エリー 服の波に呑まれて
「エリィちゃ~~ん」
「なに……聡子?」
「今日は、この衣装を着てくださいぃ~~」
「なんでよ!」
夜勤で司令室がほぼ私だけのタイミングを狙って忍び寄ってくる聡子に、私は毎度同じ返しをする。
毎度同じなので、聡子から返ってくる言葉もいつも通りだ。
「服って着てあげないとぉ、存在意義を満たしてあげられないでしょぅ?」
「待って、そもそも、聡子が作らなければ良いんじゃないかしら?」
何度聞いたかわからない『服が可哀想!』だけど、結局は聡子が必要も無いのに作るから、その存在意義を満たしてあげられないんじゃないかと指摘してみる。
すると、聡子はショック受けたらしく、悲しげな表情を見せる。
その表情に、ようやく自分の過ちに気付いたかと思ったのに、とんでもない言葉が返ってきた。
「エリィちゃんは、この湧き上がる情熱に蓋をしろって言うのぉ!?」
まるでわかってくれてない聡子に、思わず声が荒くなった。
「そうよ、そう言ってるでしょうが!」
穂乃香お嬢様の護衛隊は、各分野で一線級の人間を集めて構成されている。
基本的に、勤務時間外の自由は保障されている上に、趣味や技術の研鑽に充てる研究資金は、屋敷の予算で優遇されているせいで、情熱を爆発させる余地が大きい。
特に聡子や華代といった常に高みを目指す面々は没頭しやすい。
別にその点は労働条件にも含まれているし、榊原としても利益になることが多いので、むしろ推奨されているけど、問題は聡子の入れ込む方向性だ。
正直、私に関係ないところで趣味を爆発させて研究に没頭してくれるなら、むしろ応援したって良いのに、よりにもよって、私をトルソーかマネキンの代わりに考えているのが問題なのだ。
基本的に、名前にあるとおり護衛隊は、穂乃香お嬢様の護衛任務も主目的であるために、普段頼りなく見られがちな沙織や、内勤が多い、マナ、華代、千春ですら背が高い。
そして、聡子の一番好きなジャンルは、甘い少女趣味が爆発したファンシーにしてメルヘンな洋装である。
実に認めたくないけれど、身長が少しばかり、ほんの少しだけ、わずかに皆に及ばない私の背丈が、聡子の理想にかなっているらしいのだ。
「ほんと、散々言ってるけど、迷惑……」
腹立たしさに任せて、聡子を切り捨てる言葉を口にしようとしたときだった。
聡子が捨てられた子犬のようなつぶらな瞳で目を潤ませ始める。
これを出されてしまうと、私に勝ち目は無い。
大きくため息をついて、いつもの締めの言葉を口にする。
「わかったわよ、どれを着れば良いのよ?」
「わっほんと、さすがエリィちゃん、大好き!」
「いつも、このパターンでしょっ!!」
怒りにまかせた私の指摘などどうせ気にしていないだろう聡子は、さっさと司令室を飛び出していった。
しばらくすれば、旅行鞄いっぱいの衣装を持って帰ってくる。
私は、そこから繋がる何着も着せられる着替え地獄を想像して大きく溜め息を零した。
「……ゆかりみたいに冷たく突き放せるようにならないと駄目だわ、これ……」