ドクターKの苦行
本編第十四章、ないしょ第9話『ドクターKの帰還』までお読みいただいているとわかりやすいと思います。
また、今話は残酷な表現を含んでいますので、お読みになる場合はお気を付けください。
ゆっくりと目を開けた瞬間には、わずか数秒前まで激痛を発していた腕が完治していた。
僕が新たに修得した技である魔法の凄まじさには、まさしく筆舌に尽くし難い。
魔法そのものを修得してから、体感時間にして、一週間にも満たない僕の魔法ですら、完全に効果を発揮していた。
そういえば、体感時間にしてなどと、妙な言い回しになってしまったのには、ちゃんとした理由がある。
こんなことを真面目に説明すれば、精神が正常かどうかを疑われそうだが、マナに招聘されて加わることになった組織の関係者には、時を操る存在がいたのだ。
その名をユラ。
日本神話における神々の系譜に名を連ねる正真正銘の神さまだ。
ちなみに、フルネームは軽々しく呼んではいけないそうで、ユラとだけお呼びすることになっている。
僕の知りえた情報によれば、スサノオの娘である海神だということだ。
海神であるユラは、流れを司る神でもあり、その権能によって、時の流れすら操れるらしい。
時の流れを止めたり、緩やかにできるだけで、逆流させることはできないらしいが、しかし、それだけでも十分に驚愕の力である。
お陰で僕としても、体感で1週間ほどの時間を、実時間3日間で経験させてもらい、こうして、骨折した腕を瞬時に繋ぎ、神経、筋肉、骨、血管、リンパなど、肉体を構成する組織を復元できるようになった。
長年、さび付いていた僕の腕も、完璧に機能を取り戻している。
その気になれば、すぐにでもメッサーとしてメスを握ることも出来るほどに、感覚が回復しているが、僕にはそれをするつもりはなかった。
マナから伝えられた最優先で救いたいというクランケを救うには、僕の手がかつての感覚を取り戻しただけでは足りないのだ。
いや、足りないというよりは、現代医学ではクランケを救う方法がないのだ。
医療用レーザーなどを用いれば、脳内に出来た腫瘍を切除することはできても、脳の機能を保てない。
現代医学でできるのは、脳の機能を保ち、患部の浸食を抑制させる延命治療が精一杯である。
だが、魔法は違う。
長く失われていた僕の利き手の機能が回復したように、折られたばかりの骨折を完治させられたように、患部の不全部分を癒しつつ、腫瘍部を縮小し消し去れば、現代医学では死を待つしかないクランケを救えるのだ。
これに挑まない理由があるだろうか?
それに、他の人がどう答えるのかは、わからない。
だが、僕の答えは決まっている。
「必ず、クランケを救う」
「そうですか、よく言いましたね」
僕の言葉に、鬼……教官が冷たい笑みを浮かべた。
つい今しがた綺麗に僕の骨を折ったメイド服姿の教官はゆっくりと手にした模造刀を振り上げる。
断たれた骨や組織を繋ぐ練習のためとはいえ、またへし折られるのかと思うと、思わず乾いた笑いが口から零れた。
そう言えば、僕と同じ修行を受けている島村さんは大丈夫だろうかと、教官から意識的に視線をそらした。
体組織に関する知識が僕よりも少ない関わらず島村さんは、僕とさほど変わらない速度で、折れた腕を回復させている。
しかも、修行の最中に僕のように無様に悲鳴を上げない。
「全く、恐ろしい人と同期になったもんだ」
僕がそんな独り言を口にした直後、強烈な痛みが直したばかりの右腕ではなく、左腕に走った。