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ドクターKの嘆息

「ふぅ」

 どれくらいぶりだろうかと、考えて、どうでも良いと思うほど、術後の達成感は最高だった。

 自分でも認識できないほどの強烈な集中の反動で、一度投げ出してしまった手足はそう簡単に言うことを聞きそうもない。

 でも、かまわない。

 術後のケアは看護師たちが完璧にこなしてくれるだろう。

 僕の仕事は、クランケの両親に成功を告げたときに終わったのだ。

 だから、ただただこの心地良い疲労感に身を任せていたい。

 そう思っていたのだが、どうも彼女は僕がこの一時を味わい尽くすのを待ってくれる気はないらしい。

「やぁ、待ってたよ」

 僕はだらしなく手足を投げ出したままで、マナにそう声を掛けた。

「とても迷惑そうな顔をしているけど?」

「しまった、出ていたか」

「自覚があるくせに、嫌な人ね」

 僕が少しおどけて顔をなで回してやれば、彼女はあきれたように苦笑する。

「ふふふ、研修医時代が懐かしいよ」

 そう、研修医時代。

 僕とマナが同じ教授の下で医学を学んでいた頃、その頃の会話に似たやりとりだった。

 僕はそう思って、マナを見たが、やはりというか、彼女はつれなかった。

「ずいぶん感傷的なのね。手術は大成功だったじゃない。モニターで全部見てたわよ」

 あっさりと手術の話に話題を変えられ、僕は余韻を楽しむための雑談もできないのかと苦笑した。


「術具……といって良いか、わからないが、ともかく、すごかったよ。君と君の主様が用意してくれた魔法は」

「そう?」

「どの道具を元にした魔法も、自分のイメージで繊細に動かせるのが、正直、やばいと思ったね」

「やばい?」

「全能感が半端ないってことさ」

「ああ」

「何でもできるような、何でも治せるような、まるで、神になったかのような錯覚、恐ろしいほど心地よかった」

 僕はあえて、魔法を使った術式で、個人的な快楽に溺れたことを告白した。

 患者(クランケ)を治したいという思いもあるし、患者のために全力を尽くす覚悟もあった。

 でも、だが、それを上回る快感が、魔法にはあった。

 だからこそ、僕は覚悟を決めて、さっさと年貢を納めることにした。

「マナ、最後に素敵な夢をありがとう。記憶が消えてしまっても、この幸福感は残る気がするよ」


「は? 何言ってるの?」

 マナが心の底からあきれたような目で僕を見てくる。

「何って、今手術が終わったんだから、僕の魔法を封印するんだろう? 脳神経外科の研修もしている精神科医の君なら簡単なことのはずだ」

 そう。

 禁断の果実の味を、あの恍惚を覚えてしまった僕はとても危険だ。

 このままでは、患者のためでなく、いずれ自分のためにメスを振るうようになるだろう。

 人でありながら、神のごとき自分を描いて、傲慢に振る舞う。

 なんと醜いことだろう。


「だから、何を一人で暴走してるの」

「ん?」

 僕は記憶を消すことをどうにか飲み込んだというのに、マナは絶対零度の冷めた目で僕を見る。

「記憶を消すんだろ? 早くしてくれ。どうせ忘れるなら、早く忘れてしまいたい」

「だ・か・ら、誰がそんなことを言ったのよ、神子(かみこ)君」

「いや、だからだね。僕は本来患者のために振るうべきメスで、快感を得てしまってだね」

「それが、なに、自分の術式に惚れ込んだだけでしょ? そこら辺の勘違いナルシストと大差ないわ」

「なっ!?」

「勘違いナルシストでも腕前があれば良いのよ、ほら次のクランケよ」

「なぬ?」

「神子君、これだけのことができたアナタの記憶を消して、()()()()()()()()でしょ。これからも、当然使()()()()に決まってるじゃない」


……どうやら、すみれ君という少女が僕の最後の患者ではなかったようだ。

 好きなだけ手術をやらせてくれるという諸手を挙げて大歓迎でも足りない境遇に、マナの主殿には感謝しかない。

 しかし、自分のためにメスを握る医者など許されるものだろうか……。

 それも含めて、もう少しこの境遇に甘えさせて貰おうと、僕は思った。

「全く、人は快楽には弱いものだな……」

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