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祥子パニック

「さあ、選びなさい」

 なぜかはわからないけど、すごく怖かったです。

 笑顔なのに、全然笑っていないってこういうことなんだろうなぁと、現実から逃亡しかけた頭が考えていました。

「どちらにしますか、どちらでもいいですよ?」

 スゥっと細められた目が私を見てると思うだけで、背中から熱が逃げだしていきます。

「あ、あにょ……」

「なんですか、川島祥子さん?」

 思わず噛んでしまった私に、どうしたのかと尋ねてくるメイド服の上に、白衣を着た女の人が満面の笑顔を見せてきます。

 笑顔だっていうのに、めちゃめちゃ怖いです。

(あれ、フルネームで名前を呼ばれるって、こんなに怖いことだったかなぁ?)と考えた私の頭の中で、たくさんの二頭身にデフォルメされた私が駆けずり回るイメージが沸き上がりました。

 控えめに言ってパニックだったです。

 だから、もう、何も考えずに聞いちゃいました。

「えっと、誰ですか、お姉さんは!!」

 いや、まあ、見た記憶があるような気もしなくはないんですけど、名前がわからなかったので、勢い余ったんです。

 まるで、まったく、悪意はなかったんです!

 本当です!!


「もう一度、自己紹介をし直しますから、ちゃんと聞いてください」

 はぁとすごくわかりやすい溜息をついて、エプロンまできっちりとつけたメイド服の上に白衣を羽織ったお姉さんが私を見ます。

 なんでかわからないけど、見られただけなのにやっぱり怖いです。

「私は榊原家のメイドで、市川マナと申します……一応医師免許を持っていますから、川島祥子さんのメディカルチェックを任されました」

 そして、市川さんは、もう一度、あの怖い笑顔を浮かべました。

 思わず「ひぃ」と変な声が出かかったのをこらえた私はすごく頑張ったと思います。

 と……私が余計なことを考えてる間に、いつの間にか市川さんが、私の目前まで近づいてきていました。

 ちなみに、私はベッドの上なので、距離を取るには、かなり失礼な反応を見せないといけないことになりますが、この市川さんの前でそんな態度をとるって、自殺行為じゃないでしょうか?

 なんかすっごい怖いですし……。

「さて、改めて、あなたには二つの選択肢があります」

「は……はい」

 ぐっと顔を近づけてくる市川マナさんはすごい美人さんでした。

 今気づきました。

「あなたはすべてを忘れて、今まで通りの日々を過ごすことができます」

 市川さんがそう言った直後でした。

 ゾワゾワっと手首の先から首に向かって腕を登ってくるものがあったのです。

 慌てて視線だけを向ければ、腕は鳥肌で覆いつくされていました。

 と、同時に、今言われたばかりのセリフなのに、前にも聞いたことがあるような感覚、いわゆる既視感が私の中に生まれたのです。

「……あれ?」

 訳も分からず、湧いてきた感覚への戸惑いで私が額に手を当てると、市川さんがゾクリとする声で囁いてきました。

「もしかして、思い出してしまいましたか?」

「思い……出した?」

 市川さんの言葉に反応した直後、頭の中にいろんな記憶の断片が浮かんでは消えていったのです。

「ああああ……」

 上手く考えられずに、口からは漏れるのは言葉ではなく音で、それを認識したところで、私は目の前が真っ暗になるのを感じました。


 ぼんやりとした視界がはっきりしてきて、明かりのついた蛍光灯が見えて、天井を見ていることに気付きました。

 それから、頭を動かさずに周りに視線を向ければ、自分がさっき市川さんと話していたベッドの上に寝ているんだとわかりました。

「大丈夫ですか?」

 声を掛けてきたのは、やっぱり市川さんです。

「マナさんが……私の記憶を消したんですか?」

 私の体は頭で考える前に、警戒したんだと思います。

 だから、私の背中に、あの時と同じ白い翼が生えました。

「消したというのは正確ではないですね、私はあなたの記憶を眠らせただけです」

「だ、だけって……」

 市川さんの言葉に、私は翼を軽く羽ばたかせて、体を浮かび上がらせると、そのまま、ベッドの上に立ちました。

 私が翼を使って立つ間も、市川さんは全く態度を変えることなくただ見ていただけでした。

 ベッドの上に立ったせいで、市川さんは私を見上げる格好になりましたが、それでも何事もなかったかのように平然と聞いてきます。

「その力は、だれもが手にして良い力ではありません。とても強く特別な力です。それはわかりますよね?」

「え!? は……い」

 思わず私は頷いていました。

「つまり、最初の選択肢は、それを忘れて平和に生きる。そのために記憶を眠らせる。そういうことです……」

 市川さんの話を聞くうちに、私はその中に含まれた一つの事実に思い至りました。

 だから、それを口にします。

「それって、私は前に……」

 市川さんは私の「記憶を消すことを選んだのですか?」という質問を手で遮って、曖昧に笑いました。

「あの日のあなたはすごく混乱をしていて不安定でした」

 そう言われて、私は前を思い出そうとしました。

 けれど、急に手首を市川さんに掴まれて、考えを途切れさせてしまいました。

「ですから、穂乃香お嬢様に近づけるのは危険と判断して、記憶を眠らせました」

 ここで、市川さんの口から穂乃香ちゃんの名前が出てきました。

 お陰ではっきりと思い出します。

「私は、穂乃香ちゃんを助けたいって思ったんだ」

 そうでした。

 忘れていたけど……いや、忘れちゃダメなんですけど、と、ともかく、私の魔法は穂乃香ちゃんのためにあるんでした。

「市川さんが私の記憶を消そうとしても、私は穂乃香ちゃんのために……」

 私は自分の意志で翼に力を籠めます。

 でも、身構えた私に対して、市川さんは平然とした態度で、予想外の一言を言い放ったのです。

「お嬢様のためになりたいなら、選択肢は二つ目ですね」

「へ?」

「魔法の記憶を眠らせないで、穂乃香お嬢様のために頑張るというなら、二つ目の選択肢、メイド見習いになるという方法があります」

 私はただただ目を瞬かせるしかありませんでした。

「どうしますか、もちろん、断ってもいいですが、その場合は、今度は記憶を焼きますよ?」

「き、記憶を焼く!?」

 市川さんの言葉に嘘はなさそうな気がします。

 魔法を使えばきっと記憶も焼けるのでしょう。

 なので、知りたいような知りたくないような複雑な気分でしたが、好奇心に背中を押されて恐る恐る聞きました。

「き、記憶を焼いたらどうなるのですか?」

「今度は戻りません」

 市川マナさんは平然とそう言い切りました。

 驚きで目が点になりますが、なんとも表現できない得体のしれない怖さも感じて、ゾクリと背中が冷えました。

「わ、わかりました、決めました!」

「そうですか、答えを聞きましょう」

「なります、メイド見習い、なりたいです!!」

 正直それ以外に選択肢はなさそうです。

 そもそも穂乃香ちゃんの役に立ちたかったんですから、そう思うと勇気が湧いてきました。

 市川さんはなんか苦手ですけど、とりあえず頑張るしかないですよね!

 私はともかく気持ちで負けないように、市川さんを見ます。

「いいでしょう。裏切ったら、燃やしますからね」

「は……はい」

 とっても大きな不安を感じながらも、私は頑張ろうと誓ったのでした。

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