持ちの家の子だったのを思い出す。

 だいぶ見直したのに、と、思いつつ、ふとさっき穂乃香ちゃんが口にした言葉を思い出した。

「……穂乃香ちゃんが作った?」

「その封筒……」

 穂乃香ちゃんが指さしたのはアクセサリーの入っていた和紙の封筒で、なるほどと私は思った。

 でも、話はそこで終わりじゃなかった。

「あと、そのペンダントも」

 そう言って恥ずかしそうにはにかむ穂乃香ちゃんに、私は驚きで思わず詰め寄ってしまった。

「え!? このペンダントを? 穂乃香ちゃんが? どうやって?」

「え、えーと、銀の粘土で形を作って、燃焼させるとシルバーアクセサリーを作れるキットがあってね」

 私の疑問に、穂乃香ちゃんはそう言って、手ぶりを交えて教えてくれた。

「それで、双葉さんはウサギが好きって聞いたから……」

 そう言われて私は手の上のアクセサリに目を向けた。

 細い鎖の先についているのは、少し不格好だけど、ちゃんとうさぎの形をしていて可愛かった。

「すごい……」

「いつも、お母さんを取っちゃってごめんね」

 私はその言葉にハッとした。

 それから、お母さんに穂乃香ちゃんが私が寂しいって言ってくれたことも思い出した。

 そしたら急に目の前の景色が歪んだ。

 頬を伝う暖かいものに、私が気付いたのは、綺麗な着物の袖から出したハンカチで穂乃香ちゃんが私の頬を拭ってくれたからだった。

 私は気づくと泣いてしまっていた。


「ねぇ、一葉君」

「何、双葉?」

 私は帰ってきた一葉君に胸に付けたペンダントを見せた。

「なにそれ?」

 興味なさそうに言う一葉君に、私は思わず笑みをこぼす。

「これね、榊原穂乃香ちゃんのお手製なの」

「へー……えっ!?」

 ソファーに身を任せていた一葉君が慌てて飛び起きる。

 私はそんな一葉君を見つつ、これ見よがしに服の中にペンダントをしまった。

「ちょ、え、どういう、いや、それよりも、なんで?」

「フフフーーーン、秘密~~」

「あっわかった、嘘だな、僕をからかったな!」

 悔しそうな顔をした一葉君が、そんなことを言い出すもんだから、私はおかしくなって吹き出しながら言ってあげた。

「そう思うなら、お母さんに聞いてみたら? 私、穂乃香ちゃんのメイドもやったお礼にこれ貰ったの」

「なっえっずるいよ! な、なら、僕もメイドやる!!」

「はぁ? 一葉君男の子でしょ?」

 こうして、一葉君のおバカな宣言と共に、穂乃香ちゃんと初めて会った日は幕を閉じた。


 あ、お礼のお手紙書こうっと!

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