祥子、帰宅しかける!
「あ……れ?」
私はなぜここにいるのか、わからずに、首を傾げました。
一応、自分が川島祥子なのはわかるので、記憶喪失ではないと思います。
ただこの思考の感じ、漫画で見た記憶があります。
現実逃避ではないでしょうか!
そう、私が思った時です。
私の首に巻き付いた何かに気付きました。
「しょうこ~~~」
「へ!?」
そう、私の首に巻き付いていたのは人間の腕でした。
それもオタ仲間のちーちゃんこと、内藤千歳ちゃんの……。
「あんた、天使になっちゃったの!?」
「は……い?」
記憶をたどればアレは数日前の事でした。
「いくら、穂乃香お嬢様がおつくりになったもので、穂乃香お嬢様とお揃いだからと言って、浮かれないようにするんですよ?」
マナさんから受け取ったのは、可愛らしい白いカチューシャでした。
説明によると、穂乃香ちゃ……穂乃香お嬢様が作って下ったものらしく、何でも魔法を封印できる力があるそうです!
しかも、穂乃香お嬢様とお揃いらしくて、私は超幸せ気分でした。
な、なので、ついカチューシャに意識を奪われてしまって、マナさんに怒られたのは仕方ないのです。
ともかく、私は思わず魔法を使って翼を出してしまう癖が抜けないので、メイド見習いとしての特訓という名目で榊原のお屋敷で合宿中だったんですが、この道具を作って貰ったおかげで帰宅が許可されました。
あーちなみに、私はですね。
実は榊原記念病院に入院していたらしいんですよ。
らしいって言うのは、簡単に言うと、私自身は魔法の制御のために榊原のお屋敷にずっといたんですが、なんと、もう一人私がいたらしいんです!
マナさんが言うには、もう一人の私、カバーストーリーの私はですね、つい先日の穂乃香お嬢様と悪い魔法使いの戦いで怪我をして入院したことになっているんです。
あの一連の戦いは一般の人……そう普通の人にはそのまま知らせるわけにはいかなくて、森の中のくぼみに貯まってしまった可燃性の天然ガスが引火爆発したことで起きた爆発事故って言うことになってるんですよ! 一般的には!!
それで、そこをたまたま通りかかった私は全身に大やけどを負って、包帯ぐるぐる巻きで入院生活を送っていて、榊原グループの最新医療技術を施されることで、一命をとりとめたらしいです。
あー、そうそう、その最新技術の『治験』、つまりその治療法の効果や影響、経過を観察する目的もあって、私は中学卒業後でも、高校卒業後でも、大学卒業後でも、好きなタイミングで榊原家に雇ってもらえることになったのです。
実際には治験なんかないんですけど、そういうことにしておくと全てがスムーズに行くっていうことで、メイド長のゆかりさんやマナさん、エリーちゃん副長が根回ししてくれたんです。
と、そうでした。
それで、私は穂乃香ちゃ……穂乃香お嬢様とお揃いのカチューシャを付けたことで、魔法を封印できたのです。
その結果、一時退院ということで、お家に帰れることになったので、私は久しぶりのお家を目指して歩いていたんでした。
ようやく、思い出してきました。
そう、それで、久しぶりにお家の近くに戻ったタイミングで、ちーちゃんを見掛けたんです。
だけど、私が声を掛けた直後でした。
ものすごい突風が吹いて、ちーちゃんに向かって、すぐ横の工事現場の足場が崩れてきたんです。
それで……。
「お、思い出しました」
「しょーこ?」
腕の中のちーちゃんが不思議そうな顔で私を見ます。
とりあえず、ちーちゃんが無事かどうか確認するために、ちーちゃんを私の体から引きはがしました。
「わ、ちょ、わ、やだ、怖い!! 離さないで!!!」
急にパニックになるちーちゃんに、私は、ああそうかと思いました。
あの時、ちーちゃんに足場が降り注ぐのを目撃した瞬間、頭からカチューシャを取った私は、魔法を使って足場の中へと飛び込んでちーちゃんを助け出したんです。
そして、今現在、雲の上まで飛んだので、そりゃあ怖いですよね。
「ごめん、ちーちゃん、大丈夫だよ」
私はそう言いながら改めてお姫様抱っこしているちーちゃんを抱き寄せました。
そして、そのまま近くの森の中に着陸したのです。
「えーと、私、生きてるの?」
「うん、生きてるね」
ちーちゃんの質問に、私は頷きました。
「しょーこも……生きてるの?」
「うん、私も生きてるよ」
私がそう答えた時でした。
ちーちゃんがわんわんと泣きながら私に抱き着いてきたのです。
「ほんとだ、しょーこだ、あったかい……生きてるよぉ~~」
ギュウッと私に抱き着くちーちゃんの様子に、そう言えば私は全身大やけどで入院していたんだと思い出しました。
「しょーこ死んじゃったのかって……天使になっちゃったのかって思ったよぉ」
ちーちゃんの言葉に、さっきの『天使になっちゃった』はイコール『死んじゃった』の意味だったのに気づきました。
そして、すっごくすっごく泣いてくれていることに、私もいつの間にか泣き出してました。
「えーと、それじゃあ、それって、魔法なの?」
「うん」
「じゃあ、本当は天然ガスの爆発とかじゃなくて、あるお姫様と悪い魔法使いの戦いだったってこと?」
「うん」
私の頷きに、ちーちゃんは困惑顔になりました。
まあ、こんな話、普通は信じないですよね。
と、思ってたんですけど、ちーちゃんは思いの外あっさりと受け入れてしまったらしく、恐る恐ると言った感じで尋ねてきました。
「でも、そんな重要な話を、私にしてもいいの?」
「それは……」
私がそう言いかけたところで、別の声が話に加わりました。
「あなた次第ですよ。内藤千歳さん」
私がそうだったように魔法の存在を知ったちーちゃんの前にマナさんが現れました。
ちーちゃんが、魔法使いなメイドさんになる道を選んでも、この記憶を捨てることを選んでも、どちらでもいいかなって思ったのは正直なところですが……でも、本当のところは仲間になってくれるんだろうなって思ってました。
それよりも、今は人助けの、ちーちゃんを助けるためとはいえ、貰ったその日にカチューシャを投げ捨ててしまったことへの始末書の方が気になる私でした。