茉莉クォリティー
「それじゃあ、始めますか……」
私はゆかりさんに内緒にするために、エリーさんにこっそり借りた榊原家の地下にある練習場で、一人そう呟いた。
一人暮らしは、慣れてしまうとかなり快適だったのだけど、どうも独り言を言う癖がつくのは、少し困ったところだと思う。
とはいえ、自己暗示ではないけれど、改めて自分のすることを口に出すのは、身が引き締まる気もするので、そんなに悪い癖じゃないかも知れない。
まあ、あくまで人に見られたら恥ずかしいって程度だ。
そんなことを考えてるうちに、私は日課の柔軟メニューをほとんど消化していた。
考え事をしていても、習慣にしていることは、案外こなせる物である。
そんなことを思いながら、残りのメニューは気持ちを込めて、念入りにこなした。
「まずは、タイミングを掴まないと……」
私はクルミが作った魔法を参考に、秒数表示のある動画を脳裏でいつでも再生できるように魔法を展開させる。
展開させるのは、番組スタッフさんから提供して貰った私のソロ変身バンクの動画データだ。
これに、今の私を捉えている魔導カメラの映像を並べる。
こうすれば、ズレや違いに直ぐ気づけるはずだと、私は早速練習に入った。
練習をすることしばらく、やはり変身バンク通りというのはなかなか難しい。
わかっていたとはいえ、どこかで変身バンクとのずれが生じてしまう。
そこで、私は前々から考えていた魔法を実践に移すことにした。
使うのはマリオネットの魔法。
要するに、私自身を操り人形に見立てて、あらかじめインプットした通りに、私の体を操るというわけだ。
幾度か、人形で試して感覚は掴めている魔法だけど、人体で使うのは初めてなだけに緊張する。
緊張はするけど、まあ、何かあっても私の体だしと、自分を納得させて魔法を発動させる。
「だめ……かな」
私は練習室の床に座った状態で、直前に録画したばかりの物を半透明化し、変身バンクの動画の上に重ねて検証した結果、そう結論を出した。
秒数、動きの流れともに、マリオネットの魔法は、完璧に私の体を動かしていた。
でも、正確に合わせているのに、いや、もしかしたら、正確に合わせにいっているせいで、どこか機械的で面白みがなくなっていた。
動きは完璧でも、変身バンクと比べて狂いやズレがなくても、面白みがないのは致命的だ。
変身シーンなんて、観客に、ドラマの視聴者に楽しんで貰ってこそなのに、面白みがないなんて本末転倒も良いところだ。
そう考えた私が結論にたどり着くのは直ぐだった。
「よし、魔法はやめて、やっぱり反復練習で体に染み込ませよう。幸い、マリオネットの魔法のお陰で、かなり体にリズムを染み込ませられてるしね!」
私は自分に言い聞かせるように、そう言うと、改めて練習室の鏡に映る私に頷く。
当たり前だけど、鏡の私も頷きを返してくる。
そうして私は、今度は魔法を撮影だけに絞って、練習を再開した。
魔法で体を操ったときのような完璧なタイミングを体に刻んで、最高の変身シーンの再現を目指す。
私は至りたいと思う目標を思い描くだけで、わくわくした気分になりながら、何度目だかよく覚えていない変身プロセスをなぞり始めた。